岸田内閣の目玉政策の一つに『デジタル田園都市国家構想』があります。初めて聞いた人は、どういった政策なのかイメージしづらいと感じるかもしれません。そこで同構想の全体像や背景、具体的な取り組みについて、できるだけ分かりやすく解説します。
デジタル田園都市国家構想の概要
デジタル田園都市国家構想とは、2021年10月に発足した岸田内閣の掲げる『新しい資本主義』に関係する政策です。まずは構想の概要と目的、基本的な方針から確認しましょう。
岸田内閣の代表的政策の一つ
岸田内閣の目玉政策とされるものの一つが、デジタル田園都市国家構想です。岸田首相が標榜する『新しい資本主義』の重要な柱とされ、進化を続けるデジタル技術を活用し、地方が抱える課題の解決と活性化を目指す取り組みです。岸田首相が所信表明演説で掲げたことで話題になりました。
科学技術やイノベーションによる成長戦略と、国民の所得向上につながる賃上げ、さらに生きがいを感じられる社会の実現などを通じて、成長と分配の好循環を目指すというのが『新しい資本主義』の要諦とされています。
参考:デジタル田園都市国家構想とは|デジタル田園都市国家構想
デジタル田園都市国家構想の意義・目的
同構想の目指すところは、閣議決定された基本方針にある『全国どこでも誰もが便利で快適に暮らせる社会』の実現です。社会を市場や競争に任せきりにせず、官民協働で市場の成長と分配の循環を生み出す試みで、そのためにデジタル技術を積極的に活用する旨が掲げられています。
デジタル技術を積極的に活用し、各地域の個性を生かしながら、社会課題の解決や地域活性化を加速させることが、デジタル田園都市国家構想の目的です。これは2022年6月に正式に閣議決定された内容であり、目的を達成するための具体的な取り組みも挙げられています。
※出典:デジタル田園都市国家構想基本方針
デジタル田園都市国家構想の基本方針
デジタル田園都市国家構想においては、場所を選ばず柔軟な働き方や質の高い生活を可能にするために、デジタルインフラの整備と、地方にデジタル技術の実装を広めることが基本的な方針です。
この方針のもとで、地方創生関係交付金をはじめとした支援を強化し、デジタル技術を活用して、地域の課題解決に注力する自治体の数を増やす計画を立てています。
あくまでも方針であり、実際に施策を計画・実行する主体の中心は、国からの支援を受けた各自治体ですが、デジタルインフラに関しては国が主導し、5Gにおいては人口カバー率を9割に引き上げる、といった具体的な計画が決まっています。
デジタル田園都市国家構想の背景
デジタル田園都市国家構想が打ち出された背景としては、地域間格差の拡大や少子高齢化による人口減少などの現状があります。
各地域のデジタルインフラを整備し、誰でもITリテラシーを身に付ける教育を受けられるようにすることで、人口減少に派生する諸問題の解消を目指すのが、同構想の根底にある考え方です。
地域間格差の拡大
日本ではもともと、東京都を中心とした大都市圏と地方との格差が問題となっており、各地方は産業の空洞化や各種インフラの衰退などに直面しています。地域によって産業やインフラの状況に違いはあるものの、高齢化と過疎化により、緩やかに衰退しつつあるのが実態です。
そこでデジタル田園都市国家構想では、デジタル技術を活用して地域の課題の解決と商圏の多極化、サテライトオフィスの設置による人口の分散などを掲げています。
少子高齢化による人口減少
日本では少子高齢化が急速に進んでおり、今後さらに人口減少が加速するのは間違いない状況です。特に地方の高齢化と人口減少は著しく、人手不足によって生活に支障が出始めている地域も少なくありません。
そこで、デジタル技術を活用して生活インフラの整備をサポートし、地方に住みやすくすることで、働く人を増やす取り組みが求められています。同構想はその一環であり、各地域に仕事と人の流れを作るために、さまざまな取り組みが進められています。
デジタル田園都市国家構想の主な取り組み
デジタル田園都市国家構想の具体的な取り組みは、大きく『ハード・ソフトのデジタル基盤の整備と実装』と『デジタル人材の育成と確保』、そして『誰一人として取り残されないための取り組み』の三つに分類できます。それぞれ概要を確認しましょう。
ハード・ソフトのデジタル基盤の整備と実装
デジタル基盤の整備・実装に関しては、以下の取り組みが進められています。
- デジタルインフラの整備:光ファイバー敷設の推進、各地域へのデータセンターの設置、5G網の整備、通信の高速化や省電力化を実現するための研究開発など
- マイナンバーカードの普及促進:マイナンバーカードの利用拡大、オンライン市役所サービスの拡充、図書館カードや公共施設の利用証などのデジタル化、スマートフォンへの機能搭載など
- データ連携基盤の構築:行政機関同士でスムーズにデータ交換を行うための基盤の整備、データ仲介機能の提供など
各地域の光ファイバーの普及率をさらに高めることや、誰でもマイナンバーカードを利用できる環境の構築、行政機関が住民に対してスムーズにサービスを提供するための基盤の整備などが挙げられます。
さらに公共交通ネットワークの整備や、送電網の増強をはじめとしたエネルギーインフラのデジタル化といった取り組みも挙げられます。
デジタル人材の育成と確保
デジタル人材の育成・確保に関しては、次のような取り組みが進められています。
- デジタル人材育成プラットフォームの構築:ビジネスパーソンが共通に学べるスキル標準の設定、民間事業者や公共教育機関が提供できる教育コンテンツの整備、地方におけるDX(デジタル技術による事業変革)の推進など
- 職業訓練におけるデジタル分野の重点化:公共職業訓練や求職者支援訓練におけるデジタル分野の教育コースの拡充、人材開発支援に対する助成金の拡充など
- 高等教育機関などにおけるデジタル人材の育成:数理・データサイエンス・AI(人工知能)に関する教育の推進、リカレント教育の推進など
ほかにもデジタル人材が都市部に集中しないように、地方における人材マッチング支援や、地方移住者の就業・起業支援なども含まれます。
誰一人として取り残されないための取り組み
年齢・性別・地理的な制約・障害の有無などにかかわらず、誰もがデジタル化の恩恵を受けられるようにするのも、デジタル田園都市国家構想の重要な取り組みです。主に次の施策が打ち出されています。
- デジタル推進委員の展開:高齢者が身近な人からデジタル機器の使い方を学べる環境の構築
- デジタル共生社会の実現:地域の子どもたちが情報通信技術の活用を学ぶ場の提供など
- 経済的事情によるデジタルデバイドの是正:生活困窮者でもデジタル利用を可能にする支援策の検討など
さらに、地域のデジタル化の実現に寄与する個人や団体への表彰や、サービスデザイン体制を確立する取り組みの推進なども、積極的に進められています。
構想実現のための主要なKPI
デジタル田園都市国家構想の推進にあたり、重要となるのがKPI(重要業績評価指標)の設定です。KPIとは、組織が掲げた目標の達成度合いを確認するもので、それぞれの取り組みがどの程度の効果を上げているか測定するのに欠かせません。
デジタル田園都市国家構想においても、取り組みごとに具体的なKPIが設定されています。
デジタル実装の基礎条件整備に関するKPI
デジタル基盤の整備・実装という目標に関しては、以下のようなKPIが設定されています。
- 光ファイバーの世帯カバー率:99.9%(2027年度)
- 5Gの人口カバー率:95%(2023年度)から99%(2030年度)
- 地方データセンターの拠点整備:十数カ所(5年程)
- 日本を周回する海底ケーブル:完成(2025年度)
- デジタル推進人材の育成:230万人(2022〜2026年度)
- デジタル推進委員の数:5万人(2027年度まで)
デジタル基盤の前提となる取り組みは国が強力に推進する必要があり、光ファイバーの敷設や5Gの普及、海底ケーブル網の敷設などにKPIが定められています。
地方のデジタル実装に向けたKPI
デジタル技術を活用した、地方の社会的課題の解決に向けた取り組みに関しては、以下のようなKPIが定められています。
- 地方公共団体におけるサテライトオフィスなどの設置数:1,200団体(2027年度まで)
- デジタル技術を活用して相談援助を行う『こども家庭センター』の設置:全国1,741市区町村
- 1人1台の端末を授業で活用している学校の割合:100%(2025年度)
- DXを実現する物流事業者の割合:70%(2025年度)
- 3D都市モデルの整備都市:500都市など(2027年度まで)
国のデジタル基盤の整備による下支えを受けて、各地方でサテライトオフィスの設置や子どもの支援、物流事業者のDX推進などにKPIが設定されています。
地域ビジョンの実現に向けたKPI
すべての都道府県にデジタル技術を浸透させるという目的の実現のため、次のようなKPIが設定されています。
- スマートシティの選定地域数:100地域(2025年まで)
- 『デジ活』中山間地域における登録数:150地域(2027年度まで)
- 脱炭素先行地域の選定ならびに実現:最低でも100カ所の選定(2025年度まで)
- 地域限定型の無人自動運転移動サービス実現:50カ所程度(2025年度をめど)
それぞれの地域のビジョンを実現するためにこれらのKPIを設定し、政府が全面的に後押しする計画です。すべての目標が達成されるとは限らないものの、いずれもデジタル田園都市国家構想の基本方針である、地方へのデジタル技術の実装・浸透に欠かせない取り組みとされています。
構成/編集部