2022年11月、東京駅から臨海部まで約15 分で直結する都心部・臨海地域地下鉄、通称「臨海地下鉄」構想が発表された。全7駅で、「月島・勝どき」「晴海」「豊洲」などの埋立地を縦貫し、概算事業費は約4200〜5100億円、2040年の開業を予定している。この新鉄道構想の経緯と今後の展望について、鉄道ジャーナリストの梅原淳氏に解説してもらった。
人口右肩上がり「勝どき・晴海エリア」の新たな足に
<都心部・臨海地域地下鉄構想 事業計画検討会>事業計画案(令和4年11月)より。建設予定の7駅は「東京」「新銀座」「新築地」「勝どき」「晴海」「豊洲市場」「有明・東京ビッグサイト」(いずれも仮称)。
東京都の臨海部では、築地市場跡地で大規模な再開発が控えるほか、東京五輪・パラリンピック選手村跡地を住宅地として活用する「晴海フラッグ」という都市開発プロジェクトも進行中だ。「晴海フラッグ」にはマンション23棟と商業施設1棟が造られる予定で、約1万2000人もの人口流入を見込んでいる。都心部・臨海地域地下鉄は、世界から人、企業、投資を呼び込み、区部中心部と開発の進む臨海部をつなぐ基幹的交通基盤としての役割を担うことが期待されている。
鉄道ジャーナリストの梅原淳氏によれば、勝どき、晴海などの臨海副都心と呼ばれるエリアは、長年 “鉄道の空白地帯”だったそうだ。
「臨海部へのアクセスの手段としてはゆりかもめとりんかい線がありますが、どちらも東京駅周辺の都心からは直行できず、アクセスが今ひとつでした。東京駅からビッグサイトまでの主な公共交通手段は片道約30分かかる都営バス051系統に頼りきりですが、赤字路線の多い都営バスの中でも、そのルートは珍しく黒字経営になっているほど需要のあるエリア。逆に今まで鉄道が整備されていなかったのが不思議なくらいです」(梅原氏、以下同)
中央区の勝どき・晴海地区では高層マンションの建設が相次ぎ、人口は堅調に増加している。「中央区将来人口の見通しについて」という資料では、中央区の総人口は2023年の推計値が17万4074人、2033年は21万9556人と、今後10年間で4万5000人以上増える見込みだ。このエリアでは、最寄りの都営地下鉄大江戸線勝どき駅まで徒歩約20分かかるなどアクセスが課題とされているが、新地下鉄が通ればその不便も軽減されることだろう。
つくばエクスプレスからの乗り入れ実現で費用対効果は大幅増
都心部・臨海地域地下鉄構想では、将来的には秋葉原〜東京間をつなぎ、つくばエクスプレス(TX)延伸も検討しているものの、まずは都心部・臨海地域地下鉄の単独整備を計画しているという。延伸の有無によって、その費用対効果※にどれぐらい差が出るのだろうか。
※ある事業の実施に要する費用に対して、その事業の実施によって社会的に得られる効果(便益)の大きさがどのくらいあるかを見る指標で正確には費用便益比という。その値が1以上であれば、その事業は妥当なものと評価される。
「当初は新銀座から有明・東京ビッグサイトまで臨海地下鉄を通す予定でしたが、その場合見込める費用対効果は0.7程度と低かった。さらに、銀座はすでに他路線の駅が地下に密集しているため、主要エリアから少し離れた場所にズラして駅を作る必要があります。すると始発駅としての利便性に欠けるということで、東京駅から通すことになったようです。東京から通すと費用対効果がやっと1を超えてきて、秋葉原まで伸ばしてTXを乗り入れさせるとすると、その数値は最大1.6ぐらいまで跳ね上がります」
都心部・臨海地域地下鉄構想では、東京〜有明・東京ビッグサイト間を2040年までに完成させ、30年以内の黒字転換を目標としている。仮に秋葉原から延伸した場合、黒字化にかかる期間は18〜19年と、10年以上短縮される見込みだという。
つくばエクスプレス(TX)「青井→北千住」区間は、混雑率123%で2021年度の鉄道混雑率ランキング第12位だった。同ランキング第1位は、日暮里・舎人ライナーの「赤土→西日暮里小学校前」区間の144%。
「TXは、北千住や南千住といったベッドタウン、浅草といった観光地も通っています。現状は東京駅、銀座駅いずれかのアクセスに乗り換えが必要なため、東京と銀座どちらも1本で行ける臨海地下鉄が通ることは、都内北東エリアから通勤する人や、観光客にとっても大きな魅力です。もしかしたら、臨海地下鉄の建設費の一部をTX側が負担するかたちで秋葉原まで延伸するという動きも出てくるかもしれませんね」
これを聞くと『最初からTXを乗り入れさせればいいじゃないか』と言いたくなるが、区間を刻もうとしている背景には、建設費用を少しでも抑えたいという意図があるようだ。実際に、路線の需要を低めに見積もったため、後から追加で設備投資をすることになった例もある。
「つくばエクスプレスは6両編成から8両編成に変えるためにホームの延伸工事を行っているところですし、2年連続で混雑率日本一となった日暮里・舎人ライナーは、平日は毎朝乗車制限がかかるほど混雑しており、車両のロングシート化によって立席を増やそうとしているところです。設備が過大になるのも問題ですが、過少になり過ぎるのも考えもの。車両にしろルートにしろ、もうちょっと先を見据えて、後悔のないように作ってくれることを願います」
“帯に短し襷に長し”だった臨海部の交通網が改善されることに違いはない。開業はかなり先だが、臨海地下鉄が新たな玄関口としてどのような活躍を見せてくれるのか楽しみだ。
取材・文/清談社・松嶋千春