■お守りの心理学的な効用
文化庁の近年の調査では、「宗教とか信仰とかに関係すると思われることがらで,あなたが行なっているもの」で一番多いのは「墓参り」だが、その次に「お守り・おふだ」がくる。
筆者も、くだんのお寺で、金運を呼び寄せるというふれこみの絵馬やお守りを購入した。なぜ日本人がそうしたものを手に入れるかといえば、幸運を引き寄せたいがためにほかならない。
これは、ほかの国々の人も同様で、例えば「アメリカ人の約70%が日常的に幸運のお守りを身につけている」と、ブラッチュリー教授は記している。
また、アスリートが本番で、幸運を願って儀式(ルーティン)を行なっているのをときおり目にするが、これは「よいプレーをするためなら、不合理なふるまいも含め、できることはなんでもしようという意識」によるものだと、同教授は解説する。
こうしたお守りや儀式は、気休めにしかならないと思われるかもしれないが、さにあらず。実は、難しい課題に取り組んだときに、パフォーマンスが向上することが立証されているのだ。一例として、教授は次の心理学の実験を紹介している。
“ふたつのグループの学生(ゴルファーはいない)に、ゴルフボールのパッティングをして欲しいと頼んだ。ひとつのグループはただゴルフボールを渡され、「がんばって」と言われた。
もうひとつのグループはゴルフボールを渡される際、「このボールはラッキーボールで、みんな成功したのよ」と言われた―そのボールには幸運が宿っていると吹き込まれたのだ。すると、いわゆるラッキーボールを渡された学生たちは、ボールについてなにも言われていない学生たちよりも、パッティングのスコアがよかった”(本書135pより)
なぜこうなるのかは、超自然的なサポートがあるという気持ちを持つことで、ストレスや緊張が和らぎ、本来持っているパフォーマンスを発揮しやすいからだと、心理学的な説明がされている。
■自分を幸運と思う人は目標を達成しやすい
過去の心理学の世界では、運を信じない人の方が信じる人よりも「心理学的には健全」だと考えられてきた。つまり、前者の方が理論的・合理的に物事を考え、人生を切り開いていく力があるとみなされていたのである。
最近の研究では、その風向きが変わったようだ。ブラッチュリー教授は、「自分は幸運だと思っている人」は、そうでない人よりも、「精神状態が健全で、ストレスに対処する能力が高い」と示唆している。
また、ある認知機能の実験では、運がいいと思っている人のほうが、楽観的で未来に希望を持ち、目標を達成しやすく、困難に直面しても頑張る傾向があったという。「幸運の女神には前髪しかない」という言葉があるが、チャンスを見たらすぐ飛びつくのは、自分は幸運と考える楽観主義者だろうから、うなずける結果である。
また教授は、ハートフォードシャー大学で心理学を教えるワイズマン教授の、運を鍛えるための4つの法則を紹介しているが、その4つめは次のようなものだ。
“運のいい人が不運に見舞われると―望まないこと、恐ろしいことが起こると―自分のミスから学び、その経験を未来への期待に組み込む。そして、こんどはミスを回避してみせるという期待を利用して、不運を幸運に変えることができる。”(本書221pより)
これは非常に含蓄に富む法則だろう。運がいいと自認する人は、不運とは無縁だとは必ずしも思ってはいない。何かよくないことが起きた場合、それをバネにして幸運へと反転させる気力の持ち主なのである。
ブラッチュリー教授は、運とは、神が気まぐれに放り投げてくる出来事というより、「世界に存在するランダムネスの見方のひとつ」だと説く。
少額とはいえ、宝くじが2回連続して当たるというランダムネスに遭遇して、「自分はなんて幸運なんだろう」と思うか、「なんで自分は数千円しか当たらないのだろう」と思うか。運と不運は、コインの裏表のようなもので、どちらの面にするかは、自分次第といえるのかもしれない。
バーバラ・ブラッチュリー プロフィール
アグネス・スコット・カレッジの心理学・神経科学の教授。インディアナ大学で学士号を、サウスカロライナ大学で博士号を取得。生理心理学、神経科学、リサーチにおける統計学、学習・感覚・知覚に関する心理学、うつ病の生物学的メカニズム、脳の発達に影響を及ぼす要因などを研究している。著書に、邦訳された『運を味方にする 「偶然」の科学』のほか、『Statistics in Context』(未訳)がある。
文/鈴木拓也(フリーライター)