相続税の「相続時精算課税制度」と「暦年課税制度」の改正
続いて、相続税に関する制度改正について。
そもそも相続を受ける際と、贈与を受ける際には、受ける側はそれぞれ相続税と贈与税を払う必要がある。例えば自分の親から生前に資産の贈与を受ければ贈与税を負担し、死後に相続すれば相続税を負担することになる。
しかし国にとって、相続税と贈与税には課題があった。非課税枠を使用しながら、税負担なしに資産の引き継ぎが行われると資産再分配の機能が発揮できないからである。
従来、相続税より贈与税のほうが課税税率が高かった。生前贈与させないためにわざと高くしていた。しかし相続財産の多い、ごく一部の人にとっては、財産を生前に分割して贈与すると、相続税よりも低い税率が適用された。相続税の最高税率は55%だが、特に資産の多い人は生前に分けて贈与すれば税率が30%、40%と低い税率となったため、生前贈与のほうが節税になっていた。
こうした状況を受け、今回の改正では、資産の再分配機能の確保をはかりつつ、資産の早期の世代間移転を促進する観点から、生前贈与でも相続でも、ニーズに即した資産移転が行われるよう、相続・贈与に係る税負担を一定にしていくため「資産移転の時期の選択により中立的な税制」が構築された。
●「相続時精算課税」と「暦年課税」の改正点
主な改正は次の通り。
(1)相続時精算課税制度について、現行の2,500万円の特別控除とは別途、110万円の基礎控除を創設するとともに、相続時精算課税で贈与を受けた土地・建物が災害により一定以上の被害を受けた場合に相続時にその課税価格を再計算する見直しを行う。
(2)暦年課税において贈与を受けた財産を相続財産に加算する期間を相続開始前3年間から7年間に延長し、延長した4年間に受けた贈与のうち総額100万円までは相続財産に加算しない見直しを行う。
●従来の相続時精算課税制度は税負担を減らすための制度ではない
植田氏によれば、(1)について、今までの相続時精算課税制度は相続税を安くする制度ではないという。あくまで生前贈与するときは2,500万円までは特別控除によって贈与税を課さないが、相続時に相続税を計算する際には控除された部分も全部合わせて相続税の計算をやり直し、贈与のときに払った税金が多かったら返還し、足りなかったら追加で払うという「精算」が行われるものだという。基本的に、相続時精算課税は節税にはならなかったそうだ。
それが、今回の改正により、各年に基礎控除110万円が設けられ、この部分は相続時に加算されないことなる。
●暦年課税は相続財産への加算期間は7年に延長
(2)について、暦年課税については、節税のために駆け込みで生前贈与をするのを避けるために、従来は死亡前3年間の贈与額を相続財産に加算して相続税を課税することになっていた。つまり相続開始4年以前までに贈与すれば節税になった。
しかし改正後はその加算期間が7年に延長となった。ただし、延長4年間に受けた贈与については総額100万円まで相続財産に加算しない仕組みである。
●相続時精算課税と暦年課税どちらを選ぶべきか?
資産を移転する際には、生前贈与をするか相続時に相続するかと共に、相続時精算課税と暦年課税のどちらか一方を選ぶ必要がある。相続時精算課税と暦年課税のどちらを選択すると税負担が少なくて済むのかが気になるものだ。
植田氏によれば、相続時精算課税の毎年贈与した110万の累積額は、相続税の課税対象から除外され、一切、課税されることはないため、ここだけ見ると相続時精算課税のほうが有利に思えるが、そうとも言い切れないという。なぜなら、相続時精算課税には年齢制限があるからである。資産を渡すほうが1月1日現在60歳以上、もらうほうが1月1日現在18歳以上。平均余命を考えると贈与できる期間は20数年しかない。一方で、歴年課税は年齢制限がない。よって、資産を高額に保有する人は、歴年課税を選択して、なるべく早期から少しずつ生前贈与するほうが低い税率となる。
また、相続時精算課税については、相続する子どもが複数人いる場合に、かえって他の相続人の税負担が高くなることもある。
結論として、ケースバイケースによってどちらが得かどうかは変わってくる。シミュレーションをしながら、落ち着いて検討したほうがいいそうだ。
免税事業者がインボイス発行事業者になる場合の措置
2023年10月1日から導入される適格請求書等保存方式(インボイス制度)について、措置がなされた。
●適格請求書等保存方式の円滑な実施に向けた所要の措置
主な改正点は次の通り。
(1)これまで免税事業者であった者がインボイス発行事業者になった場合の納税額を売上税額の2割に軽減する3年間の負担軽減措置を講ずる。
(2)一定規模以下の事業者の行う少額の取引につき、帳簿のみで仕入税額控除を可能とする6年間の事務負担軽減策を講ずるほか、少額の返還インボイスについて交付義務を免除する措置を講ずる。
植田氏によると、(1)については、もともと消費税における課税売上高が1,000万円以下の免税事業者だったが、インボイス対応のために課税事業者になった場合に、課税税額の2割を納付すれば良いことになった。2023年10月1日から2026年9月30日までの日が属する課税期間に適用されるため、例えば個人事業者だと2023年分から2026年分までの4年間、この特例が使える。その都度、この特例を使用するか選択できる。確定申告書にある備考欄に記載するだけで、事前手続きは不要。
また、(2)については、基準期間(前々年・前々事業年度)における課税売上高が1億円以下の事業者の、2023年10月1日から2029年9月30日までの課税仕入れに適用される。該当事業者は全事業者の約9割ほどにも上るため、本措置は事業者のためではなく、当局の負荷軽減のための措置ではないかと植田氏は述べた。
NISA等の拡充や相続税、インボイスについてはいずれも会社員や個人事業主、中小企業にとって影響が多いトピックスである。詳細については総務省等の資料や担当税理士等に確認したい。
【取材協力】
植田卓氏
MJS税経システム研究所 税務システム研究会 顧問
税理士/立命館大学客員教授/植田会計事務所所長
大阪府出身。昭和57年に独立し、大阪市内で植田会計事務所を開業。平成19年3月立命館大学大学院法学研究科博士課程後期課程単位取得。現在、日本税法学会、税務会計研究学会、租税訴訟学会の各学会に加入。平成28年より立命館大学法学部客員教授。
主な著書等:『税務力アップシリーズ・法人税』(清文社)、『中小会社の会計指針』(共著、中央経済社)等。
【参照】
総務省「令和5年度税制改正の大綱」
総務省「令和5年度税制改正の大綱の概要」
財務省「令和5年度税制改正(案)のポイント」
文/石原亜香利