人工知能研究の権威である松尾豊氏(東京大学大学院教授)が理事長を務める日本ディープラーニング協会(以下、JDLA)が、5月1日に、生成AIの利用ガイドラインを公開した。こちらは誰でも無償で入手できるものだ。
ChatGPTを始めとした、質問や要求を入力するとそれに見合った成果物を出力してくれる生成AIを、企業内で利用するときに、最低限定めておきたい要素がまとまっている。そこで、リスクマネジメントや法務に関わる人のみならず、ビジネスで生成AIを利用しているビジネスパーソンのみなさん向けに、ガイドライン本編を理解する一助にして欲しく、要点を、本記事にて解説する。
生成AIの利用ガイドラインの交付元 日本ディープラーニング協会とは?
引用元:JDLA
ガイドラインは、Microsoft Word形式で公開されており誰でも無償で入手できる。
条項のみで、必要な部分を穴埋めすれば、すぐにガイドラインとして社内に掲示できるものに加えて、それぞれの条項に解説が加えられているものがある。また、このガイドライン公開に際し、JDLAが行った記者発表会の様子はYouTubeで視聴できる。理解を深めるためにぜひ視聴してほしい。
ガイドラインの構成は大きく3つ、①目的・対象 ②入力時の注意事項 ③生成物利用時の注意事項
今回JDLAが公開したガイドラインは、あくまで、生成AIを利用するときに最低限注意すべき要素を満たしているに過ぎないので、実際に企業内で利用する場合には、内容の加除やカスタマイズが必要になる。
また、対象となっているのは、ChatGPTのような、質問や要求事項などを入力すると、AIがそれに対する処理を行なって生成物を出力してくれるものを対象としている。社内でLLMという大規模言語モデルを開発したり、APIを利用して外部サービスを開発しようとしたりする場合は対象がいである。
その前提で各要素について詳しく見てみよう。内容は大きく3部構成になっている。
1. ガイドラインの目的やその対象
まずはガイドラインの目的やその対象となる生成AIを定義するパート
ガイドラインの目的は、業務効率化や新しいアイディア出しなどでの社会実装を促進する一方、法令違反や他社の権利を侵害するリスクがあので、注意すべき事項をまとめたものとなっている。
またガイドラインが対象とする生成AIは、ホワイトリスト方式、つまり、利用してよい生成AIはどれかを特定した形式での列記をJDLAは推奨している。また、利用を許可した生成AIに対して、すべての業務で一律利用を許可してよいか。業務によっては禁止すべきものがあれば、対象にすべしとしている。
JDLAでの禁止の例では、例えば東京大学だと、“レポート作成等では、生成系AIのみを用いて作成することはできません“としている。
■生成系AIの利用について(東京大学)
引用元:東京大学
この利用についての文章でも、機密情報や個人情報管理、著作権や内容の信憑性への注意などの記述がなされている。
2 .データ入力時の注意事項:3つの注意点を意識すべし
続いて生成AIにデータを入力するときの注意点について。
ガイドラインには以下の6項目が列挙されている。
■生成AIの利用ガイドラインーデータ入力に関して注意すべき事項
1 第三者が著作権を有しているデータ(個人が作成した文章等)
2 登録商標・意匠(ロゴやデザイン)
3 著名人の顔写真や氏名
4 個人情報
5 他者から秘密保持義務を課されて開示された秘密情報
6 自組織の機密情報
これらの中身を読み解くと、入力時の注意点は、「個人情報や機密情報を入力してはいけない。他社が著作権等の権利を持つものはできるだけ入力しない」というルールを守るべしと言える。
著作権法30条の4「情報解析「非享受利用」に当たるか否かがポイント
他社が権利を持つものについて、グレーなルールになっているがなぜだろうか。JDLAの解説では、”単に生成AIに他人の著作物を入力するだけの行為は、著作権法30条の4の「情報解析」「非享受利用」に当たるため、著作権侵害のリスクはかなり低い“としている。
一方、“必要と認められる限度でしか利用は認められていない”ので、生成AIの出力制度を高めるために、著作物をデータベース化して、人間が自由に読んだりできる状態にデータを整備した場合には、30条の4は適用されずに著作権侵害に該当する可能性があるという。
また、ロゴやデザインなどの登録商標や意匠として登録されているもの、著名人の顔写真や氏名などを入力する場合にはそれぞれ商標権侵害や、意匠権侵害、パブリシティ権侵害には該当しない。
個人情報や機密情報は原則入力禁止とし、その情報を持つ相手方との同意や契約に留意すべし
JDLAでの解説では、個人情報の生成AIへの入力が適法かどうかは非常に複雑であると述べている。生成AI内でのデータの取り扱いや、サービス提供元の事業者が国内か外国かによって結論が変わってくる。ChatGPTの場合には、入力したデータは学習に使うか否かは管理できるが、ChatGPTを手がけるOpenAI社が、外国企業であるため、個人情報保護工では、個人データの入力が不可である可能性が高い。
そのため、ガイドラインでは、一律禁止にしておき、個別判断の下、特定の条件を満たしたときに限り許可するとしている。
ビジネスパートナーから得た機密情報も同じく、一律禁止にしておく必要がある。加えて、自社の機密情報は、生成AIの処理や規約の内容により、入力した情報が保護されなくなり、特許出願できなくなるなどのリスクがある。
3. 生成物利用時の注意事項:他者への権利侵害や名誉棄損に注意すべし
ガイドラインでは以下の5項目が列挙されている。
■生成AIの利用ガイドラインー生成物を利用するに関して注意すべき事項
1 生成物の内容に虚偽が含まれている可能性がある
2 生成物を利用する行為が誰かの既存の権利を侵害する可能性がある
①著作権侵害 ②商標権・意匠権侵害 ③虚偽の個人情報・名誉棄損等
3 生成物について著作権が発生しない可能性がある
4 生成物を商用利用できない可能性がある
5 生成AIのポリシー上の制限に注意する
生成物利用時の注意事項は、入力時の注意点と同じく他者への権利侵害の可能性を考慮すべきである。具体的には、著作権侵害、商標権・意匠権侵害、名誉棄損・信用棄損の3つだ。
著作得侵害を避けるためには、特定の作者や作家の作品のみを学習させた特化型AIの利用は避け、生成AIから得た生成物を公開する場合には、既存著作物に類似しないか調査をする必要がある。商標権・意匠権についても同じく、類似しないかの調査をするに加えて、登録商標や登録意匠の調査も必要になる。としている。
また、生成AIは虚偽の情報を生成する可能性があるため、その情報を生成して、公開してしまった場合には、個人情報保護法違反や、名誉棄損・信用棄損に該当する恐れがあるため、ガイドラインでは一律禁止としている。
自社で生成した生成物に著作権が発生しない可能性もある
仕事でよく使うであろう文章生成AIの場合、生成物として出力したリサーチ結果や、アイディアには、著作権が発生しない。「創作的寄与」がキーワードとなり、生成AIが出力したものに対して人間が手を加えているか否かが論点となる。
また、画像生成AIの「Midjourney」では、無料会員が画像を生成した場合は、Midjourneyに著作権が移転することになる。そのため、無料会員は、生成した画像を商用利用できない制約がある。他にも生成AIサービスごとに利用規約で、権利の制約があるかもしれないため、注意が必要である。
■芸術的な画像が出力できるMidjourney
引用元:Midjourney
出力したい画像のイメージを、英語でテキスト入力すると、上図のような幻想的な画像が主強くできる画像生成AI。利用にはチャットアプリ「Discord」が必要である。無料で試せる。
進化の速度が速いAIに対してガイドラインや規程のアップデートを適切に行いたい
JDLAが今回発表したガイドラインは、今後アップデート版が公開されることもあるだろう。これから様々なビジネスシーンでの生成AIの利用が増えていくにつれ、ガイドラインでは対処しきれない事象や、著作権法等の法改正が行われることもあるだろう。
実務的には、都度、個別判断で乗り切るしかないのだが、進化が速いAIに関して、より適切に社内で利用して行くべく、これらの最新情報を見逃さないように。また、AIリテラシーを高めるためにも、情報を常に追いかけてもらいたい。
文/久我吉史
ビジネスの核心を司る「デジタルアイデンティティ」の指南書
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