メルセデス・ベンツの「SL」といえば、最上級のラグジュアリースポーツカーを思い浮かべる。そこにはモータースポーツとは無縁の世界観が拡がっていた。2人乗りのハイエンドプライベートカーのイメージだった。
しかし、2022年秋に日本に上陸してきた新型「SL」は、メルセデスAMGが一から開発をスタートさせたラグジュアリーロードスターというではないか。メルセデスAMGといえば、高級車も手がけるが、もともとはレーシングマシンからスタートしたブランド。はたして「SL」がどのようなクルマに進化しているのか、気になっていた。
今回試乗した新型「SL」は、意外にもコンパクトに見えた。第一印象は「SL」というよりは「SLK」だった。しかし、これはすぐに錯覚だとわかった。スペックを調べてみると、全長4700mm(4640mm=旧SL)、全幅1915mm(1875mm=同)、全高1370mm(1305mm=同)と旧「SL」よりもサイズが大きくなっている。コンパクトに感じたのは丸味を帯びたデザインの影響なのかもしれない。旧「SL」の優雅さよりも、かたまり感のある走りの魅力のほうが前面に押し出されている。運転席に座っても、この印象は変わらない。開放感というより、コクピットのフィット感を強く感じた。
標準装備になったキャンバストップは、先代の金属製バリオルーフよりも21kgも軽い。当然、車体の重心高は低くなり、コーナリング能力は高くなった。しかも、トップの素材は3層構造。外側とインナーの間に防音マットを挟んでいる。形状も省スペース軽量型Zフォールド構造を採用したことでトランク内部のトップ収納スペースが小さくなった。オープンしてもホロが後方視界をさまたげることもない。
ホロの開閉は約15秒。もちろん電動。車速60kmまでなら自由に開閉できる。操作はセンターコンソールのスイッチかタッチパネルのディスプレイでできる。リアウインドはガラスを用い、ヒーターが内蔵されている。新型「SL」は、日本仕様の「SL」で初めて後席が設定された。単なる荷物置きスペースではなく、クッション付きのシートが備わった。とは言っても、背もたれは垂直に立ち、着座位置も高いので、ホロを立てると、座ることができるのは身長155cmがギリギリ。座面はセンターコンソールが中央にあるので、左右1名ずつ。レッグスペースもミニマムだ。
トランクスペースとの一体化もない。トランクは左右幅770~1070mm、奥行790mm、高さは250mm、サブトランクは深さ110~300mm。リッドの開口部は路面から850mmと高い。ゴルフバッグは収納できない。
パワーユニットは直4、DOHC、2.0ℓのガソリン+電気式ターボという新しい組み合わせ。ターボタービンの作動を電気的に行なうことで、アクセルの動きに左右されない瞬発力が魅力。ターボラグが少ない。駆動は後輪だ。
しかし、かつてのV12やV8の「SL」を知っている、もしくは所有していたオーナーにはAMGチューンとはいえ、直4,2ℓターボは役不足を感じるユニット。本国にはV8仕様も設定されているようなので、いずれ台数限定でもよいから、そちらを、という声がでてきそうだ。
もちろん、昨今の状況では燃費のことを考えれば、2.0ℓエンジンでも、性能が十分ならよいとは思うのだが・・・。実際に、新型「SL」をDレンジで加速させると、6500回転まで上昇し、0→100km/hは、5秒台で走り切る。実力的には十分なのだ。
走り出す前にコクピットドリルを頭に入れる。小径のハンドルはスポーク部分の左右にダイヤルがある。左はAMGダイナミクス、右はドライブモードの選択。ドライブモードはアイス/エコ/コンフォート/スポーツ/スポーツ+/サーキットが瞬時に選択できる。ダイナミックセレクトはESPの車両安定化機能を拡張する。かなりマニアックだ。
さらにサスペンション。前後ともに5リンク式を新開発。オールアルミでコイルスプリングも新開発した。ダンパーは2個のバルブを備えた減衰力調整可能なアダプティブダンパーを搭載している。ミッションはAMGスピードシフトMCT9速AT。湿式多板クラッチを組み合わせ、ダイレクトなシフトを可能にした。シフトを可能にした。シフトダウンの1速飛ばしや自動ダブルクラッチ機能も備えている。
スペックを書いているだけでワクワクする。新型「SL」はこれまでのラグジュアリーなモデルではなく、セミレーシングカーの内容を秘めたスポーツカーなのだ。実際に公道上で走らせてみると、その限界はとても試すことはできない領域にあることが体感できる。ミシュライン「パイロットスポーツ4Sタイヤはフロント265/40ZR20、リアは295/35ZR20で、これも限界域まで試す勇気はなかった。
新型「SL43」は、ラグジュアリースポーツという衣を纏ったリアルレーシング。1952年に公道を走行できるレーシングスポーツカーとして発表され、ルマン24時間レースで1、2フィニッシュしたW194=300SLの世界の再来なのだ。先代の「SL」オーナーの方は、そのまま今のクルマを乗り続けることをすすめたい。
文/石川真禧照(自動車生活探険家) 撮影/萩原文博