市民パワーで実現目指すフィリピンのジェンダー・ダイバーシティ
このところ、日本では性的マイノリティに関連する法案(いわゆるLGBT理解増進法/差別禁止法)や同性婚についてのニュースが度々話題となっている。民間企業でもダイバーシティの推進は重要な課題のひとつだ。
メディアで取り上げられる海外の事例や制度は欧米のものが多いが、もちろんジェンダーダイバーシティはユニバーサルな問題で、ご近所のアジア各国でもさまざまな動きがある。
ここでは筆者の暮らすフィリピンの市民らによるユニークな取り組みを紹介したい。
マニラ首都圏でも各地でプライドパレードが開催されている。
マニラ首都圏で生活していると、同性カップルや異性装をする人(クロスドレッサー)は日常的に見かけるし、筆者の身近にも当事者はいる。
しかし差別がなく平等かと言えばそうではない。同性婚も認められていないし、就職などでの差別やハラスメントは後を絶たない。
フィリピンは世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数ランキングで常にアジアトップで(2022年は19位)、同ランキングで100位以下常連の日本は学ぶべきところが多いが、性的マイノリティの人々の人権については課題が多い。
こうした状況を受け、フィリピンでは2000年に「反差別法」、別名「性指向とジェンダーアイデンティティ表現の平等に関する法案(SOGIE法案)」が提出されている。
これは、(生物学的・社会的な)性別、年齢、社会階層や社会的地位、障害の有無、宗教や政治信条にかかわらず、全ての人に基本的人権があることを認識し、ヘイトクライムなどへの罰則も定めた法律である。
しかし、カトリック教会などの反対が根強く、20年以上経った今でも成立に至っていない。
政治的・法的な進展が少ないなかでも市民の活動は活発で、性的マイノリティの学生団体や、あらゆる性指向や性自認にオープンな教会など、さまざまな分野での動きがみられる。
ここではLGBTQ+フレンドリーなカフェと、LGBTQ+の人権確立を目指す政党、そしてシニアLGBTQ+の団体を紹介したい。
誰もが安心して過ごせるカフェは、地域からも愛される存在に
マニラ首都圏のなかでも有名大学や国会議事堂を擁するケソン市。個性的なカフェやNGOのオフィスも多い。
「フード・フォー・ザ・ゲイズカフェ(FFTGカフェ)」(2021年開業)は、同市の商業地区クバオのはずれの住宅街にある。
オーナーのナリスさんとそのパートナー、チッピーさんにお話を聞いた。お二人は女性同士のカップルだ。
お店の外観。イベント時は手前の駐車場が会場になる(FFTGカフェ提供)。
フィリピンの性的マイノリティの人々が直面する問題についてナリスさんはこう語る。
「フィリピンは家族のつながりが強くて、よく大勢の親族で集まります。保守的なカトリックの人も多い。そういう環境で家族にセクシュアリティを打ち明けられなかったり、受け入れられなかったり、あるいは結婚や子どもの予定を何度も聞かれたりしてつらい思いをしている人は少なくありません」
「就職や職場での差別もまだあります。企業は就職希望者のSNSをチェックするので、性的マイノリティであることが“バレない”ようにSNSのアカウントを持たない人もいる。
心の性に合致した服装をしているトランスジェンダーの人が、会社から“適切な”服装をするように“指導”されることもあります。
最近はプライドパレードに参加したり、同性パートナーがいる社員にも既婚者社員と同じ条件の福利厚生を与えたりする企業も増えてきて、少しずつ良くなっていますけど」
そんなナリスさんとチッピーさんのカフェは、生きづらさを抱える人が安心して過ごせるように、いろいろな工夫が凝らされている。
すぐに目に入るのが、壁に大きく書かれたYou are valid(あなたは価値がある)というメッセージ。
どんな性自認・性指向でも「 “I’m super accepted here” (私はこの場ですっごく受け入れられている)という感覚をもってもらいたいから」と、ナリスさんは言う。
店内の様子とYou are validのメッセージ。他にも、いろいろな性的マイノリティの固有のフラッグやLGBTQ+アーティストの作品も店中に掲げられている(FFTGカフェ提供)。
しかし最もこのカフェらしさが出ているのは、お客さんとの「濃い」コミュニケーションだろう。
「お客さんの名前を覚えるようにしています。その人が次に来た時に『〇〇、ウェルカムバック!』と言いたいんです。悩み相談をしたい人、意を決してお店に来る若い子もいるので、とにかく話を聞きます。朝までいる人もいますよ」
「私たちはコミュニティであり家族みたいなもの。来る人にはここを第二の家だと思ってほしい」と言葉があふれるナリスさんとチッピーさん。
実際、筆者の取材中、開店前にやって来た若い女性カップルを招き入れていた。彼女たちに尋ねると隣の州から初めて来たのだという。
コミュニティ・パントリー(後述)を実施したときの様子。必要なものは誰でも無料でもらうことができる(FFTGカフェ提供)。
LGBTQ+のパフォーマーを招いてのイベントも行われる。しかしお店は住宅街の中。子どもが遊びまわり、雑貨店の前で大人たちがおしゃべりする下町風情のあるところだ。
ここで深夜までドラァグクイーンのパフォーマンスやバンド演奏をやっても苦情が来ないのだろうか?
「地域の人たちは歓迎してくれています。お店の駐車場でイベントをするので行政機関には許可を取ったんですが、当局も近隣住民も『活気が出ていいね』って。コロナ禍でコミュニティ・パントリーを実施したことでもここのコミュニティに受け入れられたと思います」
コミュニティ・パントリーとは、個々人が余分に持っている食品や日用品を提供し、それらを必要としている人が受け取る仕組みで、コロナ禍にフィリピンで広がった庶民の助け合いの取り組みだ。
そうして築いた地域との信頼関係があるからこそ「多様なセクシュアリティの人々が集い楽しむなかに、地域の大人も子どもの姿もある」という光景が見られるわけだ。
これはすごく自然で効果的なダイバーシティ教育にもなっているのではと、はっとさせられた。
ドラァグクイーンのパフォーマンスの夜、カフェの向かいの雑貨店(サリサリストアと呼ばれる)に集う人たち。楽しいことはシェアしようというフィリピンらしいおおらかさが感じられる(Sace Natividadさん提供)。