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キリンビールを辞めて五島列島へ、ヒットメーカー3人が造る“こだわりすぎ”クラフトジンの味

2023.06.25

長崎県西部に位置。五島という名前とは裏腹に、実際には大小150以上の島々が連なる。朝ドラ『舞い上がれ』や人気漫画の舞台にもなり、多くの人を魅了してやまない場所。それが五島列島だ。そんな五島列島の中で最大の島である福江島で、キリンビールを辞めて長崎県内唯一のジン専用蒸溜所を営んでいる3人がいると聞いて、訪ねた。

キリンビールを辞めて五島へ

半泊にある五島つばき蒸溜所

「道が細いので、半泊(はんとまり)の方に行くときは気をつけてくださいね」蒸溜所を訪れた翌日に筆者が福江島でレンタカーを借りると、そう忠告された。実際、忠告通りの曲がりくねった山道。地元の人でも行ったことがない人も多いというのが頷ける、自動車が1台やっと通れるような細道。野生の椿が生い茂る道を抜けると、“半泊”と呼ばれる小さな集落に辿り着く。100年以上の歴史を持つ「半泊教会」を中心に、わずか5世帯の民家、そして青い海が眼前に広がる静かな地区だ。かつて人目を忍んで暮らすべく移住した潜伏キリシタンの家族のうち、半数しか留まらなかったことから名付けられたというこの場所に、「五島つばき蒸溜所」はある。

左からブレンダーの鬼頭さん、マーケティングを担当する門田さん、小元さん

「候補地は五島以外に静岡や愛知もあって、さらに言えば五島のなかでも候補地は他にいくつもあったんです」そう語るのは、五島つばき蒸溜所の代表にして発起人でもある門田さんだ。

大手酒造メーカーであるキリンビールでマーケティングを担当し、「氷結ストロング」「47都道府県一番搾り」など数々のヒット商品を手がけてきた門田さんは、50歳を機に早期退職。同じくキリンビールの先輩でマーケティングを担当していた小元さん、ブレンダーの鬼頭さんを誘い、昨年12月に開業した。キリンビールという大企業で、マーケティングという一見すると華やかに思える部署や、トップブレンダーとして大きなビジネスを担ってきた3人に戸惑いはなかったのだろうか。

「素直に面白いなと思いました。30年以上お酒の仕事をしてきて、もうお酒でやることはないかなと思っていたんですが、門田さんから話を聞いて、“これはまだやることがあるな”と思えたんです」(小元さん)。鬼頭さんも話を聞いて、数週間後には3人のなかで一足先に会社を退職してきたというから、3人の行動力には驚かされる。

17ボタニカル、18蒸留、20原酒。あまりにこだわり過ぎた〝クラフトジン〟

GOTOGINを構成する20種類もの原酒。

実はジンというのは想像以上に定義がシンプルなお酒。大雑把に言えば、ジュニパーベリーと呼ばれる、ヒノキ科植物のセイヨウネズの実をボタニカルに用いた蒸留酒であれば、ジンと名乗っていい。だからこそジンの作り手は、ジュニパーベリーに加えて何をボタニカルに加えるかというところで、それぞれの個性を出す。基本的な蒸留酒の設備があれば作ることが可能、かつウイスキーのように熟成が必要ではないため、できたものをすぐに出荷できるという利点もあって、日本ではウイスキーの蒸溜所や焼酎メーカーが手がけることも多い商品だ。

使用しているのは、蒸溜器のポルシェとも言われる、ドイツ・アーノルドホルスタイン製の蒸溜器。

世界中の多くの蒸溜所では、ジュニパーベリーの他に複数のボタニカルを加え、一度に蒸留するというところが一般的。なかには個別蒸留しているところもあるが、せいぜい数種類といったところだ。ところが五島つばき蒸溜所の『GOTOGIN』、驚くべきことに17種類のボタニカルを18回に分けて個別蒸留。そこから取れる20種類の原酒を、キリンで33年間ウイスキー作りに携わり、伝説のブレンダーと呼ばれた鬼頭さんが最後にブレンドするという、普通では到底考えられない方法で作っている。使っている蒸溜器も職人が手作りで仕上げたドイツ製の一流品だ。

個別蒸留して出来上がった原酒はタンクで保存している。

なぜここまで手間をかけるのか。その理由を鬼頭さんに聞いた。

「複数のボタニカルを一緒に蒸留してしまうと、どうしても欲しくない雑味まで抽出してしまうんです。例えばジンの主ボタニカルであるジュニパーベリーとコリアンダーを取ってみても、徐々に蒸溜器から出てくる香りが変わっていきます。そしてその中で最もジュニパーベリーらしい成分が出てくる部分と、コリアンダーらしい成分が出てくる場所っていうのは違う。これを何種類も一緒にやれば、その分だけ苦味や渋みといった好ましくない香りも絶対に一緒に抽出してしまうんです。だったらそれぞれを個別蒸留し、そのボタニカルの一番良い大事な味、香りの部分だけを抽出し、他は全てカットするという方法が一番合っていると思ったんです。全員50過ぎてキリンを辞めてきましたから、その経験を活かして、クラフトジンだからできる、究極のものを作ろうと。3人だけでやっている会社なんで、固定費も安いですし、経費がかかってもいいやって(笑)」

ブレンドしたばかりの試作品。過去のものと比較して確認する。

翌日の瓶詰めに向けて、3人で最終確認。この後も微調整が続いていた。

このこだわり過ぎている作り方の根底には、日本ならではの“ジャパニーズ・ジン”を表現したいという思いもある。「日本料理では昆布や鰹、煮干しなど、食材によってそれぞれ出汁の引き方が異なります。煮物などでもそれぞれに最適な方法で別々に煮炊きし、最後に合わせるという手法もある。GOTOGINの作り方も、この考え方と全く同じなんです」(鬼頭さん)

土地を表現するお酒、生活を込めたお酒を作りたい

ではこの20種類の原酒にはどのように辿り着いたのだろうか。

「五島の半泊でやると決まった時に、隣の教会やこの景色、海の色、吹いてくる風の香り、長い潜伏キリシタンの人々の歴史といった、この小さな集落が200年以上もの間慈しみ合いながら暮らしてきた生活を全部込めたいと思ったんです。だから最初の作業としては、それらを一つ一つ、味と香りに翻訳するという作業でした。そしてそれを作るために何をどう使ったら良いのかということを考えて選んだのが、この20種類なんです。」(鬼頭さん)

五島つばき蒸溜所の隣にある教会。昨年、創立100年を迎えた。

可愛らしい会堂。五島つばき蒸溜所の3人はこの管理人も担っている。

「“土地を表現するお酒”というのはこの事業を始める中で1つのテーマでした。もともとキリンという大企業にいて、たくさんの人に安心・安全で美味しく、リーズナブルなものを届けるという仕事をしていました。それは今でも誇りに思うし、大切な仕事でしたが、一方で独立した時、やっぱりもともとお酒が持っていた風景やロマンみたいなものを作りたいと思ったんです」(門田さん)

ジンがもつお酒としての自由さ、だからこそ土地を表現するのにも適している。そんなことも3人が独立するうえで、ジンを選んだ理由に繋がっているそうだ。

世界で戦えるジンを作りたい

もちろん3人がジンを選んだ背景には、キリンでマーケティングを担当していた人間ならではの、的確なリサーチも込められている。「この10数年で、ヨーロッパではクラフトジンが大きく伸びて、マーケットも1兆2000億円くらいになっています。それに対して日本はまだ80億円くらいで、いまどんどん伸びているところ。その意味では商機もあるなと思っていました」(小元さん)

ゆくゆくは世界にも出て行きたいという。

「この蒸溜所を工場みたいにしてたくさん売りたいとは思っていませんが、世界、特に本場のロンドンでは認められたいと思っています。日本の西の果ての島ですごいジンを作っている人がいると知ってもらいたい。それはすごくワクワクするし、3人で始めた当初から視野に入れていることなんです」(小元さん)

ただ、それにはうれしい悲鳴も絡んで、高い壁もある。まさにクラフトジンと呼ぶに相応しい小さな蒸溜所で、3人だけで作っているジン。そのうえ前述のこだわりの作り方のため、いま月間で作れる量は2000〜3000本が限界。だがそれを求めて入荷待ちになるなど、既に国内では需給が追いつかない状況だ。当初計画では月2000本売れるのは4年後の予定だったそうで、わずか半年でそれを達成した喜びの一方、課題にもなっている。

「当初は年内には海外に持っていけるかなって思っていたんです。でも現状ではかなり厳しい。まずはもう少し生産基盤をしっかりして国内に対応できるようにし、海外分も含めてせめて倍くらい生産できる体制にしたいと、3人で話しているところです」(小元さん)

ボトルへのこだわり

GOTOGINはボトルにもこだわっている。丸みを帯びて手馴染みの良いボトルは、今年の第19回ガラスびんアワードで最優秀賞も受賞した。少し青みがかった色は半泊の海の色を表現し、デザインは五島のシンボルでGOTOGINのキーボタニカルでもある椿の花でアロマを包むことをイメージしている。

GOTOGIN(写真:上條大樹)

またレギュラー商品の他に、五島出身で「天空の城ラピュタ」「もののけ姫」や「時をかける少女」などの美術監督を務めた山本二三氏とのコラボレーション商品も展開。山本氏が描く美しい五島の風景に合わせて、ブレンダーの鬼頭さんがイメージを膨らませて新たにアロマを開発しているという。

山本二三コラボモデル第3弾 GOTOGIN空よ雲よ(写真:黒石あみ・小学館写真室)

都会から遠く離れて、静かな時間が流れるこの島で、自分たちが本当に好きなお酒を作り続ける3人。月に1度開かれる半泊教会でのミサには3人揃って出席し、信徒が1人となり維持管理が苦しくなってきていた教会を綺麗にして丁寧に守っていく姿は、移住者が紡いできたこの島に新たな“風景”を作っているようにも映る。この土地に惚れ込み、この土地を表現する「風景のアロマ」を追い求める彼らのジンを、一度味わってみて欲しい。

五島つばき蒸溜所
長崎県五島市戸岐町1223−5
https://gotogin.jp/

文・写真/末光次郎

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