剣山の崖っぷちを抜ける
439号線は剣山を上るルートに入り、耳がツンとするほどにどんどん高度を上がります。高い場所に行くにつれて頭上が明るくなり、ふと視線を上げると、ジャングルのように茂っていた木々が開けて広く青い空が広がっているのです。
軽く流すだけでも気分が良くなるほどに景色がよく、ヘルメットの中で「ヤッホー!」と叫びました。山の合間を縫うように走る439号線は、雄大な剣山の前ではあまりにもちっぽけです。
心地よいワインディングが始まり、路面がきれいな区間では思わずスピードが出てしまいますが、ガードレールの下を見てみると落ちたら絶対に無事では済まない高さです。怖いと気持ちいいが半分ずつ味わえる、おそらく439号線で一番景色がよい区間だったのでした。
きれいな路面の区間は一瞬で終わり、ふたたび砂利だらけの道にもどりました。周辺に落ちている石は雲母のように薄くはがれやすいようで、どれも鋭くとがっています。タイヤで踏むと、当たり所が悪ければパンクの危険すらもありそうです。
地図で見てみると、道はミミズのようにグニャグニャと細かく折れ曲がっています。まさか徳島市街地からたった60kmほどしか離れていない場所に、こんなに酷道らしさが詰まったスポットがあるとは思ってもいませんでした。
さて、ほどなくしてたどり着いたのは剣山 見ノ越駐車場です。200台ほどの車を駐車できるこの場所には、剣山の山頂へと向かうロープ―ウェイが設置されています。
駐車場内に並ぶ50台以上の車を見た時は、想像以上の多さに「みんなこの峠を車で越えてきたの!?」とビックリ。筆者がここまでの道のりを楽しめたのはクロスカブに乗っていたからです。仮に車で来ていたなら、道中のほとんどで悲鳴をあげていたはずです。
何よりも、登山後の疲れた身体で439号線を運転して帰る自信がありません。「ここに来ている人たちはみんな鉄人なのかな?」と思わずつぶやいてしまいました。
ようこそ「かかしの里」へ!
駐車場を出発してすぐに、438号線と439号線の分岐点がありました。
実は438号線にもちょっとした酷道が続いているのですが、またの機会にしましょう。この先しばらくは439号線の単独区間です。
道は剣山を下り、やがて東祖谷の集落へと入りました。家々の間を国道とは思えないほどに細い道が延びていて、集落では住民の人々が畑仕事をしているのが見えます。…と、なんだかおかしいことに気が付きました。
住民たちは皆その場に立ったまま身じろぎもしません。おまけにたくさんの人がいるのに話し声がなく、バイクのトコトコというエンジン音の他はまったく静かなのです。
「これはおかしい」と思ってよく見てみると、住民だと思っていた人達は全員が等身大の「かかし」ではありませんか!
実はこの集落は『天空の村・かかしの里』として人気を集める観光地。集落の人口を優に超える300体以上のかかしが、集落のいたるところに立ったり座ったりして置かれているのです。
かかし達の立ち振る舞いは非常にリアルで、後姿だけ見ると本物の人間に見えます。川へ向かってポツンと釣りを楽しむかかしに至っては、かかしが多いとわかっていても人だと勘違いしてしまったほど。完成度の高さにゾクゾクしました。