■連載/Londonトレンド通信
9.11被害者補償プログラムを率いた弁護士を描く社会派映画
『ワース 命の値段』(2月23日公開)は、バラク・オバマ元米大統領と妻ミシェルのオバマ夫妻がいち早く配給権を獲得し、話題になった。正確には、夫妻が創設したハイヤー・グラウンド・プロダクションズが配給権を得た。
9.11の被害者補償プログラム立ち上げを描いた社会派映画だ。立ち上げにまつわる経緯も興味深いが、この映画を面白くしているのは、ヒーローらしくないヒーローの姿だ。
といっても、よくある、欠点は多いが憎めない、好感度満点の愛されキャラではない。むしろ好感を抱きにくいキャラクターになっている。
主人公ケン・ファインバーグは、9.11被害者補償プログラムを率いた実在の弁護士だ。映画はファインバーグの回想録『What is Life Worth?』を基にしている。
補償プログラムは、出だしから前途多難だった。疑念を抱く人々の「訴えられたくないのだろう」、「命を金に換算するのか」との声は、痛いところをついていた。約7千人の犠牲者周辺全部から訴訟を起こされたら、大変なことになる。政府が補償する金額で納得させ、訴えさせない目的もあった。説明会では、ファインバーグの声をかき消す勢いで怒声が飛ぶ。
そこに「まずは話を聞こうじゃないか」と場をなだめる人が現れる。おかげで話を続けられたファインバーグは、会終了後、鶴の一声を発した人物に礼を述べる。だが、礼を受けて、チャールズ・ウルフと名乗った相手は、賛同者ではなかった。ウルフは、ファインバーグの算出によるプログラムの問題点を指摘するつもりで来たと表明、会場から出る人々にビラを配り始める。
ツインタワー内の職場で働く妻を亡くした、遺族であるウルフは、立場を異にする者に対してもフェアかつ血の通った会話のできる人格者だ。
能率重視の仕事ぶりは、冷たく機械的にさえ見えるが…
一方、ファインバーグは、期限までに8割からの受諾を目指し働いている。能率重視の仕事ぶりは、冷たく機械的にさえ見える。
だが、ファインバーグも、大惨事に心を痛め、何かできることはないかと、この仕事を引き受けたのだった。憎まれ役になりかねない補償プログラム作成を、無償でやっている。愛する人また収入を失った人たちに、補償金を行き渡らせたい気持ちに嘘はない。それでも、プログラムには期限が設定されている。1人1人の事情まで考慮する時間などない(とファインバーグは考えている)。
にもかかわらず、納得できない人々は自分たちの思いを伝えようと、ファインバーグの事務所を訪れ始める。
犠牲者それぞれの人間ドラマが、必ずしも綺麗ごとばかりでないのも良い。ほかの命を救うために自分の命を犠牲にした勇気ある人々の話が日のあたる部分とすれば、その影もある。すっきり家族と認められないパートナーや子が遺族として名乗りをあげ、秘密があらわになるケースもある。
そんなあれこれに頭を悩ませる仕事人ファインバーグのキャラクターを、人間味あふれるウルフと対峙させ、浮き立たせる。だが、ファインバーグは変わっていく。
人が最終的に信頼されるのは、口先だけかもしれない言葉や、ましてや見た目ではなく、実際に何をしたか、その行動によるという、あたりまえだが安心できる事実に気づかせてくれる映画だ。
メインとなる役柄には、演技力に定評のあるベテラン勢が配された。ウルフは幅広い役をこなしてきたスタンリー・トゥッチ、主人公ファインバーグはマイケル・キートン、『バッドマン』(1989)から『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014)までやってのける名優だ。対して監督は新鋭、高評価だった前作『キンダーガーテン・ティーチャー』(2018)に続き、長編3作目となる本作に挑んだサラ・コランジェロ監督。
2月23日(木・祝)、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
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文/山口ゆかり ロンドン在住フリーランスライター。日本語が読める英在住者のための映画情報サイトを運営。
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