利用客の目的を考えれば接客術はすぐわかる
なぜタクシーを利用するのかと言ったら、その日の私の場合は、
●急いでいるから
●大雨の中を歩きたくないから
●後部座席でケータイをいじりたいから
…などの理由が挙げられた。そんな私の様子を見た目で判断し、(もう、これ以上は話しかけられたくないのだな)と読み、乗車した者の心地が良くなる接客ができるドライバーだったということである。
タクシーアプリではなかなかないが、無線でタクシーを呼んだときの場合、乗客が来るまで車外で待ってくれているドライバーがいる。ドアを開け、行先を尋ねた後は、車内の温度が快適かの質問をし、シートベルト着用を促すのがパターン。
私の経験上、アプリや無線で呼んだドライバーは、どういうワケか、おしゃべりである場合が多いように思う。自分が呼ばれたことで、既に人間関係がスタートしていると勘違いをしているのかもしれない。
嫌な予感がしたときは、スマホに目を落とし、話しかけられたくないというオーラを放ってみるのだが、案の定、世間話を始めるドライバーもいれば、ウンチクをたれるドライバーもいる。道順について、やたらと自信をもっているドライバーにも頻繁に会うものだが、前述のとおり道をよく知っている私は、時折、どちらの道を選択するかでドライバーと言い合いになってしまうことがある。勝ち気なタイプであっても、結果的に目的地に速く着けばそれでいい。だが、ドライバーが自信をもって選んだ道の信号のタイミングがスムーズでなかったり、入った抜け道が渋滞していたり、通行止めになったりしていることもしばしばある。そういうドライバーに限って、メーター通りの金額を告げるのだ。
一期一会だからこそ一瞬一瞬が大切になる
通常、タクシーのドライバーと乗客は、一瞬、顔を合わせる合わせないかという間柄。コロナ禍はアクリル板や厚手のビニールが貼られている上、国土交通省が車内の氏名掲示を廃止する方向でもある。プライバシーを守り、働きやすい環境をつくるためだというが、乗客との“距離感”は良くも悪くも広がっていくことだろう。
そんな折、一瞬で場の空気を読み、乗客のキャラクターや状況を判断し、いい塩梅の会話術を身に着けているということは運転テクニックや道に詳しいのと同等に大切な術なのではないか。必ずしも年配のベテランドライバーが接客に秀でているわけではないというのも興味深い。
乗客のキャラクターや様子をすぐに読み取り、それにマッチした接客をしてくれるドライバーを“指名”させてもらっていた時期も私にはある。だが彼は若くしてドライバーを指導する部署へと抜擢され、私の指名は受けられなくなってしまった。
実は彼は私以外にも彼を指名していた“有名人”が数人いたことを後から知った。全員、彼の2倍から3倍近くも年齢を重ねているワーキングウーマン。他のタクシードライバーにそうした指名があるのかは知らないが、そこまで指名を受けるということは、やはり彼は突出した接客術を持ち合わせているということなのだろう。
定期的に長距離を乗る指名の客を複数もっていたから、当然、彼の売上は良かっただろうし、加えて彼の接客スキルの高さが指導員として社内で昇格することに繋がったことも間違いなさそうだ。
いつ、どこで、どんな客を乗せるかわからない“一期一会”だからこそ、磨こうと思えばどこまででも磨けるタクシードライバーの接客スキル。意識高い系の人に出会えたときは乗客の一日も幸せにできるのだ。
文/山田美保子
1957年、東京生まれ。初等部から大学まで青山学院に学ぶ。ラジオ局のリポーターを経て放送作家として『踊る!さんま御殿‼』(日本テレビ系)他を担当。コラムニストとして月間40本の連載。テレビのコメンテーターや企業のマーケティングアドバイザーなども務めている。