3人に1人がメンタル不調になる時代
厚生労働省の調査(2020年)によれば、精神疾患の患者数は10年余りで倍増し、600万人を超えるという。
働く人の3人に1人が、直近3年の間にメンタルの不調を抱えたという調査結果もある。
一方、うつ病といった精神疾患に関する職場の理解は、なかなか進んでいないのが現状だ。
メンタルの病は、一晩寝れば治るといったものではない。ときには、仕事を長期にわたり休む、「休職」が視野に入ることもある。しかし、「休職は絶対避けたい」と考える人が多いのも事実。
浜松町メンタルクリニックの加藤高裕院長は、複数の企業で産業医として活動しており、ビジネスパーソンがたびたび相談に訪れる。そこでは、誰もが口を揃えて「先生、休職はしたくないんです」と訴える。相談者の胸の内にあるのは、「キャリアにひびが入るのではないか」「同僚から疎まれるのではないか」といった不安感だ。そのまま会社に居られなくなり、収入の道が絶たれるのではと考える人もいる。
まずは相談することから
不安が先立つ人に加藤院長が説く最初のアドバイスは、「自分1人で次の行動を決めてしまうのはとても危険」というものだ。著書の『復職率9割の精神科産業医が教える マンガでわかる 休職サバイバル術』(主婦の友インフォス)では、次のように記している。
“心が弱っているときはどうしても視野が狭くなり、判断力も鈍ります。そんな状態で、休職や退職、転職など、大きな決断をするのは得策ではありません。最初の一歩は、相談です。上司や同僚、家族や恋人、友人に悩みを打ち明け、一緒にこの先の進路を考えていきましょう。”(本書64pより)
さらに相談相手として、産業医、精神科医、キャリアコンサルタントといった専門家も頼りになる。特に、(従業員50人以上の事務所に常置される)産業医は、「管理職や人事、会社側との橋渡し役となり、法にのっとった適切な対応を進言する役割」も担っており、相談しない手はない。
有給休暇を消化する意味
産業医・家族らと相談をした上で、やはり休職が必要となった場合、何から始めるべきだろうか?
まず、絶対必要なのが「診断書」。産業医がかかわる場合は、診断書とともに「意見書」が会社に提出される。それらをもとに会社が休職を認める判断を下せば、休職発令となる。
休職は、多くの場合、有給休暇の消化から始まる。これには2つの理由がある。1つには、休職が長期にわたって、保有していた残りの有給休暇が失効してしまう可能性。2つ目は、有給休暇だと給与は満額支払われるからだ。
休職中は、給与は支払われない代わりに「傷病手当」が支給される。この支給額は、月給のおよそ3分の2。経済的な面を考えても、有給休暇の消化は意味がある。
また企業によっては「傷病休暇」の制度を設けているところもあり、また、休職可能期間は企業によってまちまちだ。のちのち後悔することがないよう、就業規則は必ず確認したい。
休職中は「休むのが仕事」
休職に入ると、終日無為に過ごすことに焦りを覚えるかもしれない。あるいは、将来に不安を感じて眠れないかもしれない。
これに対し加藤院長は、「休むのが仕事! 静養に専念する」ことの重要性を力説する。メンタル不全は、休息期、回復期、復職と段階を踏んで回復に向かう。休職が始まった頃の休息期は、心身のコンディションがいわば最低の状態。加藤院長は、この時期の過ごし方を次のようにアドバイスする。
“三食を規則正しく食べ、夜は早めに眠ることが至上命題! 疲れきって枯渇してしまったエネルギーをじっくり貯めていきましょう。”(本書124pより)
休職は、あくまでも療養であって余暇ではない。また加藤院長は、「休職中にしないほうがいいこと5か条」を挙げている。それには、「副業」のほかに「SNSへの書き込み」「自己判断での減薬・断薬」「カフェイン、アルコール、ニコチンに頼る」「大きな決断をする」がある。
実際、少し元気が出てきた回復期に、リハビリ代わりに副業をして発覚し、傷病手当の返還命令が下った例もある。また、午前中はゼロだった気力が、夕方にかけて持ち直すこともあるが、これは快方に向かっているというより、「メンタル不調に特徴的な症状」。通院をやめたり、復職を急ぐのは危険だとも。
リワークプログラムの活用でスムーズな復職へ
加藤院長が、ケアの一環としてすすめるものに「リワークプログラム」がある。これは、医療施設や就労移行支援センターが提供するプログラムで、いわば職場復帰に向けたリハビリ。プログラムの内容は施設ごとに大きな差異はなく、1割負担の費用で参加できる。プログラムでは、仕事に近い内容のオフィスワーク、心理療法、レクレーションなどが行われる。
加藤院長は、リワークプログラムの大きなメリットを次のように説明する。
“平日は擬似勤務を行い、週末はしっかり休むというサイクルが整うことです。一カ月間、安定してリワークに通うことができれば、自信を持って試験出社、その後の本格的復職へと歩みを進められるでしょう。”(本書133pより)
また、このプログラムでは、休職中の人たちが一緒になってワークショップが行われる。その過程で、「心のうちに潜む不安、周囲との摩擦を生みやすい言動のクセ」といった自身の気質に気づくきっかけが生まれる。そこから自己理解が深まり、「自分の取り扱い方」がわかってくるという。それは、復職後の人間関係改善にきっと役立つにちがいない。
さて、病状が快方に向かい回復期を脱したら、いよいよ復職。手続きとしては、主治医から復職の診断書の発行と、産業医による面談の設定と復職の判断がある。
復職といっても、出社1日目から、以前と同じ質・量の仕事があてがわれるわけではない。
“復職直後は、負荷の軽い仕事から始め、退勤後も含めて1日のサイクルを回していくことを優先します。多くの企業では、復職後2~3カ月は8時間勤務でも業務量は以前の50%くらいに調整し、仕事や職場に適応できるか、不安症状が出ないかといったことを確かめながら、概ね3~6カ月かけて期待される仕事量へ戻して行きます。”(本書163~164pより)
加藤院長によれば、この間に心がけるべきは「チームメンバーとの関係再構築」。ちょっとした雑談やランチでの会食などで、チームワークを強化していき、1人でストレスを抱え込んでしまうリスクを下げることが重要となる。
もしかすると、療養中の人生観・仕事観の変化から、転職を考えることもあるかもしれない。加藤院長は、それは否定しないが「まずは100%に戻してから」検討するようすすめる。ちなみに、回復途上で「やっぱり元の職場で再挑戦しよう」と結論づける人がほとんどだという。
加藤院長は、休職は「決してマイナス面ばかりではない」と説く。復職後は、以前よりもビジネスコミュニケーションスキルが向上するなど、プラスの面を実感する人も多い。万が一休職することになっても、回復後の明るい展望を持ち続けることが大事。「光が射す日」は必ずやってくるのだから。
加藤高裕院長 プロフィール
浜松町メンタルクリニック院長・医学博士・産業医。自身のクリニックでビジネスパーソンをはじめとした多くの患者の診療を行う傍ら、大手企業を中心に産業医も務める。担当企業で多数の休職・復職の支援を行い、復職成功率は9割を超え、面談した従業員から厚い信頼を得ている。医療的な助言のみならず、健康経営の推進や福利厚生の拡充まで、企業に対してビジネスの現場に即した幅広いメンタルヘルスケアの提言を続けている。『復職率9割の精神科産業医が教える マンガでわかる 休職サバイバル術』(主婦の友インフォス)は、最初の著書となる。
公式サイト:https://www.hama-mental.com/
文/鈴木拓也(フリーライター)