コロナ禍を機に、一気に加速した「DX」だが、行きつく先にはどんな未来が待っているのか。2020年の都知事選にも立候補した小説家、沢しおんが2040年のTOKYOを舞台にIT技術の行く末と、テクノロジーによる社会・政治の変容を描く。
※本連載は雑誌「DIME」で掲載しているDX小説です。
【これまでのあらすじ】
二十年のうちにデジタル化が浸透した二〇四〇年の東京。都庁で近々役割を終える「デジタル推進課」の葦原(あしはら)は、量子ネットワークから消えた住民データの調査を情報公開課と進め、刑事の水方(みなかた)と常田(ときた)は橘(たちばな)広海(ひろみ)の行方をメタバースとリアルのそれぞれで追い、日本レガシー党の講演会へと潜り込んだ常田は──。
支持される理由
情熱に溢れた党首の挨拶の後は、日本レガシー党の活動紹介や東京レガシーの会による報告が映像やスライドにより行なわれた。
休憩時間に常田は講堂の前の方まで降りていって、PA端末で画角いっぱいに場内を撮影する。ほかにも場内の様子をスマホで撮影している参加者は多くいたので怪しまれることはなかった。舞台から客席へ向けて階段状になっているのは好都合で、まとめてたくさんの人の顔を収められる。
常田はすぐにPA端末を操作し、写った人々の顔と水方があらかじめAI合成で作っておいた橘広海のモンタージュ写真とを照合しはじめた。AI合成で似顔絵を生成するようになってもなおモンタージュと呼ばれていることがおかしくなる。
「結局やってることは昔と変わんねえな」
数秒で照合はできたが、いずれもマッチしなかった。
もう一度別の角度から撮影してモンタージュと参加者ほぼ全員との照合を完了できたが、該当しそうな人物を抽出することはできなかった。
だがこれは常田の予想の範囲内であった。わざわざ痕跡を消して失踪する用意周到な人間が、監視カメラのある施設で開催されるイベントにノコノコと顔を出すはずがない。
「あれ? 常田さんじゃないですか」
声をかけられて振り返ると、40代くらいの小柄な男が口端に笑みを浮かべて立っていた。チェック柄の入ったグレーのジャケットに特徴的な蝶ネクタイ、フリーライターの橋立(はしだて)だ。最近では〝メタバース突撃記者〟であることを売りにしていて、先日のメタバース定例会見で都知事に出馬するのかを質問したのも橋立だった。
「橋立、久しぶりだな。今日はメタバースじゃないのか」
「僕だって時間が許す限りは直接現地で取材しますよ。メタバース会場と同時開催でもリアルに人が集まりますし」
橋立は参加者で賑わう会場をぐるりと見渡した。
「こんなに賑わっているとは少々意外だった」
「常田さんこそ、レガシー党に興味あったんですね。てっきり与党のガチガチのシンパかと思ってました」
「違えよ、仕事だよ」
探るように言われて即座に否定する。
「あれ、引退してたんじゃなかったんですか」
「年金貰ってもしょぼいからな、貧窮にあえぐ前にめでたく再雇用。俺の世代は働けるヤツは死ぬまで働いとかねぇと、いざヨイヨイになった時に他人の世話になるのは期待できねぇからな」
「介護の人手不足は深刻ですし、世代独特の不安ってやつですね。レガシー党を最も支持してるのも、常田さんくらいの歳の人たちなんですよ。団塊ジュニアや氷河期世代」
「ジジババ向け政党ってことだろ、昔の保守政党もそんなもんだったよ。俺はこういうのはごめんだ」
不審だとばかりに眉根を寄せて小さく首を振る。
「そうやって眉をひそめる人もいるんですが、若者にも人気です。東京の二十代って、物心ついた時に大震災に見舞われたようなものなんで、戦後の焼け野原から復興した日本の底力ってやつに期待感を持ってるんですよ。昭和の高度成長を匂わせるイメージ戦略がうまくいってるみたいで」
常田には百年も前の出来事に期待を重ねる意味がわからなかった。だが橋立が言うには、資料が多く残っていて学校で何度も触れられる昔の戦争のほうが、若者にとっては近い世界に思えているらしい。
「馬鹿な」
震災前からそうだったじゃないですか、と橋立は笑った。
「隣の国が戦争してるっていうのに、テレビではコメンテーターが根拠の薄いことばっかり並べたて、ネットではSNSで真偽不明の情報が錯綜して。それよりもはるか昔に終わった戦争のほうが魅力的なストーリーを持っているって話です」
「国が直面している状況をわかってないまま支持してるのか。今度の道州制の導入だって国防の意味があったってのに、若いのは生まれる前の時代の繁栄を夢見てるとはな」
もっと他に縋れそうなものがあってもいいんじゃないのか、と常田は憂えた。
「国防についてのリアリティーを持ってるというなら三十後半から五十代。これ以上アジアでの戦争に巻き込まれたくない、今の政府与党に任せておけない、という人がこれまたレガシー党の支持に回っているわけです」
「老いも若きもそれぞれ別の理由で支持してるってことか。そりゃこの講堂も埋まるわけだ」
溜め息をついて視線を落とすと橋立が大事そうに抱えているノートパソコンが目に留まった。
「それで、その大人気の政党を取材ってところか。相変わらずノートパソコンなんだな。録音から文字を完璧に起こしていっぱしの論考付け加えるくらいなら、自分で入力しなくてもスマホのアプリでできちまうだろ?」
「それはもう僕のような職業にとって必携のツールですが、それだけじゃダメなんですよ。なによりも僕がしてきた経験がAIにはない。こちとら勘と年季と度胸でメシ食ってるんで」
「ウチの若いのにもいるよ、これがいいんだって言ってノートパソコン使ってる奴が」
常田は水方のことを思い浮かべ、彼が追っていた事件について以前橋立が書いた記事のことを尋ねた。
「そういや少し前にダンポの件、雑誌で書いてたよな。トークン化された公金の不正使用」
「雑誌……紙のを読んでくれてるんですね。日本レガシー党関西支部が関わってたDANPO(ディーエーエヌピーオー)、警察庁のサイバー局が追ってるって噂を聞いて、出し抜いてやろうと思ったんですよ」
「続報がなかったのは出版社が圧力を受けたからか?」
単刀直入に探りを入れる。
「え、全然違いますよ。当時、あの問題を追っていたネット民がヘマしたせいで、メディアは一斉に手を引いたんです。二十年くらい前なら公金の不正使用疑惑があったNPOにうまく迫ってたのもネットにいたんですが」
「レガシー党のダンポを追ってたサイバー捜査官が今、ウチに来てるんだよ。表向きは出向ってことになってるが、金バッチに触れて飛ばされてきた」
「……へぇ。その刑事さんに会ってみたいもんですね。あの事件の答え合わせがしたくなった」
橋立の目が鋭くなるのを常田は見逃さなかった。
「どういう理由で手を引いたにしろ、まだまだ追いかけたそうな顔、してるな」
「当然でしょう。僕だってこの講演会、単にレポート記事を書きたくて来たんじゃないですから」
その時、常田のPA端末に水方から「橘広海のボットが見つかりました」とのメッセージが着信した。
(続く)
※この物語およびこの解説はフィクションです。
【用語・設定解説】
DANPO:Decentralized Autonomous Non-Profit Organization の略。分散型自律非営利活動法人。この物語の2040年では改正特定非営利活動促進法によって、オープンなトークン運用を条件にNPO法人によるDAO組成が認められている。一部のネットユーザーからは、団体ポイント活動と揶揄され「団ポ」と呼ばれている。
紙の雑誌:検索はデータで、長期保存は紙で。文化風俗の証人として紙の雑誌は2040年でも流通している。大震災で流通網が断たれた経験から、電子書籍データを元にオンデマンドセンターで印刷された本を各地のコンビニで受け取れるサービスもあるが、インクが乾く時間が短縮できずカラーページの多い雑誌にはあまり使われていない。
沢しおん(Sion Sawa)
本名:澤 紫臣 作家、IT関連企業役員。現在は自治体でDX戦略の顧問も務めている。2020年東京都知事選にて9位(2万738票)で落選。
※本記事は、雑誌「DIME」で連載中の小説「TOKYO 2040」を転載したものです。
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