■連載/法林岳之・石川 温・石野純也・房野麻子のスマホ会議
スマートフォン業界の最前線で取材する4人による、業界の裏側までわかる「スマホトーク」。今回は公正取引委員会の「1円スマホ」に関する公表について話し合っていきます。
キャリアの「1円スマホ」が禁止になる?
房野氏:公正取引委員会がいわゆる「1円スマホ」に対して、「独占禁止法が禁じる不当廉売につながる恐れがある」と調査報告書を公表しました。どのようにお考えですか?
石川氏:調査の結果、現状はほとんどの端末が赤字価格で売られていて、この先も続くのはどうなのかという話になっている。キャリア側も、赤字で販売していることは認めています。
個人的に感じるのは、そもそも端末と通信料金を分離して販売するのは無理がある。端末とネットワークは連携して動いていますし、通信業界の仕組みとして、端末を安く販売して、通信料金で回収していくという1つのビジネスモデルができている。だからこそ通信の世界は進化していくとも思うので、通信と端末を分離して販売するという発想自体が厳しい。〝2G〟の頃であれば成立したかもしれませんが、5Gの時代には即していないと思います。
法林氏:端末が売れてないのも事実、売らないといけないのも事実です。だからこそ0円販売や1円販売が行われる。こんな売り方を強いているのはだれかという話でしょう。いろんな歪みが出ている状態なので、一回やり直さないといけないと思います。
端末販売と通信料金を分離した理由は、通信料金を安くするためだったのに、今は「端末価格を安くしてはいけない」という前提になってしまっている。総務省も有識者会議も、だいぶ頭が固いなと思います。
石野氏:公取はあまり立場が強くないんだと思います。〝1円はだめなのに1000円はいい〟といったあいまいな指摘もありますし、もっと基準は明確にしてほしいですね。
石川氏:本当は総務省自身が調査したいけれど、立場上できないので公取をコントロールしている感がある。ただ、公取は立場上、深く踏み込めない。だったら無理に踏み込まなくていいというか、市場の自由にやらせればいいのにね。
端末値引きについてドコモは最初3万円と主張していたのに、根拠のないまま2万円になってしまった。もし4万円の値引きができるようになったら、各メーカーが4万円の端末を作るでしょう。要は総務省のルールによって端末が価格設定されて、国民が4万円のスペックのスマートフォンを使うようになる。それって違くないか? と思ってしまいます。
法林氏:総務省に決められたくはないよね。本来は市場原理で決まるもので、売れないから値下げするという考えは、スーパーで買い物をするのと変わらない。一定のルールは必要だとは思うけど、ルールの決め方があまりにもいびつになっているのが良くない。
石川氏:1円販売をしたくないのは通信キャリアの本音です。誰か止めてくれという声もあるけれど、そもそも1円販売をやり始めたのは3キャリア。通信キャリアが儲けすぎているという指摘もあるわけで、だったら1円販売を継続して、通信キャリアの儲けを減らせばいい。儲けが出なくなれば、いずれ自分たちでやめていくでしょう。端末の販売でも競争しているので、自由にやらせておけばいい。
石野氏:そうですね。転売目的の人が1円販売で端末を大量に買ってしまった。だからやめた方がいいというのはわかる。でも、改めて1000円という制限を設けるのは違うかなと思いますね。
法林氏:ケータイの時代にも、0円や1円での販売はあったけれど、今はスマートフォンがグローバル仕様になってしまい、転売問題が出てきた。昔から転売行為はあったけれど、そこまで目立っていなかった。今は何十台とまとめてiPhoneを買う人がいるらしいです。ドコモの井伊社長にインタビューしたら、「回線契約者には端末を安く販売したい」と言っていたけれど、転売を防ぐ効果はあると思う。
石野氏:アメリカで行われたGalaxy S23の発表会後に、現地でTモバイルのショップを見に行ったら、すでにGalaxy S23が1ドル程度で予約を受けていました。注意書きをよく見ると、「○○料金プランに加入すること」と書かれていて、高い料金プランだとGalaxy S23が1ドル近くになり、真ん中あたりの料金プランだと、Galaxy Aシリーズが安くなるといったように、料金プランごとに割引で安く手に入れられる端末が分かれていました。上位プランをユーザーに選んでもらうためのインセンティブとして、端末代を割引するのはありかなと思いました。ある意味合理的ですよね。こういう仕組みは日本でも採用してもいいのかなと思います。
石川氏:飛行機業界で考えると、LCCやフルキャリアサービスがあって、高額でも好んでフルキャリアを使う人もいる。安心や快適を買う人もいるし、結果としてその分マイルがたくさん返ってくるというメリットもある。携帯電話業界でも、こういった選び方ができていいはずですよね。ドコモ、au、ソフトバンクのメインプランではフルサービスでサポートがあって、端末が安く買える。一方で、サブブランドではできるだけ月々の支払額を抑える代わりに、端末は自分で用意するといった仕組みがあればいいですけど、有識者会議では〝端末価格を安くしろ〟の一点張り。議論が物足りないですよね。
キャリアの料金プランは誰が決める?
房野氏:現在キャリアから提供されている5Gプランは、4Gプランと同額ですが、同額でないといけないルールがあるわけではないですよね?
石川氏:そうですね。ルールではないです。
法林氏:キャリアも本当は5G分の料金を取りたかったけど、できなかった。新しい世代の通信規格でサービスをはじめる時、料金を上げようとする発想は昔からあるけれど、まともにできた歴史はありません。5Gに付加価値を付けて、お金をとれるようなコンテンツがあったかというと、チャレンジはしたけどどうにもならなかったというのが現状です。
石川氏:あと、5Gを提供してすぐの段階だと、ネットワークにつながらない場合も多い。だったらなぜ5G料金をわざわざ支払うんだという話にもなる。だから無線ネットワークの品質でサービス料金に差をつけるのが難しいといわれています。ただ、世界的にはうまく整備して儲けているキャリアもあります。
石野氏:海外では通信速度別に料金を分けているキャリアもあるみたいです。あとは、楽天モバイルのように段階制にしているキャリアも、グローバルでは珍しくありません。日本のように、使い放題プランで、4Gと5Gの料金が同じなのは、結構珍しいみたいです。
石川氏:日本のキャリアは5Gの提供エリアを広げてデータ通信を増やして、月々20GBではデータ容量が足りないという方向に持っていこうとしています。
房野氏:料金を下げるために端末と通信を分離しましたが、結果として通信料は下がったといえるのでしょうか?
石川氏:評価が難しいところですよね。結局は、当時首相だった菅さんが言ったから料金が下がったようなもの。「メインブランドの料金を下げろ」と言ったからahamoが生まれて、引っ張られる形で各社のサブブランドも値段が下がった。分離プランとか、2年縛りをなくした結果ではないと思います。
石野氏:あれが〝歪み〟だったなあ、という感じですよね。
石川氏:そう。本来であれば、楽天モバイルが出てきて競争が激化して、引っ張られる形で3キャリアも値下げをする、というのが理想でした。ただ、0から作るキャリアがその重責を担うのには無理があったので、国がもう少しなんとかしてあげても良かったかなと思います。
石野氏:ドコモが、楽天モバイルの対抗として自発的にahamoを出したのか、国に言われて仕方なく出したのかがわからないところ。ドコモとしては、あくまで自発的に出したと言っていますがMVNOっぽい仕様になっていたところがあったのは、国に言われて急いだからじゃないかなとか、2970円という価格に関しても、最初からその設定だったのかとか、疑わしいところがありますよね。
法林氏:結局、基本的に役所が口を出しすぎだよね。黙ってやっていれば、それぞれ別のブランドとしてahamoやpovoのような、楽天モバイル対抗ができていたと思う。総務省がやるべきことは、原理原則を作ること。細かく穴を埋めようとするから、話がややこしくなっています。
石野氏:こんなに細かく割引のルールが決められている国って、ほかにないですよね。
法林氏:ないでしょうね。
石川氏:総務省は、単純に2年縛りや解除料の徴収をやめさせて、ユーザーが移動しやすい環境を作ればいいだけで、端末販売に対して口を出すのは違うのではないか、と常々感じています。
房野氏:海外でも通信サービスには免許が必要ですよね。他国でもキャリアは国に忖度をしないといけないような状況なのでしょうか?
石野氏:一定の忖度はあると思いますよ。
石川氏:ただし、海外では電波をオークションで買っているケースもあるので、お金を出している以上、口を出させないといった面もある。日本は無料で電波を与えられているので、国にはなかなか逆らえないし、オークションになって支払いが発生しないように、みなが黙っているといった風潮もあります。
房野氏:ここも変えていかないといけない部分なんですかね。
石川氏:日本でも電波オークションが検討されていますが、導入されると今度は総務省が口を出せなくなるので、あまり乗り気ではない状態です。
石野氏:オークションが検討されているのも、高騰しそうにない周波数帯ですしね。
……続く!
次回は、O-RANについて会議する予定です。ご期待ください。
法林岳之(ほうりん・ たかゆき)
Web媒体や雑誌などを中心に、スマートフォンや携帯電話、パソコンなど、デジタル関連製品のレビュー記事、ビギナー向けの解説記事などを執筆。解説書などの著書も多数。携帯業界のご意見番。
石川 温(いしかわ・つつむ)
日経ホーム出版社(現日経BP社)に入社後、2003年に独立。国内キャリアやメーカーだけでなく、グーグルやアップルなども取材。NHK Eテレ「趣味どきっ! はじめてのスマホ」で講師役で出演。メルマガ「スマホで業界新聞(月額540円)」を発行中。
石野純也(いしの・じゅんや)
慶應義塾大学卒業後、宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で活躍。『ケータイチルドレン』(ソフトバンク新書)、『1時間でわかるらくらくホン』(毎日新聞社)など著書多数。
房野麻子(ふさの・あさこ)
出版社にて携帯電話雑誌の編集に携わった後、2002年からフリーランスライターとして独立。携帯業界で数少ない女性ライターとして、女性目線のモバイル端末紹介を中心に、雑誌やWeb媒体で執筆活動を行う。
構成/中馬幹弘
文/佐藤文彦