日本電信電話(以下NTT)から先日、視線とは異なる目の細かな動きの中に人の聴覚的注意の状況が現れることを発見したとの発表があった。本稿ではその概要をお伝えしていく。
従来、人が何に注意を向けているかといった心的状態を読み取る研究は、大きな視線の移動の変化などを伴う視覚情報を基にするものがほとんどだったという。
この研究では、新たに聴覚的な注意の状況と目の細かな動きとの関係を検討。同社によれば、大きな視線の動きがない場合でも、どの音声に関心を寄せているかといった聴覚的注意の状況が、目の無意識な動き(細かな動き)に反映されることを確認したという。
これは、視覚に加えて聴覚に関しても、人の興味や注意等の認知状態が目の動きの測定データから読み取れる可能性を示している。
研究の背景
目の動きは、その人の心の状態を反映している。そこで、ある人の意図や注意の対象、覚醒状態、感情や情動といった心の状態を、その人の目の動きの測定データから読み取ろうとするアイメトリクスに基づくマインドリーディング技術(※1)(図1)の研究が、さまざまな研究機関で進められている。
NTT研究所が進めるこれらの研究では、人の顔画像に対して感じられる魅力度の比較(※2)や、たまにしか起こらず予測が難しい出来事に対して、素早く反応をする課題での成績予測(※3)が、少なくとも部分的に、アイメトリクスに基づくマインドリーディングで可能であることが明らかになっていた。
アイメトリクスからな様々な内部状態が読み取れる理由の一つとして、目の運動が私たちの脳内の活動を反映していることが挙げられる。
例えば、瞳孔反応(※4)は自律神経系のバランスと様々な生体制御にかかわる青斑核(※5)と呼ばれる脳部位の活動を反映していることが知られています。また、瞳孔反応とマイクロサッカード(※6)は、前頭眼野や上丘と呼ばれる脳部位を含む脳内ネットワーク(※7)の活動状態を反映している。
これらの部位は、注意と覚醒度にかかわる機能の一部を担っていると考えられている。
図1:アイメトリクスによるマインドリーディングの概念
これらの私たちの取り組みや脳科学・人間科学の研究の進展は、アイメトリクスが視覚にとどまらず、他の感覚、例えば聴覚にかかわる内部状態も読み取れる可能性を示している。
ただし、視覚とはある程度独立した形で、聴覚情報に基づくマインドリーディングが可能であることを示す具体的な証拠はあまり多くなく、聴覚情報に対して向けられた注意をアイメトリクスに基づいて読み出せるかどうかは明らかではなかった。
研究の成果
今回の研究では、異なる場所の複数の音源からの聴覚情報に対する注意の向きを対光瞳孔反応と呼ばれる瞳孔径の変化(※8)から読み取れる可能性を示している。
対光瞳孔反応は私たちの眼に飛び込んでくる物理的な光の強度(輝度)に対してのみではなく、私たちが視覚的な注意を向けている環境の見かけの明るさに対しても生じる。
この知見に基づき、本研究では、ある人が特定の音声に注意を向けるだけで、その音源位置の明るさに応じた対光瞳孔反応が起きることがわかった。
このことは、瞳孔径の変化をもとにその人がどの音声(聴覚オブジェクト)に注意を向けているかを読み取れる可能性を示唆するものだ。
例えば、パーティ会場で多くの人が話している中で、私たちがある人にだけ注意を向けている状況(”カクテルパーティ状況”、図2)を考えてみる。
今回の研究の結果に従えば、ある人の瞳孔の大きさは、注意を向けた人(対象)に視線を向けなくても、その対象の人がいる場所の明るさに応じて変化することになる。
話の内容に基づいて、特定の他者に視線移動を伴わず注意を向けている状況でも、瞳孔径の変化のデータから、その特定の他者が誰であるかを客観的に読み取れる可能性を示している。
図2:「カクテルパーティ」状況の概念図