日本愛妻家協会が生まれたきっかけは●●だった!
愛妻の日が誕生して13年。「いまや愛妻の日は誰のものでもありません。父の日や母の日のように自由にいろんな領域で様々な工夫ができるように見守っています」と語る山名さん。
普段、山名さんはソーシャルコンテンツプロデューサーとして広報やPRを専門に活躍している。そんな彼が日本愛妻家協会を立ち上げたきっかけはなんだったのか?
「きっかけは再婚です。今の妻と結婚するときに、今までの働き方と妻との接し方を根本的に改めることを決めました。幸せな夫婦になることにフォーカスして、今まで持っていた男らしさを捨ててみたら、心地よく生きられるようになったんです」
「世界一シャイな日本の男の愛情表現が変われば世界は変わる、その想いで続けています。私たちの活動はバカバカしくユニークで大胆にがモットーなんです」
笑えること、微妙な夫婦の会話のきっかけになること、少し温かい気持ちになっていただくことも喜びだとか。筆者も少しだけ愛妻家協会に興味が湧いてきた、のだが…
「言い遅れましたが、日本愛妻家協会は愛妻家が入る会ではありません。愛妻家という未確認生物を探す会です。目撃談を集めて生態を調査しているだけです。いま愛妻家協会の調査員の名刺を持っている人は150名近くいます」
そうだったのか!
もしかしたら調査という名目のもと愛妻家イズムをジワジワと蔓延させようとしているのかもしれない。
では、改めて問いたい。「愛妻家」とはなんなのか?山名さんはこう話してくれた。
「強がらずにちゃんと『弱い』と言えて、人生悠々とを前向きに楽しむ愉快な人ですかね。夫婦もプロジェクトだと思っています。幸福な夫婦が増えれば社会も良くなりますし、素直に創造性を発揮できる関係を作ることが愛妻家の役割だと思っています」
現在、山名さんが事務局長を務める協会では毎年9月、群馬県嬬恋村の愛妻の丘で「キャベツ畑の中心で妻に愛を叫ぶ」(通称:キャベチュー)を開催。去年で18回を数え、毎回50人近くが全国から叫びに来るという。
「キャベチューは今や嬬恋村の看板プログラムになり『愛妻の丘』は名所になりました。以来、全国から地域振興を目的に『愛を叫ぶプログラムをやりたい』と相談があり、そのサポートをしています」
「去年は徳島県上板町の『藍の畑で愛を叫ぶ』、静岡県菊川市の『茶畑で愛を叫ぶ』を手伝いました。長く続いているのは伊勢の夫婦岩で行なわれる『夫婦のまちの中心で妻に愛を叫ぶ』と東京湾の船上で叫ぶ『東京湾に中心で妻に愛を叫ぶ』ですね。これからも全国で叫んでいただきたいです」
愛妻家があって「愛夫家」がないのはなぜ?
パートナーへの熱い思いを胸に世界基準を目指して邁進する愛妻家協会。今後の展望、目標は?
「愛妻ホテルを建てたいです。1日ひと組限定の幻の愛妻ホテルを愛妻の丘に作りたいです。微妙な夫婦が一晩経つと手をつないで帰っていくという伝説の愛妻ホテル。日本のホスピタリティとテクノロジーの粋を集めて進める国際的なプロジェクトにしたいですね」
そして最後の最後に一番気になることを聞いた。
ーー愛妻家はあるのに「愛夫家」ってないですよね?何故だと思われますか?
「たぶん語呂がよくないからだと思います。『愛不可』になっちゃいますから(笑)」
ーーちなみに「恐妻家」についてはどう思われますか?
「恐妻家はふたりで作る幸福への主体的コミットメントが足りない傾向です。妻の言う通りにして波風立てないことにしている恐妻家の正体は、“おまかせ家”ですね」
取材協力
日本愛妻家協会
http://www.aisaika.org
文/太田ポーシャ