薬剤まみれの土壌から生き物が集うコットン畑へ
パタゴニアは1992年、ゴミ(廃棄されたペットボトル)からフリースを作った最初のアウトドア企業で、登山やサーフィンなどソト遊びの舞台となる自然環境に配慮した製品作りを徹底していることで知られている。
すべてのコットン製品でオーガニックコットンを採用するようになったのは1996年。
きっかけとなったのは、90年代はじめに社員が体調を崩した時のこと。原因を探るためにあらゆる素材を見直していたところ、ナチュラルだと思われたコットンが農薬漬けだとわかったためだ。
「効率よく機械で摘み取るためには、コットンの葉っぱが邪魔になります。そのため飛行機やドローンで農薬や枯れ葉剤を撒いていたんです。
枯れ葉剤はベトナム戦争でも使われたものと同じ成分で、コットン畑を訪れた人は〝生き物の気配がしない〟と。虫の姿はもちろん鳥のさえずりもなにも聞こえなかったそうで、そこで働く人たちはガスマスクのようなものをかぶって作業をしており、インドのコットン農家の平均寿命は30代半ばだと聞きます。農薬が流れ出るので川や海も汚染されるんです」そう教えてくれたのはマーケティング部の加藤さん。
健康被害をなくし、豊かな土壌と健康的な生態系を取り戻すためにパタゴニアはいち早くオーガニックコットンに切り換えたのだ。
そして今、パタゴニアでは4種類のコットンを採用している。
①オーガニックコットン
②オーガニックの最高水準であるリジェネラティブ・オーガニック・サーティファイド・コットン(以下、ROコットン)
③従来農法からオーガニックへ移行中の畑でとれたコットン・イン・コンバージョン
④製造工場のハギレから生まれたリサイクル・コットン
「ファンホッガーズ」コレクションに使われているのはコットン・イン・コンバージョンだ。
土の中に残った農薬の影響が消えるには約3年かかると言われており、有機農法で栽培したくても約3年もの間、〝オーガニック〟の認証が下りない。
これがハードルとなり、オーガニックコットンの生産量は全体の1%にすぎず、これは90年代とほぼ同じだと言われている。
「じつはオーガニックコットンの生産量は増えていますが、その量はコットン生産量全体に対し、まだまだ少ないため割合はほとんど変わっていません。パタゴニアではコットン・イン・コンバージョンを採用することで、移行期間中の農家を支援して少しでもオーガニックコットンの割合が増えればと考えています」(加藤さん)
農薬に頼らず害虫や病気を防ぎつつ収穫を目指すには手間も人手もかかるし、収穫量が減る。手間はオーガニックと同じなのに移行期間中はオーガニックと認められないためプレミアムな取引はできないのだから、農家にとって厳しい3年となるわけだ。
コットン・イン・コンバージョン(プレオーガニックコットンと呼んで支援する団体もある)を採用することで農家が従来農法から脱却しやすくなれば、豊かな土壌が増え、働く人も健康被害におびえずにすむ。農薬による水質汚染防止にも役立つので、われわれも気持ちよく生活できるし、安心してウォーターアクティビティに取り組める。
パタゴニアのROコットンを生産するインドの農場では、コットン畑の合間に大豆や落花生、緑黄色野菜などが植えられており、こうした植物が農薬に頼らずとも肥沃な土壌を作り上げ、副収入にもなるそうだ。
パタゴニアでは食品(パタゴニア プロビジョンズ)も扱っており、有機レンズ豆を使ったスープも販売している。将来、契約農家とコラボした食品が生まれてもおもしろそう。
年月はかかるが多様な生き物が集う豊かな自然環境が整えば、これまでとは違った楽しみ方が生まれる。
50周年を迎え、後ろを向いて過去を懐かしむのではなく、前を見て地球を生きることを楽しみにする……そう考えるパタゴニアにとってアイコニックな「バギーズ・ショーツ」をオーガニックコットンに移行中のコットン・イン・コンバージョンで作った「ファンホッガーズ」コレクションはその象徴なのだった。
コットンを知るきっかけに
初期のカタログに描かれたイラストをベースにした柄“Thrive Planet”。「ずいぶん崩しているので何がどうなっているのかわかりにくいですが」と前置きされたが、レトロな雰囲気が今の気分にマッチ
創業前夜の1968年、イヴォン・シュイナードは仲間とともにカリフォルニアからアルゼンチンまでクライミングやサーフィンを楽しみながら古いバンで旅をした。ロゴのモチーフであり、旅の最後を飾るフィッツロイ山の頂で「Viva Los Fun Hogs(あくなき冒険者たち、万歳)」の旗を掲げたという。
Hogは〝むさぼる〟というスラングで、シリーズ名の「ファンホッガーズ」はとことん楽しむ人々という意味。
サステナブル、環境保護を前面に押し出されると近寄りがたいけれど、自分たちが地球で気持ちよく遊ぶために良質な素材を選択すると考えればグッと身近に思える。
「コレクションを通じてコットンについて知っていただければ。なによりもコットンは風合いがよく、長持ちしますよ」(加藤さん)
【問】パタゴニア
取材・文/大森弘恵