■連載/ヒット商品開発秘話
お湯を注ぐだけでミルクティーができる便利なティーバッグが、現在人気を集めている。『日東紅茶 ミルクとけだすティーバッグ』シリーズ(以下、『ミルクとけだすティーバッグ』シリーズ)のことである。
『ミルクとけだすティーバッグ』シリーズは2021年8月に発売。茶葉とクリーミングパウダー(=ミルク)をティーバッグにまとめたのが特徴だ。
発売当初は需給がひっ迫したこともあったが生産体制を立て直し、2022年以降は供給が安定。セブン-イレブン、ファミリーマート、ローソンの大手コンビニエンスストアでも取り扱いが始まったほか、2022年8月には新アイテムを追加した。発売からのシリーズ累計出荷杯数は約1000万杯にのぼる。
最初に発売されたオリジナルブレンド4袋入り(左)とアールグレイ4袋入り(右)
ルーツは工場で親しまれていた裏レシピ
誕生のきっかけは、日東紅茶を手がける三井農林の工場で、一部のスタッフがティーバッグで淹れた紅茶に粉末インスタントの『ロイヤルミルクティー』を混ぜて飲んでいたことにあった。以前から裏レシピのように親しまれてきた飲み方で、2つを合わせると濃厚で美味しくなるという。
三井農林の企画本部商品企画・マーケティング部 部長の竹田一也氏の印象は、「確かに美味しい。こういう飲み方もあるんだ」。だが、商品化までの道筋は描けていなかった。
しかし、研究所の開発チームは商品化の可能性を見出していた。2018年頃には商品化が具体的に構想され、竹田氏のチームと合流。実現可能かどうかを見極めるための試作検討を繰り返し、2020年初頭に正式に、本格的な商品開発がスタートした。
砂糖不使用ミルクティーにした理由
開発はオリジナルブレンド4袋入りとアールグレイ4袋入りの2アイテムからスタート。味づくりでは砂糖不使用にこだわった。
砂糖不使用にこだわった最大の理由は、ミルクティーの市場動向から甘さなしのニーズが確実に存在することだった。竹田氏は次のように話す。
「ティーバッグ紅茶で一番多い飲み方が、無糖ストレート。当社が過去に調べた結果では、紅茶ユーザーの約44%がこの飲み方をしています。その次に多かったのがミルクティーで、甘さあり/なし合わせて全体の約28%。ミルクティーは甘さあり/なしがほぼ半々に分かれるのですが、甘さなしのミルクティーはこれまで、ユーザーのニーズに応えられる商品がありませんでした。ニッチかもしれませんが、時代がヘルシー志向になってきましたので、甘みのないプレーンな美味しさを伝えるために砂糖不使用にこだわってつくることにしました」
三井農林
企画本部商品企画・マーケティング部
部長 竹田一也氏
フィルターに求められた、相反する要素の両立
構想から発売までに3年を要したが、これはティーバッグ紅茶では考えられない長さ。長期化した理由は、クリーミングパウダーとティーバッグに使うフィルター素材にあった。
クリーミングパウダーは、特性の見極めに時間を要した。
最適なものは茶葉と一緒にして抽出してみないと判断できない。同社が持っているあらゆる茶葉と組み合わせて抽出し、味や出来上がりの色、ミルクの濃さを評価した。評価した茶葉とクリーミングパウダーの組み合わせは100通りを超えた。
フィルター素材については、従来とは異なる特性が求められた。竹田氏は次のように話す。
「クリーミングパウダーは茶葉より小さいので、充填してから店舗に配送されるまでの間に振動などで外に漏れてしまう恐れがありますが、その一方で、瞬時にお湯が入り込んでもらうものでないとなりません。外に漏れにくくしなければいけない反面、茶葉とクリーミングパウダーが溶け出したら一気に外に出てもらう。矛盾した要素を両立しているフィルター素材が必要でした」
試験をしたフィルター素材は数十種類以上。試験は茶葉とクリーミングパウダーを詰めてティーバッグをつくらないとできないので、手間は煩雑を極めた。
また、開発だけではなく製造においても大きな課題があった。課題とは、物性の異なる茶葉とクリーミングパウダーを、配合比率を変えることなくティーバッグに1つずつ充填すること。工場で使っている充填機では対応できないことから、新たに充填機を導入しなければならなかった。
茶葉とクリーミングパウダーがブレンドされたティーバッグの中身
成功した首都圏でのテスト販売
必要な設備は充填機だけではなかった。売れるかどうかわからない商品をつくるのに追加の設備投資が伴う。設備投資を決定するには、消費者に評価されている商品であることが確信できる必要があった。そのために、まずは首都圏限定でテスト販売を実施し、市場の反応をうかがうことにした。
テスト販売時の製造は手作業のウエートが大きかった。テスト販売が首都圏でのみで実施されたのも、手作業のウエートが大きく供給量に限りがあったからだった。
テスト販売の結果は良好。設備投資と全国発売が決定した。ただ、クラフト調の包材にデザインしたシールを貼った簡素なパッケージだったこともあり、全国発売に当たっては店頭での見せ方に工夫が必要という課題も浮き彫りになった。
「紅茶売場は商品のパッケージデザインがカラフルなものが多いので、普通に並べると埋没しかねません。そうならないよう、テスト販売ではできるだけ、広げて並べるようにするなどしました。商品の見せ方を工夫することができた店舗ではいい成績をあげることができました」と竹田氏。この経験から、どんな商品か、お湯を注ぐと何ができるのかをパッケージデザインで瞬時に知らせることができれば、ある程度は売れると分析した。
AIを活用してパッケージデザインを決定
パッケージデザインを決めるに当たり同社は、AI(人工知能)を用いることにした。
「テスト販売から、この商品の肝はわかりやすいネーミング、どんな商品でお湯を注ぐと何ができるのかを瞬時に知らせることであることが見えてきました。お湯を入れた瞬間にミルクが溶け出すシズルをメインに持ってきたのですが、全体的な好き嫌い、シズルのデザイン、商品名の大きさ、高級感、美味しさ、人の目線がどこに集まっているかといったことをAIに数値評価させ、選別にかけました」と竹田氏。手間と時間、コストをかけて複数の調査で最終案を絞り込む作業を、AIに肩代わりしてもらったような形だ。
こうして絞り込まれ残ったものは、商品コンセプトに照らし合わせてブラッシュアップ。最終決定はAIではなく人間が行なって決めた。
SNSでバズりZ世代も注目
全国発売されると、想定をはるかに上回るペースで売れていった。この背景にあったのが、SNSでの反響だった。発売間もない頃、購入した一般消費者がTwitterで商品に関するツイートをしたところ、10万もの「いいね」を獲得。ネットニュースを引用リツイートした一般消費者の「買ってみたい」という投稿に1万6000の「いいね」を集めたこともあった。
2021年の成果を受け、同社は2022年から自社で本格的な販促を実施することにした。代表的なものがプロモーションの動画の制作。2022年9月から2023年2月までの間、広告としてYouTubeとTikTokで配信。YouTubeでは128万回再生され、TikTokはインプレッション(表示回数)が176万に達した。
SNS上のつぶやきなどを全部集めてビッグデータ化し分析した結果によれば、Z世代の反応が高く中高年以降の反応が少ないという。「紅茶のような嗜好品は飲料と違って、購買層の年齢が高めです。Z世代のような若い世代の反応が顕著に高いのは、私たちの商品では初めてでした」と竹田氏は話す。
前年度から大幅に売上を伸ばした2022年度
2022年8月に、はちみつ紅茶4袋入り、しょうが紅茶4袋入り、ほうじ茶4袋入りの3アイテムがラインアップに追加される。紅茶にとどまらずお茶とミルクを組み合わせた楽しさを体感してもらうことからラインアップを検討した。2023年2月には、全5アイテムが楽しめるトライアルアソートパック5袋入りが数量限定で販売されている。
(左から)はちみつ紅茶4袋入り、しょうが紅茶4袋入り、ほうじ茶4袋入り
このほか、セブン-イレブンに関しては、スパイシーチャイ4袋入りと加賀棒ほうじ茶スパイスラテ4袋入りの2アイテムを、2022年10月から半年間の期間限定で販売した。
セブン-イレブンで期間限定発売されたスパイシーチャイ4袋入り(左)と加賀棒ほうじ茶スパイスラテ4袋入り(右)
生産体制を増強したこと、販路が拡大したこと、アイテム数を拡大したことから、2022年度(2022年4月〜2023年3月)の売上は大幅に増加。前年度から約3倍にまで伸長している。
取材からわかった『日東紅茶 ミルクとけだすティーバッグ』シリーズのヒット要因3
1.ニーズに応えられた
甘さなしのミルクティーの市場は大きいとはいえず、これまでニーズを満たせるものがなかった。この商品の登場は、甘さなしのミルクティーが好きな人たちにとって待ち望んでいたものであり、支持を集めることができた。
2.高い完成度
美味しさの追求と利便性の高さを実感できるよう、クリーミングパウダーやフィルター素材の吟味を重ね、最適なものを選択。その結果、完成度の高いものになった。
3.SNSで注目された
変化の乏しいティーバッグ紅茶市場にあって新機軸を打ち出したことで、SNSで注目を集めた。投稿がバズったことをはじめ、Z世代に代表される、いままでティーバッグ紅茶にあまり親しんでこなかった若い世代にも興味を持ってもらうことができた。
2023年秋に新アイテムの投入を予定。新アイテムは従来の日東紅茶にはなかった新機軸を打ち出したものなども検討されている。1つの袋に2つの材料を合わせて抽出するというフォーマットを、より発展させていきたいという。
製品情報
https://www.nittoh-tea.com/products/teabag/mitb_2022/
文/大沢裕司