頼みごともスキルである
最近よく聞く「ヘルプシーキング」という言葉に象徴されるように、職場で助けを求め、頼みごとをする重要性が注目されている。
しかし、多くのビジネスパーソンにとって、人に何かを頼むのは依然としてハードルが高い。
では、なぜ「ハードルが高い」と感じてしまうのだろうか?
コミュニケーション心理トレーナーの松橋良紀さんは、理由の1つとして「頼むスキルがない」ことを挙げる。
松橋さんは仕事柄、多くの人の悩み相談に乗ってきたが、ほとんどが人間関係に関わるものだという。それが職場であれば、上司(または部下、同僚、取引先)に「自分の意見を聞いてもらえない、または言うとおりに動いてくれない」という悩みが多いそうだ。
そうした悩みの根本原因は、「人に頼むのが下手だから。これに尽きます」と、松橋さんは説く。前述のとおり、うまく頼むという行為は「スキル」。スキルと認識し、伸ばす努力をしなければ、いつまでたっても頼みごとができないという話になる。
正しいオウム返しで相手の心をつかむ
松橋さんによれば、頼みごとのスキルにも何種類かあり、著書『仕事ができる人のうまい「頼み方」』(青春出版社)でそれらについて解説している。
その1つが「ペーシング」だ。
これには、「言葉」「声」「ボディランゲージ」と、3種のペーシングがあり、いずれも相手に「なんとなく自分と似ている感じがする」という親近感を与える効果がある。
例えば「言葉のペーシング」は、「相手が話した言葉をそのまま返す」という技法。一言で言えば「オウム返し」。とても簡単に思えるが、「トレーニングを受けていない人には、ほとんどができない技術」だそうだ。
例として、相手が「先月、宮古島に10日間ほどいたんですよ」と、切り出してきた場合。あなたなら、どうオウム返すだろうか?
「あ、宮古島なら私も行ったことがありますよ! いいところですよね!」
「ほお、10日間も行ってたなんていいですねえ。自分には考えられないですよ」
といったものであれば、残念ながら失格。その理由として、松橋さんは次のように解説する。
“これらは、相手の話を傾聴する姿勢からはかけ離れてしまった反応です。
なぜかというと、相手から会話のバトンを奪っているからです。
話を聞くのが下手な人は、無意識的に相手のほうから自分側へ、会話の「軸」を持っていってしまいます。”(本書70~71Pより)
正解は、
「へえ、宮古島に……?」
これだけ言って、あとは相手から次に続く言葉を待つだけでよいそうだ。
この応用編として、「先月、宮古島に10日間ほどいたんですよ。めっちゃ楽しかったんですよ」と、相手が話してきたらどう返すべきか?
この場合、「めっちゃ楽しかったんですね!」と返す。コツは相手の「感情言葉」を拾うこと。話し相手は何よりも、自分の感情を伝えたいと思っている。そこでオウム返しする言葉として、感情を表す表現をピックアップすれば、両者の間には強いラポール(信頼関係)が築かれるわけだ。
こうしたラポールに基づいた会話をすることで、おのずと頼みごとも受け入れてもらいやすくなる。
頼みごとがあるなら斜め前に座る
折り入って頼みごとがある時は、座る位置も重要になるという。
さて、もしあなたが喫茶店で待ち合わせをして、相手に何か頼もうとする。店内の席数は多くてやや混んでおり、窓は大きくて見晴らしは抜群というシチュエーションだ。
この場合、「見晴らしがいいから」という理由で、窓際のテーブルにするのは、最も悪い選択だという。「外を歩く人の様子や車の走る様子などが気になってしまい、お互いに注意力が散漫になってしまいます」と、松橋さんその理由を説明する。
同じ理由で、ほかの客が相手の視界に入る席もNGとなる。
つまりベストなのは、相手から見える風景が、あなたと壁だけの席。さらに突き詰めると、相手に対して斜め前に座るのが正解だという。これは、心理学用語の「スティンザー効果」にのっとったもの。真っ正面に向かい合って座るよりも、斜め前の席に座った方が、「緊張感がやわらぎ、意見の衝突が起こりにくい」。親しい関係を築いて、頼みごとを受け入れてもらいやすくなるという。
それでは、相手から見て左斜めと右斜めのどちらに座るべきか? 松橋さんは、こう解説している。
“「右耳」は、受け取った情報の大部分を、左脳で判断します。左脳は、論理的な思考を得意とします。
ですから相手の右耳に話しかけると、相手の「論理的な考え」に訴えることになります。
「左耳」は受け取った情報の大部分を、右脳で判断します。右脳は、感情や感性をつかさどります。
ですから相手の左耳に話しかけると、相手の「感情や感性」に訴えることになります。”(本書126pより)
それなら、ロジックで煮詰めた頼みごとや商談のクロージングでは、相手の「右耳=左脳」に訴える。つまり、右斜めに座ればいいのか思うが、実はそれは正解ではない。松橋さんは、頼みごとをされた時の判断として「感情的なもの」が大きく関わるという。「理屈の上では少々不利な部分があるとわかっていても、感情的な部分に訴えかけられると、『まあ、頼みを聞いてやるか』となる」そうだ。ということで、左斜めに座るのが正解。
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成功している人は、意外にも「頼みごとの名人」が多いという。松橋さん自身も、全部一人でこなしていた時に比べ、頼み上手になってからは、仕事の時間は5分の1、収入は3倍以上になったそうだ。頼むスキルは、仕事だけでなく人生も変える。「頼むのがどうも苦手」という方こそ、身につけておきたいスキルだ。
松橋良紀さん プロフィール
コミュニケーション心理トレーナー。20代で営業マンを経験するが、強度の人見知りで苦戦する。ところが30歳のとき、カウンセラー養成学校で心理学を学んだことで人生が激変。ほんの1か月で、営業成績が全国450人中1位に躍り出る。支店長となり社内研修講師として全営業所にて研修を担当すると、1年で会社の売り上げが140%アップ。2007年にコミュニケーションが苦手な人、困っている営業パーソンのための協会を設立。著書はこれまでに28冊、累計40万部。『仕事ができる人のうまい「頼み方」』(青春出版社)は最新の著作。
公式サイト:https://www.nlp-oneness.com/
文/鈴木拓也(フリーライター)