リアルがデジタルに包含される世界で、企業はどう変化すべきかを説き、大きな話題を集めた書籍『アフターデジタル』。著者である藤井保文氏は、最新刊『ジャーニーシフト デジタル社会を生き抜く前提条件』(日経BP刊)で、アフターデジタルの世界で変化する潮流を読み解き、企業が生き残っていくための条件として「提供価値のDX」をあげている。誰もがスマホを持ち、常にデジタルと一体となった時代。そのデジタル世界もWeb3という大きな変化が動き始めた今、求められる新たな「顧客体験」とは何か。藤井氏にお話を伺った。
藤井保文
株式会社ビービット 執行役員CCO(Chief Communication Officer) 兼 東アジア営業責任者 一般社団法人UXインテリジェンス協会 事務局長
東京大学大学院 情報学環・学際情報学府修士課程修了。上海・台北・東京を拠点に活動。国内外のUX思想を探究すると同時に、実践者として企業の経営者や政府へのアドバイザリーに取り組む。累計22万部のベストセラーである『アフターデジタル』シリーズでは、これからの時代を生き抜くために、日本企業が取るべきアクションや、DXのあるべき姿を提示。「DXの目的は新たなUXの提供である」というコンセプトを世に広める。
アフターデジタルは次のフェーズへ、社会と社内に同時に向き合わなければいけない時代に
──2019年に上梓された『アフターデジタル』から最新刊の『ジャーニーシフト』まで、この4年の間にはコロナ禍もあって、企業のDXの状況も大きく変わったように思います。藤井さんはこの間の変化をどう見ていますか?
この4年間の流れを振り返ると、2019年頃はまだ「DXとは何か」とか、「そもそもやる必要あるのか」みたいな話が多かったですが、コロナになってリモートワークとかECとか、対応が遅れていた企業はすごく苦しむことになった。DXはもう「やる、やらない」ではなく、当然のものになりました。
でもデジタルは手段であり目的ではない。じゃあ目的って何だろうという問いが始まって、SDGsの流れとも合流して「パーパス」とは何かという議論が盛り上がり、それが少し落ち着いた2021年後半頃から、いろんな企業の事例を目にするようになってきました。メディアでもそれまでは専門家がDXについて語っていたのが、各社の事例が頻繁に取り上げられるようになってきていますね。企業の一部先進的な人たちがDXを推進していたところから、いろいろな成功事例を目の当たりにして、掲げたビジョンやパーパスと実体験を基に、全社で変革に向けて意識を揃えてかなきゃいけないっていうフェーズに入っています。
とはいえ大きな変革は、自社だけではなかなか難しいこともわかってきた。昨年の後半くらいからみなさんが口々に、「社会変革」ということを言い始めています。SDGsの話もそうだし、いわゆる「デジタル田園都市構想」みたいな話もあって、1社だけではちょっとアセットとして持ち切れないことを実現しなければいけない。変革しようと思ったら、社会を巻き込んだエコシステム的な動きが必要になってきた。社会と社内に同時に向き合っていかなければいけないというのが、今に至る流れなのかなって思っています。
──『アフターデジタル』では中国の先進事例を数多く紹介されていましたが、今回『ジャーニーシフト』では東南アジア、中でもインドネシアの事例に着目されています。なぜインドネシアだったんですか?
理由はいくつかあります。まず中国ですが、ゼロコロナ政策で規制モードとなり、2020年以降は新しいサービスやイノベーションが、正直なところあまりない。じゃあ他にどこがおもしろいか考えているときに、経済産業省が発表した「未来人材ビジョン」というレポートが話題になりました。タイの部長の年収が日本の部長より高い。しかも部長になれる年齢もひとまわりほど若い。なぜそうなってしまったんだろうっていうので、バズっていたんです。それを契機に、東南アジアに興味を持ちました。中でもDXによる社会変化が大きいと思ったのがインドネシアでした。
中国の変化は、やっぱり中央集権的で剛腕な変化なんですよね。そこから学ぶことはたくさんありますが、日本で同じことが実現できるかというと難しい側面もある。一方でインドネシアの事例は、人と人とのコミュニケーションをうまく活用していて、日本にとってもリアリティーがあると感じました。
例えば以前フードデリバリーで天丼を頼んだら、ドライバーから「天丼はなかったけど、隣にある唐揚げ丼でもいいか?」っていうメールがきたんです。メニューにあったから注文したのに 、改めて見るとメニューから消えている。ドライバーさんがお店に言って消してもらったんですね。同じことが東京の都心で発生したら、多分クレームに繋がるんじゃないかと思うんですけど、高いクオリティを求めすぎた結果、DXに時間がかかってしまったりしている中で、こういう人と人とのコミュニケーションでラストワンマイルをうまくやるみたいなことは、日本の地方などでも参考にできる。こんな風に僕らが見逃している発見が、インドネシアにはたくさんあるんじゃないかと思って着目しました。
──インドネシアで得た気づきで、藤井さんがこれは伝えたいと思ったポイントを1つあげていただくとしたら、何でしょう?
今の社会が抱えているペインに、ちゃんとフォーカスできているっていうことが、1番伝えたかったことです。
例えば、スーパーマーケットは、かつて商店街で八百屋、魚屋、薬局ってバラバラに買い物をしなければいけなかったのを1つにまとめたものですよね。ユーザーにとっては便利になった一方で社会として見たときには、大型スーパーのせいで地域の個人商店が潰れるということも起こったわけです。
インドネシアには「Gojek」というアプリがあるのですか、このアプリが提供しているのは、人でも物でも何でも運んでくれるサービスです。いろいろな商店を回って、買い物してきてもらうこともできます。商品をまとめて買えるという意味では、商店街からスーパーへの変化と同じ利便性が提供されているわけですが、このサービスによって個人商店は、潰れるどころかどんどん元気になっています。
アプリという新たな顧客接点ができただけでなく、「Gojek」というプラットフォームが、金融面や福利厚生面でも店を支援しているんです。新しいサービスによって、今社会にいるプレイヤーの人たちが、よりビジネスをしやすくなったり、生活がしやすくなったりしている。社会にあるペイン、人々が抱えているペインを、統合的に解決するみたいなことができているんです。
「提供価値のDX」にはユーザーの体験価値を正しく捉えることが必要
──日本でもDXによってペインを解決しようと取り組んでいる企業は多いと思います。インドネシアでの気づきから言えることはなんでしょうか?
DXには「業務のDX」と「提供価値のDX」の大きく2つあります。デジタルによってプロセスが改善され、収益性の高いモデルに効率化されたとしても、それはあくまで「業務のDX」でしかなくて、インドネシアの例のような「提供価値のDX」にはなっていないのが、日本の現状だと思います。
例えば買い物の荷物を両手に抱えていて、トランクが開けられないユーザーに対し、自動車メーカーが、足をトランク下のセンサーにかざすとトランクが開くしくみを提供したとします。このしくみは確かにユーザーのペインを解消するものですが、仮にネットスーパーが当たり前になって、そもそも両手一杯の買い出しをなくていい社会になったら、不要になってしまうものです。
様々な新しい体験が生まれてくる中で、自動車業界とか小売業界のような縦割りで見ていると、この例のように新たな価値を提供するプレイヤーにディスラプトされる……みたいなことが起きるということです。
提供価値のDXを推し進めるには、ユーザーの体験価値をしっかり捉えなおすことが重要です。情報や商品を提供することに止まっていては、もうそれは価値とは言えない。なぜならユーザーは、情報と商品の選択肢をもうたくさん持っているからです。
『アフターデジタル』では、様々な顧客接点を通して、行動データから顧客を理解することで、顧客の最適なタイミングがわかり、そこに対して最適なコミュニケーションやコンテンツを提供できるとお伝えしましたが 、これがちょっと誤解を生んでしまっている。顧客接点をたくさん作って、情報と商品を最適化して充てまくれば売れるっていう考え方になってしまっているとしたら、まずそれをやめようっていうのが、重要なポイントです。
ユーザーはもう、情報も商品もありすぎて、これ以上いらないんですよね。多すぎる情報をなんとキャッチアップしながら、生きているわけじゃないですか。そんな中であるひとつの企業が企業という限られた枠の中で、「うちと一緒にいてくれたら、いい情報や商品をあげるよ」みたいなことを言っても、もういらないっていう状況なんです。
コンテンツもプロダクトも溢れているのに、いろんな企業が「うちに囲われないか」って言ってくる。そんな中でどう選ぶのかを考えたら、それはユーザーが本当は実現したいことを支援してくれるかどうか。ユーザー自身もそれに気付いてない場合があるので、意識的にしろ、無意識的にしろですが、本当は実現したいと思っていることを、ちゃんと支えてくれるプレイヤーのことを選ぶだろうし、そういうところと関係を構築したいと思うんじゃないでしょうか。
後編ではWeb3がもたらす新たな顧客体験、日本企業がアフターデジタルの時代に生き残るヒントを伺った。
『ジャーニーシフト デジタル社会を生き抜く前提条件』(日経BP刊)
「DIME Digital Trend Summit 2023」開催!
学びにどん欲なビジネスパーソンの方々へDIMEがお届けするビジネスセミナー「DIMEカレッジ」。昨年から多くの方々にご参加いただいておりますが、今回は年度が変わるタイミングということを踏まえ、スペシャル企画として「DIME Digital Trend Summit 2023」と題し、これからのビジネスで避けては通れないデジタル分野のキーワードやトピックを取り上げます。
参加ご希望の方はこちらから
(2023年3月6日23時59分締め切り)
登壇者
ビービット 執行役員CCO 兼 東アジア営業責任者 藤井保文さん
東京大学大学院 情報学環・学際情報学府修士課程修了。上海・台北・東京を拠点に活動。ベストセラーである『アフターデジタル』シリーズでは、これからの時代を生き抜くために、日本企業が取るべきアクションや、DXのあるべき姿を提示。新著『ジャーニーシフト デジタル社会を生き抜く前提条件』(日経BP)が発売中。
Off Topic株式会社 代表取締役 宮武徹郎さん
バブソン大学卒。
https://twitter.com/OffTopicJP
@DIME編集長 石崎寛明
司会:サッシャさん
開催日
3月16日(木) 19時頃~ 1時間半程度を予定
イベント開催会場
リアル会場のご参加とオンラインでのご参加、どちらかをお選びいただけます。会場のキャパシティには限りがございますので、応募者多数の場合は抽選となります。残念ながら漏れてしまった方には配信URLをお送りしますので、
・六本木ヒルズ アカデミーヒルズ オーディトリウム
https://forum.academyhills.com/roppongi/spec/auditorium.html
→後日ご案内状をお送りいたします。
・オンライン配信
→後日配信URLをお送りします。
応募条件・申し込み方法
参加ご希望の方はこちらから
(2023年3月6日23時59分締め切り)
- 小学館IDをお持ちでない方は、お手数ですが上記ページ内の「小学館IDにご登録」(緑色のボタン)から小学館IDにご登録をお願いします。ご登録後、ページ最下部の「小学館IDでログイン」(青色のボタン)からお申し込みフォームにお進みください。
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※抽選時点で小学館IDを退会している方は対象になりませんのでご注意ください。
※不正な応募と判断された場合、また、当選者に連絡がつかない場合、応募が無効となることがあります。あらかじめご了承ください。
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取材・文/太田百合子 撮影/干川 修