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【今月のマストリードな1冊】ビューティフル・ドリーマー太田光の心の声を綴った傑作「笑って人類!」

2023.06.24PR

【今月のマストリードな1冊】爆笑問題・太田光の小説『笑って人類!』

 今月の「マストリード」な1冊は、皆さんにとってというよりも、わたしにとってのそれなんであります。太田光の小説『笑って人類!』(幻冬舎)。

 というのも、太田氏とわたしの間には氏の初めての小説集『マボロシの鳥』(新潮社)に端を発する小さな因縁があるからです。

 トヨザキ、ラジオで『マボロシの鳥』を酷評→太田光、自分のラジオ番組でその評に猛反発→酷評の責任を感じたトヨザキ、2作目の『文明の子』(ダイヤモンド社)を「本の雑誌」で書評→太田、満足。ざっとした流れは以上なのですが、詳しく知りたい方は「太田光 豊崎由美」でググってみてください。ひとつくらいは記事が見つかると思います。

 芥川賞や直木賞の候補に挙がれば別ですが、芸能人が書いた小説をプロの書評家が自発的に評するケースは少ないです。雑誌に書評が掲載されたとしても9割9分、依頼原稿。わたしの場合、なぜ取り上げないかといえば、別に侮っているわけではなく、芸能人の小説が「横入り」だからです。文芸誌各誌をはじめとする新人賞には毎回1000人単位の応募原稿が集まります。小説家デビューを果たすのは、なんなら芥川賞をとるよりも難しいです。でも、芸能人はその関門をくぐることなく知名度で小説が出版できてしまう。何によらず、「横入り」という行為が嫌いなわたしは、だから芸能人の小説は通常の新人作家の作品よりも3割増し厳しい目で読みますし、よほどでなければ自分の連載で紹介することはありません。

 でも、太田氏の作品に関しては先に記した事情からある種の因縁が生まれてしまい、なんとなくプロの書評家の中で自分は「太田光担当」のような気持ちを抱くに至り、532ページ2段組のメガノベル『笑って人類!』も読むに至ったという次第です。

『笑って人類!』 太田光/著 幻冬舎 

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今ここにある危機と人類が生み出してきた文明に対する絶対的な信頼

 まず、申し上げたいのは「よく頑張りました!」のひと言です。太田光の芸人やMCとしての多忙ぶりは、皆さんもご存じのとおり。そのクソ忙しい中、よくぞこれだけスケールの大きな、「今ここにある危機」に警鐘を鳴らす小説を書き上げた。この物語を構築するにあたって、どれだけ多くの専門書に目を通したか。どれほど勉強したか。その点に関しては、トヨザキ感服つかまつり候です。

 舞台となるのは、大国間同士の戦争を経て、世界中に分散したテロリストと、フロンティア合衆国を軸とした「安全な球連合(セーフティーボウル)」との殲滅戦争が50年あまりも続いている世界。物語は「安全な球連合」と、テロリストをひとつにまとめ上げた「テロ国家共同体ティグロ」間で、マスターズ和平会議が開かれようとしている場面から始まります。

 ところが、フロンティア合衆国のホワイト大統領とティグロ代表のブルタウ将軍が握手した瞬間、大爆発が起き、その場にいた安全な球連合主要10カ国の代表は全員亡くなってしまうんです。

 各国代表の中で唯一生き残ったのが、とてつもなくしょうもない理由から政府専用機に乗り遅れてしまった、極東の小さな島国ピースランドの総理大臣・富士見幸太郎。大宰相と呼ばれた富士見興造元総理の秘書から娘婿になって出馬し、さまざまな大臣を歴任した後に総理になったものの、就任以来、「無能」「史上最低」と揶揄され続けています。でも、この器が小さい小心者の総理大臣が、ホワイト大統領と副大統領亡き後、フロンティア合衆国の臨時大統領になった若い女性アン・アオイと共に、和平会議をぶっ壊した爆破事件の原因と首謀者を見つけ出す壮大な物語を牽引していくことになるんです。

 富士見が初当選して以来支えてきた首席秘書・桜春夫をはじめとするチーム富士見の面々。高圧的かつ攻撃的な姿勢を崩さないローレンス国防長官からアンを守るダイアナ国務長官をはじめとするチーム・アンの面々。ブルタウの右腕としてこの和平会議実現に尽力したティグロの若き外相、アフマルとアドム。

 そうした関係者らが、和平会議の爆破を起こしたのは自分だと名乗るDr.パパゴなる謎の人物の正体を突き止めるべく奔走する物語に、桜の旧友である新聞記者の田辺、3年前に起きた天山(富士山のような山)の噴火で、スーパーヒーローのような存在だった2歳上の兄・翼を失って以来、腹の中にどす黒い感情を溜めこみ続けている13歳の翔といった民間レベルの登場人物も絡んでいく群像劇になっているんです。

 メガネのように装着し、常にネットワークと繋がれる端末「ウルトラアイ」。ネット上で決まっていく国民ランク。人間と見分けがつかないくらい発達し、それゆえ規制されるようになったアンドロイド。亡き者の魂を宿すとされる「ソウルドール」。禁煙の風潮が加速するあまり、樹脂素材でできた「黒ずんだ肺」だったり「腐乱死体」だったりと悪趣味なパッケージになったばかりか、1本取り出すたびに「死ネ」とメッセージが流れるようになったタバコ。アンの母方の祖父であり、思想界の巨人と讃えられた青井徳治郎が考え出した「互いに安全が保障される国家を透明な球状のバリアで包まれた存在として認識し、それぞれ融合し大きな球にしようという」安全な球理論。

 たくさんのガジェットや思想を盛り込んで、存亡の秋(とき)を迎えた世界を構築。その力技は素直に賞賛したいと思います。世界的に有名な知の巨人である青井徳治郎の名著『連続性球体理論』が絶版となって読むのも難しいという状況はあり得ないとか、笑わせどころが芸人にしては時々寒い、もしくは古いレベルではないかと、細かいところで首をひねる傷がないとは言いませんが、そこには目をつぶろうと思ってしまうほどのパワーがこの長い長い物語にはあります。

 ビューティフル・ドリーマー。『マボロシの鳥』でも『文明の子』でも、太田光はその時々の科学的知見を取り入れて今ここにある危機を描きながら、しかし、人類が生み出してきた文明に対する絶対的な信頼を謳い上げてきました。この『笑って人類!』も同じです。争うことをやめられない人類。わたしたちが作りだしてきたさまざまな文明の利器が、益をもたらす一方で生んでしまう弊害。そうしたダークサイドから目をそらさず、真っ直ぐに問題として提示し、それでも乗りこえていくことはできるんだと満面の笑みで表明する。

「政治は、我々政治家の為にあるのではない。未来の子供達の為にあるのです。そして未来は必ず面白い。たとえ現代の我々の判断が間違いだったと証明され、この土地から人類が消滅したとしても、それはそれで面白いではありませんか。少なくとも私達は挑戦したという記録が残るのです。その歴史を得た私達の子孫は、きっと私達より優れた叡智を持つでしょう。そして彼らはきっと別の未来を創るでしょう。未来はきっと面白い。そう私は信じているのであります!」

 富士見が初めて立候補した時に放った街頭演説。これが、ビューティフル・ドリーマー太田光の心の声です。

『マボロシの鳥』から『文明の子』へ、『文明の子』から『笑って人類!』へ。太田光が小説家として進化していることは確かです。全作読んできたわたしが断言します。とはいえ、次の作品が発表されるのがもし10年後なら、現在61歳のわたしはもう読めないかもしれません。どなたか、「太田光担当」を引き継いでくれる御仁はおりますまいか。

文/豊崎由美(書評家)
7月19日に第169回芥川賞直木賞が決まりますが、発表当日のニコ生の番組に出演するので、これから全候補作を読まねばなりません。「読めてよかった!」と思える作品がありますように。

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