出荷される前の牛乳が大量に捨てられているという話を聞いたことはないでしょうか?
2021年の冬頃に起きた牛乳廃棄問題は、コロナ禍による休校や外出自粛の影響で業務用に使われるはずだった牛乳が大量に余ったことが大きな要因でした。しかしコロナショックが落ち着きつつある2023年の今でも、問題は解決していません。
そこで今回は、世間を騒がせた牛乳大量廃棄問題のその後、つまり現在の状況をまとめて解説しています。
記事の後半では、牛乳消費応援レシピと称したかんたん牛乳アレンジアイデアも紹介しているのでチェックしてみてください。
値上げしても経営危機?牛乳問題のリアル
2023年現在、ある牧場では1日に約1.7トンもの生乳を廃棄し、ある牧場ではまだ乳牛として役目を果たせるはずの牛を止む無く食肉処理場へ送っています。国内の生乳の生産の50%以上を担っているのは北海道ですが、そんな酪農大国でも深刻な経営不振に悩み、離農を選択する酪農家が後を絶たないといいます。
一方で、近年の値上げラッシュでは牛乳やバター、チーズ、ヨーグルトなどの乳製品も例にもれず、2月から4月にかけて森永乳業や明治など大手製品の値上げや再値上げが発表されたばかり。消費者の感覚からすると「牛乳が捨てられるほど余っているならば、値上げせずに安く売ればいいのでは?」といった疑問が浮かぶところです。
普通に考えれば、供給量が少なく手に入りにくいものは値上がりし、供給量が多く手に入りやすくなると値下がりする、というのが一般的な値動きであるはず。さらにいうと、生産者の利益を確保するために値上げしているはずなのに、一向に経営不振が改善されないというのも不思議な話。
しかし商品価格の値上げでは追いつかないほど、生乳を生産する酪農の経営は非常にシビアな状況が続いているんです。
酪農業界がひっ迫している大きな理由は2つ
酪農業界がひっ迫している主な理由は2つあり、そのうちの1つが「飼養コストの高騰」です。当然ですが、コロナによる物流規制やロシア・ウクライナ紛争による物価の高騰は、一般消費者だけでなく生産者にも降りかかります。
牛を育てるためのエサ代だけでなく、牛が生活する環境の維持費や搾乳のための電気代や輸送コストも高騰し、製品の値上げによる売上増だけでは到底追いつかない赤字を抱えている牧場は少なくありません。
また、通常なら肉牛として畜産農家へ売られるオスの子牛などは、生乳と同様に酪農家の大事な収入源になっていました。しかし畜産農家側も飼養コストが高騰して子牛を買い控えるようになってしまったため、買い取り価格は大幅に下落しているといいます。
そんな厳しい状況の中で生産された生乳にも関わらず、牧場によっては毎日1トン以上が出荷もできずに流して捨てられているのはなぜなのでしょうか?
それは、もう1つの大きな理由である「生乳の生産抑制」の取り組みのためです。現在日本では、国や自治体から酪農業者へ向けて生乳の生産量を減らすための措置がとられています。
農林水産省は「酪農経営改善緊急支援事業」を発足し、牛の早期淘汰に対し1頭15万円の補助金を交付するとしています。早期淘汰と聞くとわかりにくいですが、要は通常よりも早い段階で牛を食肉処理場へ送ると1頭あたり15万円のお金が受け取れますよ、という制度です。農水省はこれにより、2023年9月までに約4万頭の淘汰を見込んでいるといいます。
つまり、生乳を絞る牛を育てるためのコストが大幅に高騰し、費用をねん出して赤字覚悟で育てた牛の乳の一部は売ることができずに廃棄を迫られ、さらには牛を減らすことを求められている。おおざっぱにいうと、生乳の生産現場では今もそんな状況が続いています。
そもそもなぜ捨てるほど牛乳が余るのか?
そもそもなぜ生産抑制を行わなければならず、捨てなければいけないほど牛乳が余ってしまうのでしょうか?これは、生乳の需要が供給を大きく下回っていることが理由です。
単純に日本で飼養されている牛から出る乳の量に比べ、消費される生乳の量が少ないから余ります。長期保存の効かない生乳は、消費されないのであれば廃棄するしかなくなってしまうのです。
もともと1996年以降、飲用牛乳の消費は右肩下がりでした。そこに新型コロナウィルスのパンデミックが起こり、生乳全体の業務需要が大きく減少しました。現在コロナ禍の影響は回復傾向にあるものの、需要(消費)と供給(生産)のバランスは以前崩れたままだといいます。
さらに背景にある大きな要因が、2014~2015年頃に起きた「バター不足」です。国内のマーケットから軒並みバターが消えるという深刻な事態は、記憶に新しい人も多いかもしれません。
当時は今とは逆に需要はあるのに供給が足りていない状態で、政府はバターの原料となる生乳の生産量を上げるべく大規模な政策を打ち出しました。これにより多くの酪農家が補助金制度を使って施設を拡大し、牛を増やし、生乳の増産態勢を整える動きになりました。
2019年以降になってようやくその成果が実りだした矢先、2020年の4月に新型コロナウィルスによる緊急事態宣言が発足。供給できる量が増えはじめたタイミングで需要が大幅にダウンし、今度は急転して供給過多になってしまったというわけなのです。
生乳は急に増やしたり減らしたりできない
生乳は出すのを止めようと思ってすぐに止められるものではありませんが、出そうと思ってすぐに出せるものでもありません。当然ですが、受胎・出産をしないと牛から乳が出ることはないのです。
子牛は生まれてから約12~15ヶ月かけて育てられ、生後約1年半で受胎。その10ヶ月後、生後約2年半に出産し、初めて乳が絞れるようになります。
また、捨てるほど余ってしまうなら牛から乳を搾らなければいいと思うかもしれませんが、搾乳期間中の牛は毎日乳を絞ってやらないと乳房炎などの病気になってしまうのです。1日2回の搾乳で1頭当たりおよそ20~30L、出産から大体10ヶ月間は乳が出続けます。
早期淘汰を実行して牛を減らしたとしても、もしまた増産の方針になったときには子牛の育成から搾乳まで2年半ほどの時間と手間と費用をかける必要があるのです。
そのような工程を経てようやく生産されるため、どうしたって短期的に生産量をコントロールすることは困難になります。生き物を育てて搾取する特性上、急な方向転換が難しく、不測の事態が起きたときには需給バランスが崩れやすくなってしまうのが実状なのです。
「保存がきくバターやチーズにして売る」では解決しない理由
さてここで、「それなら保存がきくバターやチーズに加工して売れば良いではないか」と疑問に思った人もいることでしょう。実は牛乳廃棄のニュースを目にしてから、筆者もそんな風に思っていました。
生乳から作ることができる乳製品は、バターやチーズ、ヨーグルト、アイスクリーム、脱脂粉乳など牛乳以外にもたくさんあります。
コロナ禍で牛乳の消費が大きく落ち込んだ当初は確かに、保存がきくバターや脱脂粉乳などを大量に製造することで生乳の廃棄量を抑えていました。しかし乳製品を製造する工場の稼働率や保管するための倉庫にも限界があり、結局は賞味期限切れで廃棄を迫られる恐れがではじめました。
バターや脱脂粉乳やチーズなどの乳製品の場合は安価な輸入品のシェア率が高いため、乳業メーカーとしては例え生産設備の拡大に力を入れても採算をとるのが難しい面があるといいます。