■連載/ヒット商品開発秘話
悪質な強盗事件の多発などにより、家庭での防犯対策が急務となっている。こうした中、ある防犯グッズがいま、話題を集めている。ライソンの『応答くん』のことである。
2022年11月1日に発売された『応答くん』は、インターフォンが鳴った際に男性の声で応答する音声ボタン。全部で16のボタンがあり、言いたい言葉のボタンを押せば代わりに発する。電話応対するときにも活用可能。これまでの販売台数は2万台を超える。
多くの共感を集めた女性社員のひと言から始まった開発
企画されたのはコロナ禍の2022年2月頃。社内での雑談である女性社員が言ったひと言がヒントになった。そのひと言について、商品部 広報の三上紅美子さんはこう振り返る。
「新型コロナウイルスの感染が拡大してから宅配サービスを利用する機会が増えたことに伴い、インターフォンに出る機会が圧倒的に増えました。これが理由で、『1人暮らしだと悟られるのは嫌だ。誰か私の代わりにインターフォンに出てくれないかな』と言いました」
その女性社員は実際に1人暮らしで、他の多くの女性社員がこのひと言に共感。男性の声で応対してくれる商品の可能性を感じ取った同社は、商品化を決めた。
インターフォンと電話の両方で使えるよう、スマホアプリを開発するアイデアもあった。ただ、ライソンは家電を開発している会社であること、スマホアプリだと高齢者の中には抵抗感を覚える人がいて誰にでも使ってもらいやすいとはいえないことから、電気か電池で動くものをつくることで決まった。
そんなときに見つかったのが、『応答くん』と同じ筐体の商品。中国で販売されている玩具らしきもので、『応答くん』以外の商品に関するリサーチで見つかった。
類似品が見当たらないこともあり、売れるかどうかは不透明。できるだけ低コストでつくりたかった同社は、中国で見つけたその商品の筐体を利用することにした。
シミュレーションで決めた16の言葉
開発のポイントは言葉の選定、どんな声で発してもらうか、という2点に絞られたが、「まずターゲットと使うシチュエーションを決めました」と三上さん。ターゲットは、メインは1人暮らしの女性とし、その次に高齢者世帯、子どもだけで留守番させることがある家庭と設定。シチュエーションは出前や宅配の受け取り、迷惑な訪問者や見知らぬ人が来たときの応対、迷惑電話の撃退とした。
専用ホルダーとホルダー設置用の両面テープが付属。インターフォンの横に設置すれば、必要なときすぐ使える
3つのシチュエーションで使える言葉を決めるに当たり、シミュレーションを実施。やり取りを演じてみて、どういう言葉を使うことがあるかを振り返った結果、次の16の言葉が選ばれた。
「はい」
「違います」
「ありがとうございます」
「いらないです」
「お願いします」
「失礼します」
「玄関の前に置いておいてください」
「宅配ボックスに入れておいてください」
「何の用ですか?」
「迷惑なんで」
「今、忙しいんで」
「もう1回言ってもらえますか?」
「帰ってください」
「もう電話してこないでください」
「これ以上来たら警察呼びますよ」
「ピンポーン」(ピンポン音)
最後の「ピンポーン」は、電話応対しているときに鳴らすことで来客を口実に電話を切ることができるようにするため採用。ほかには「今、リモート会議中なんで」も候補に挙がったが、優先度の面から採用に至らなかった。
声の主は営業部長
同社はある男性有名芸能人に、決まった言葉を話してもらうようお願いすることにした。理由は、その男性有名芸能人がYouTubeに公開した、迷惑電話や迷惑訪問を撃退する男性の声素材がバズり、動画再生数を大きく伸ばしていたからだ。しかし、事務所から断られてしまう。
代わりにプロの声優への打診を検討。だが、何を基準にしてお願いするのかが社内でまとまらなかった、あまり有名な声優だとバレてしまう恐れがある、どこまで売れるかが未知数であった、という理由から、社員に話してもらうことにした。
「これ以上来たら警察呼びますよ」のような撃退する言葉を、説得力のある声で話せる社員として白羽の矢が立ったのが、営業部長だった。自宅で録音してもらった音声データを活用した。
営業部長は1つの言葉につき複数のパターンで話し録音したデータを提供。言葉ごとにふさわしいものを選んだところ、しっくりくるものができたそうだ。
声優と比べると話し方や発声が洗練されておらず素人っぽさがあるが、むしろその方が普通に聞こえ、リアリティーを高めた。言葉によっては、やや噛んで話してしまったものもあるので、男性が実際にインターフォン越しや電話で話しているように聞こえてしまうというわけである。
ただ、「もう1回言ってください」だけは録音し直した。その理由を三上さんは次のように話す。
「録音してくれたものは、帰ってほしいというニュアンスで話してくれたものでしたが、もしかしたら、出前や宅配の人が訪れたときに言うことがあるかもしれません。頼んだものを届けに来た人に対して失礼にならないよう、丁寧な話し方で録り直しました」
また、最初につくったサンプルは、インターフォン越しに使ってみたところ、声が小さく聞き取りづらかったという。『応答くん』は音量が調節できないことから、2つ目のサンプルをつくる際、音声データを加工し音量を上げた。
世間を賑わせた「ルフィ」の影響
5000台生産し発売に臨んだが同社であったが、発売から7日目の2022年11月7日には全台出荷。社内に在庫が1台もない事態になり、急いで追加生産を手配することになった。
プレスリリースを配信して営業に力を入れたぐらいで、とくに変わったことはしていない。プレスリリースの内容も、開発のきっかけ、目的、ターゲット、商品概要をまとめた基本的なもの。三上さんは同社社長の山俊介さんから「なんで?今回、プレスリリースで何した?」と言われたそうだ。
追加生産分は2023年1月25日に6000台入荷。ところが、この6000台も、あっという間に出荷されてしまった。
その理由は、「ルフィ」を名乗る人物をリーダーとするグループによる広域強盗事件が発生したこと。連日のように世間を賑わせたことから、2月に入り防犯グッズコーナーをつくりたい家電量販店などから問い合わせが殺到し、予想以上のハイペースで出荷されていった。
同社は再び、工場に追加生産を指示。4月に2回目の追加生産分が入荷された。