2023年リマスターをUKマト1、2011年リマスターのEU盤や2016年リマスターのUSA盤と比べてみた!
今回大枚を使った僕の興味その1は2023年リマスターがUKマト1を超えるかだが、超えるわけがないと確信している。出来立てのオリジナル・マスターテープから作ったUKマト1と、最新のテクノロジーを使って経年劣化したマスターテープを元に作り上げたリマスターでは、勝負にならないはずだ。20歳の絶世スッピン美女が70歳になり、世界一のメーキャップアーチストが最高級の化粧品を使ってメイクしたとしよう。20歳と70歳、どちらが美しいかは言うまでも無い。これと同じと僕は考える。
興味その2は、2011年リマスターのEU盤や2016年リマスターのUSA盤と比べてどうかだ。デジタル技術の進歩は著しい。マスターは劣化していても、それをより甦らせるテクノロジーがレコードの世界にあるのではないか? ならば2023年リマスターは、2011年や2016年より音がいいと期待できるのでは?
上が2023年、左が2011年、右が2016年リマスター。ラベル・デザインは同じだ。
まずは2011年リマスターを久しぶりに聴く。曲は「タイム」だ。アラン・パーソンズがスイスで録音したという曲頭の時計音は、硬く金属的でとても耳心地いい。だが演奏が始まるとビックリ、ガッカリ。薄曇りの音だ。かつてUKマト1と聴き比べて勝負にならなかった記憶が蘇る。5段階評価で3としよう。続いては2016年リマスター。音が晴れてきた。2011年より音場も広がる。評価は4だ。
2011年にリマスターした『狂気』を5年後に再びリマスターするのはなぜだろうと思っていたが、2011年の音に不満を覚えた誰かがエンジニアを変えた再リマスターを指示したのだろうか。あるいは5年間のデジタル技術の進歩の賜物か? いずれにせよさらに7年が経つのだから、2023年リマスターへの期待が高まる。
その期待は裏切られなかった。2016年の音場が左右160度に広がるとすれば220度くらいに広がる。1音1音がよりクリアーかつ深い。評価は文句なしの5だ。大金を費やした甲斐があった。こうなるとレコードオタクとしては、発売時のレコード、UKマト1や初期日本盤と比較をしないわけにはいかない。まあ比べなくても、UKマト1に及ぶわけがないが。
左が初期日本盤、右がUKマト1。このラベル・デザインゆえに、ブルー・トライアングルと呼ばれる。
まずは前座で、音がいいと評判の初期日本盤だ。『狂気』がリリースされた1973年、日本盤は定価が2000円から2300円に上がったようで、定価表記は2000円、2300円、そして2000円の上に2300円というシールを貼った3種類があるが、僕の『狂気』は2000円表記で間違いなく初期盤だ。ちなみにレコード・ラベルはこの日本盤とUKマト1だけがブルー・トライアングルと呼ばれるデザインで、他国盤や非マト1盤とは異なる。
久しぶりに聴く初期日本盤の時計音は柔らかい。アナログの優しい音と表現するなら、2023年リマスターはデジタルなメリハリが強い音となる。マト1とリマスターを聴き比べるとこういう違いになりことが多い。さてこの日本盤、演奏に入ると音は柔らかいが濁ってくる。ギター弾きまくりパートではやかましいほどで、針を上げてしまった。そうだ、これは相当聴き込まれたコンディションが悪い盤だった。評価するなら3だ。状態良好盤なら違うだろうが“音楽”を聴くには辛く、同じ3でも2011年リマスターより落ちる。
いよいよ真打ち、UKマト1だ。何度かの比較試聴会で常に圧勝してきた盤で、コンディションは問題ない。音はやはり柔らかい。そして温かい。妙な言い方をすれば、2023年リマスターの音をお湯で温めて人肌にした感じ。音場は左右はもちろん上下にも広がり、奥行きも感じる。2023年リマスターが5なら6としたいところだが、2023年リマスターもかなり良く、どちらが上かは音の嗜好によるとも思ってしまう。こんな評価法がありかはさておき、2023年リマスターは5段階評価の5で、UKマト1は優良可不可評価で優の上の秀としようか?
リマスター盤の音は、技術の向上で進歩する。だがデジタルゆえかメリハリが強く感じられ、マト1の柔らかさや温かさとは異なる。これが現状だろう。だがチャットGTPなるものまで出現したデジタル時代、遠からずアナログ的柔らかさをデジタルで追求してマト1を凌駕するリマスター盤が登場するのでは、とも思う。だがそんなデジタルながらもアナログな音を望むのは、50代後半より上の僕たちアナログ・レコード世代だけかもしれない。
さてさてレコード以外のボックス・セットのコンテンツ、どうしようかな?
文/斎藤好一