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褒められた時に最小限の時間で相手に感謝の気持ちを伝える魔法の言葉

2023.07.12

連載/山田美保子のデキる接客に学ぶ人心掌握術

「励みになります!」

 企業のコールセンターの顧客への対応では、“お叱り”よりも、“お褒め”の言葉を受けるときのほうが長くかかるという。

 以前、テレビCMを多数出している最大手とも言うべき通販化粧品会社のコールセンターへ見学に行ったときのことだ。

午後帯、複数の生ワイド番組のスポンサーでもある同社。スポットCMがオンエアされるやいなや、体育館のような広さを誇るコールセンターに銅鑼の音が鳴り響いた。鳴らすのは同部署のトップの男性である。

「皆様、本日もよろしくお願いいたします」と、お立ち台の上から声をかける男性の様子は、オペレーターの女性たちを鼓舞すると同時に、20代~60代までいるオペレーターの皆さんたちを心からリスペクトしているように見えた。店舗を置かない同社にとっては、直接顧客とコミュニケーションをとるオペレーターの対応が肝と言っていいからだろう。

 果たして、オペレーターが一斉に電話をとり、注文を受け始めるのだが、それとは別に延々と話し込んでいるオペレーターが何人も居ることに驚いた。

それらは母娘2代で、あるいは祖母の代から3代で同社の化粧品を使っているという顧客からの電話。その中には世間話から会話がスタートしているオペレーターもいた。

驚いたのは、すべての電話の脇に各地の天気を記したメモが貼り付けられていたことである。近年、生ワイド番組やニュースのトップネタが“天候”であることは少なくない。豪雨や台風の被害に遭われている地域に住まう顧客からの電話なら、まず「大丈夫ですか?」「安全なところから、かけてくださっていますか?」と確認することからスタートするというのである。さすがは最大手の通販化粧品会社だと感心してしまった。

一通りの世間話が済んだ後、顧客からのオーダーが入るのだが、「そろそろ●●●(商品名)がなくなっている頃ではありませんか?」と訊ねているベテランオペレーターもいた。 

そんな中、電話で商品の長所や効果からテレビCMのナレーターを務める俳優の声まで「絶賛してくださる」顧客からの電話は、なかなか切りにくいということだった。

怒っているお客への対処法と注意点とは

 これがクレームの電話ならば、相手の話を誠心誠意、聞きとり、その想いに寄り添い、すべてを受け取り、姿が見えなくとも、実際に深々と頭を下げ、「誠に申し訳ございませんでした」「今後このようなことがないよう、社内で徹底いたします」といった対応で、なんとかなるような気がする。

だが、ここで注意したいポイントがある。それは、“相槌”と“愛想笑い”だ。

電話中、「うん、うん」とか、「うーん、うーん」という相槌を打つ人がたまにいるが、ビジネスシーンでは絶対にNGだ。

私の経験上、これは女性に多いような気がする。しかも自分にものすごく自信があって、押しの強いタイプの人ほど、こういう相槌を打つ。偏見かもしれないが、PR会社の女性に多いような気がするが、いかがだろう……。相槌の正解はもちろん「はい」である。

 そして謎の笑い声だ。電話ではなく対面での接客でもよく見かけるのだが、こちらが何かしらのクレームを抱えて店にやって来ているのに、対応の途中で「ふふふ」とか、「ふふっ」笑い声を挟み込む人がいる。

これは、自身の対応の仕方や、自分そのものにあまり自信がないタイプに多いような気がする。

常にニコニコしている人には、「裏で何を考えているかわからない」「一度キレたら怖そう」、さらには「笑って誤魔化している」という評価がついてまわる。ブスッとしているのは当然よろしくないが、笑い過ぎも接客時にはアウトなのである。 

クレーム対応のシーンでなくても、企業の新製品発表会とか新サービス発表会の場で出てきた“担当者”にも、実はこのタイプが少なくない。“間”がもてなかったり、大人数を前に緊張してしまったりして、ついつい愛想笑いをしてしまうのかもしれない。

気持ちはわからないでもないが、これまた絶対にNGだ。

発表会に招かれた客でも、この“謎の笑い”にはイラっとくるものだが、クレームを抱えて担当者と対峙している客ならば、「何が可笑しいの?」「なぜ笑っていられるの?」と、さらに怒りが増すことになるに違いない。電話なら尚更で、「おい!馬鹿にしてるのか!」という言葉まで発せられかねない。

 とはいえ、怒っているほうは、よほどエネルギーがある人でない限り、やがて疲れてくる。怒りを次々言葉で表している内に自分の想いがある程度コントロールできるようになるのだろう。相手が誠心誠意、対応してくれれば心は落ち着くし、たとえ対応してくれなくても、「こんな人を相手にしていても仕方がない」「これは時間の無駄だ」という結論になり、自分から話を終わらせることだろう。

褒めたいお客の熱い想いへの珠玉の一言

 だが、褒める場合は違う。たとえば、当該商品を愛してやまない理由を延々と語るだろうし、いつ、どんなシチュエーションでその商品に出会い、長年愛用するに至ったかなど、お客は話したくて話したくてたまらないのだ。

 商品ではないが、私にも似たような経験がある。長年ファンだったタレントにインタビューする機会が訪れたときのこと。私は制限時間の大半を「質問」ではなく「発表」に費やしてしまった。

 私は何年も前からあなたを見てきた。他の人が知らないエピソードもたくさん知っている……と、暑苦しいほどに“愛”を延々と語り、相手を困らせた。

 タレントならば、区切りの時間で「次がありますので」でストップをかけられると思うが、企業のコールセンターは、そんな言葉では終われない。

 だが、あるとき、珠玉の一言を見つけてしまった。それは「励みになります」である。

 教えてくれたのは元・女子マラソン選手で現在はスポーツジャーナリストやレース解説者、タレント、ナレーターなどで活躍されている増田明美さんだ。

 私は増田さんの滑舌が良い喋りと、選手の細かすぎる特徴を盛り込む解説が大好きで、あるとき、某テレビ局の廊下ですれ違った増田さんを呼び留め、前述の“発表インタビュー”のように話し始めてしまった。

 それを笑顔で頷きながら聞いてくれていた増田さんは、かなり早めのタイミングで「励みになります!」と一言、仰った。

 その美しくも清々しい言葉の響きに、私は息を呑み、同時になんだか満足してしまった。初対面に近かった私の熱い思いを満面の笑みで受け取ってくれただけでなく、私からの褒め言葉を増田さんは今後の励みにしてくれるのか……。

 心から嬉しい気持ちになった私は、まだまだたくさん持ち得ていた増田さんへの絶賛コメントを自分の中に押し込んだ。いい意味で、なんだか気が済んでしまったのである。

 増田さんと違って、人からそうそう褒められることはない私だが、「テレビに出ていますよね?」とか「よく読んでいます」と知らない方から声をかけていただく機会は、けっこう多い。そんなとき私は増田さんを真似して「励みになります!」と元気よく答えるようにしている。

 これは相手にとって、本当に感じがよく聴こえる言葉のようで、声をかけてくださった方が、それまで以上に笑顔になるのを何度も確認している。

 ビジネスシーンでも、誰かから褒めてもらう機会は少なくないだろう。本当なら、その言葉の数々をすべて聞いて糧にできたらいいが、やはり時間がかかり過ぎて、それでは仕事にならないという場合も多いのではないか。

 そんなときの「励みになります」。最小限の時間で、相手に感謝を伝えられる魔法の言葉。覚えておくと便利な言葉なのである。

文/山田美保子
1957年、東京生まれ。初等部から大学まで青山学院に学ぶ。ラジオ局のリポーターを経て放送作家として『踊る!さんま御殿‼』(日本テレビ系)他を担当。コラムニストとして月間40本の連載。テレビのコメンテーターや企業のマーケティングアドバイザーなども務めている。

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