TOKYO2040 Side B 第25回『マイナンバーカードから認証の未来へ』
※こちらの原稿は雑誌DIMEで連載中の小説「TOKYO 2040」と連動したコラムになります。是非合わせてご覧ください。
先月から様々なトラブルが明るみに出ているマイナンバーカードの周辺。その内容も原因も多岐に渡っています。
今回のマイナンバーカードに関する報道は、どのメディアでも問題の切り分けを整理している傾向にあります。単に「システムトラブル! セキュリティが危ない! 怖い!」という十把一絡げの論調になっていないあたり、コロナ禍を経たメディアの姿を感じます。最近のAI生成コンテンツやChatGPTに関する報道も、徒に不安を煽らない点で安心感がありますね。
参考:マイナトラブル止まらず、「年金記録閲覧」も発覚(日経新聞 6/10)
参考:「マイナンバーカード」トラブル次々…普及優先、システム面の準備不足露呈(読売新聞 6/11)
それぞれのインシデントの内容を読むと、多種多様に見えますが、整理すれば入力の際に個人と紐づけされるべきデータをつけ間違えたり、出力の際に違うものを引っぱり出したりということになります。
入出力作業をする際のヒューマンエラーのほか、コンビニでのプリントアウトの際は明らかに出力用のプログラムのミスということが言われています。
システムの不具合といっても、その「システム」という言葉の中にマイナンバーの仕組みそのものは含まれません。このことは認識しておくべきかと思います。マイナンバーという制度や、マイナンバーカードの代表的な利用方法である認証そのものには問題がないのです。
国内数千万ユーザーの認証機能はきちんと稼働していて、これだけのユーザー数を抱え、かつセキュリティの確かな認証をもって実施されているサービスは、民間でもほとんどありません。
ですので、総合すると国レベルの深刻な事態ではあるのですが、一つ一つ潰していけるという点では救いがあります。楽観視することはできないとはいえ、今のうちに膿を全部出し切ってしまい、どういう運用や末端の設計をしたら不備に繋がるのかを可能な限り洗い出した方が良いとさえ思えます。
その上で、認証と繋がった各種のシステムやワークフローについて、不安を払拭しきれない状態が国民に広がっていることを直視すべきでしょう。
不安の中味についても、多くの人はシステムやワークフローに原因があったと言われたところで、一体何が不安を呼び起こし、どうすればこのモヤモヤが解消されるのかも、わからなくて当然です。
直面したトラブルや、ニュースで目にした内容によって喚起されるものが違うというのが実情だと思いますが、今回はこのことについて考えたいと思います。
私たちは何を不安と感じるのか
いくつかのマイナンバーカードの問題を抽象化して、それぞれ何が不安なのかを書き出してみたいと思います。
・他人が紐づけられていた、他人の情報が表示された、取り出した書類に他人の情報が載っていた
このトラブルに遭遇すると、まず自分の操作が悪かったのではないかという不安が生じます。そして操作だけでなく、過去にマイナンバーカードを申し込んだ際の手順も含めて、落ち度があったのではないかということまで遡り始めることになります。
次に、自分の情報も何らかの形で他人に表示されてしまっているのではないかという不安が高まります。自分のところに他人の情報が来ているのだから、入れ替わっているか、順序がおかしくなったかで次の人か何かに表示されてしまうのではないかと考えます。
これを払拭するには「ちゃんと動くようになっています」という日常になる以外は無いと思いますので、役所での登録や情報の入出力の手順、そしてユーザーインターフェースの合理的な改善が有効です。
持論ではありますが、住民や窓口職員が使うシステムについてもっと自治体はユーザーインターフェースの練りこみに予算と期間を割いてよいかもしれません。
今回の多くのトラブルが、例えば入力後にログアウトを促す視覚的表現などの画面遷移一つ、予期して実装することができていたなら防げたのではないかと考えます。
民間では、先日牛丼チェーン店のタッチパネル式券売機のユーザーインターフェースが悪いとネットで炎上したところ、二週間ほどでわかりやすいものに差し替えられました。
とはいえ、スピーディーにフレキシブルにやれる民間はそれでよいと思うのですが、自治体は前前年から企画をして決裁を進め、前年に予算取りをし、その翌年に執行し、何かあったとして補正予算枠というのはなかなか融通が利かないもので…という凝り固まったサイクルが基本です。
あらかじめユーザーインターフェースの設計に時間をとったり、使いづらいものができてしまった際の作り直し前提で予算を多めにしておかないとならないはずですが、それがなかなか難しいというのも理解できます。
自治体職員や議会議員がユーザーインターフェースの重要性、そこに予算を割くことでトラブルを未然に防げる、という意識が醸成されることを祈りつつ、でも「先立つ物」がこの先の少子化社会ではとても、という優先課題がありつつ、ならばせめて自治体システム2000個問題の解消にも繋がるので、似たようなシステムを全国の市区町村がそれぞれ作るのであれば、せめてユーザーインターフェースのテンプレートをデジタル庁がリードしていくことを期待したいと思います。
・家族名義の口座を登録してしまっていた
これは、登録した本人はわかっていてそのように申請したのだと思いますから、不安ではなく家族名義の口座を登録したいという希望が叶えられない不満でもあるかと思います。
報道の時点で13万件。これだけ多くの人が家族名義の口座を登録したのは何故か、そこに傾向はあるのか、ということにメディアは触れないでいるわけですが、これはある意味「日本の家族のよくないところ」なのかもしれません。
例えばカジュアルなケースでは子供が貰ったお年玉を親が預かっておくような、個人の資産が家計の名のもとに合一にされてしまうということです。国からの給付であれ何であれお金が振り込まれるのなら全部お父さんの口座にまず入れるというルールでやっている家庭もあるかもしれません。
マイナンバーそしてマイナンバーカードは、国が国民に対して「あなたは”個”である」ということを証明しているんですね。これはほんとうに重要なことで、誰かが誰かの従属であってはならないわけです。それは権利や資産についても同様です。
マイナンバーのトラブルのように見えて、国民それぞれのデジタルアイデンティティにまつわる問題を含んでいると考えたほうがよいでしょう。
・他人にマイナポイントが付与されてしまった
これは、自分のマイナポイントが奪われたという直接的な被害ではなく、いつまでも付与されないと思ったらそのようになっていた、という話になります。当然、今後も同様な機会損失を受けることになるのではないか、マイナポイントという慣れないものですらトラブルが起こるのだから、給付金や年金等「生涯にわたって私に振り込まれるはずの国や自治体からのお金」もそうなるのではないか、と不安も拡大します。
こちらは、まだトラブル件数の少ない今だからこそ、システムの総点検を各自治体で行って、払拭してほしいものです。
・健康保険証が廃止される
これはトラブルではありませんが、これまで健康保険証というものがあったことで、払い込んだ健康保険料や、これから受ける医療費用への安心が形になっていたわけです。それがマイナンバーカードへ統合され、固有の形を失うことで、実際に私の支払った保険料は活かされているのか、私が疾病に罹った際にそれに見合う補助が受けられるのか、要はちゃんとやってくれるのか、という不安に繋がります。
不思議なもので、保険や権利というのはそもそも概念であって「形」はありません。お金と同じですね。お金という概念が物体になったのが貨幣です。もし、銀行口座に入っているお金について、通帳に書かれた数字を見て安心できず、全て現金として持っていないと心配だという人が現代にいたら、ちょっと尖がってる人な印象がありますよね。そういう人がいてもいいのですが、ほとんどの人が通帳に書かれた数字を見てそれが自分のお金だと認識できるというのは、かなり抽象度の高いことを人間はこなしているのだと考えられます。
マイナンバーカードと紐づけられた健康保険証の状況は、「マイナポータル」アプリでいつでも確認することができます。とはいえ、ニュースでも報じられているように、主に高齢者にとってはその取り扱いが困難と見られます。
参考:マイナ保険証に“別人情報”60件 来年秋には「一本化」困惑も(テレ朝NEWS 6/13)
他の機能はさておき健康保険証が独立したカードになっていたことは最低限の「なくさない、なくしそうなら誰かが預かる」という簡単なオペレーションでなんとかなっていたということの裏返しかと思います。
反面、身分証代わりに使用するなどのケースでは偽造されやすく、それはすなわち国民全員の健康保険制度にフリーライドしていることになりますから、国民一人ひとりに紐づくマイナンバーカードによる認証へと一本化するのは悪いことではありません。
マイナンバーカードへの信頼を積み上げるには
先日発売されました『日本が世界で勝つための シンID戦略』では、デジタルアイデンティティについて、マイナンバーに紐づく情報を安心して預けられるのはどこか、というお話をさせていただきました。
そんな折に、多数のトラブルがニュースとなるのは痛し痒しではあるのですが、マイナンバーカードは、税を始めとした「制度」と認証という「機能」が一体となり、さらには国民のアイデンティティを、人は”個”であるという本質的なことを示すという、今後の国家を卜(うらな)う大事業だと思っています。
今の時期をじっくりと腰を据えて、地に足をつけ、国民の理解をもって、不安の払拭とともに成し遂げられるべきものでなければ困ります。
今後はマイナンバーカードの券面記載事項の刷新も行われるということで、周辺のシステムの充実とともに、見守っていきたいと思います。
私見ですが、マイナンバーカードはあくまで「認証」のためのツールであり、その正体は公開鍵暗号方式でいうところの「秘密鍵」にあたるものですので、その券面にマイナンバー(個人番号)が記載されているのは、そもそもの企画として欲張り過ぎであり、名称もマイナンバーと関係なく実態を示した「国民認証カード」でも良いくらいだと考えてきました。
ですので、最近のクレジットカードの券面デザインのように、身分証として活用する際の最低限の情報以外は記載せずに認証の役割に徹するのがベストだと思います。
本誌連載中の小説『TOKYO2040』の近未来では、マイナンバーカードやそれを読み取るカードリーダーは残っていますが、ほとんどの人がスマホや近未来に登場する端末に内蔵された認証機能で済ませています。いま私たちは、パソコンで扱うファイルのようなイメージでデータのことを意識していますが、それもそのうちに形が変わり、生体そのものが認証キーになり、データのやり取りすらをも感じさせない日が来るのではないかと思っています。
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文/沢しおん
作家、IT関連企業役員。現在は自治体でDX戦略の顧問も務めている。2020年東京都知事選に無所属新人として一人で挑み、9位(20,738票)で落選。
このコラムの内容に関連して雑誌DIME誌面で新作小説を展開。20年後、DXが行き渡った首都圏を舞台に、それでもデジタルに振り切れない人々の思いと人生が交錯します。
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構成/DIME編集部
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