【私たちの選択肢】クィアギャル・遊楽木節子 前編
人生に行き詰まると、わたしたちは目の前の世界しか見えなくなります。そんな時、知らない世界や知らない誰かの人生を知ると、すこし気持ちが楽になったりします。
人はいくつもの選択肢をもっている。そして自由に生きることができる。このインタビューは、同じ世界に生きている”誰か”の人生にフォーカスをあてていきます。
アイドルになりたい
アイドルグループ在籍中に、性的マイノリティのクィアであることを公表、ジェンダーの理解を深めるために現在はソロアーティストとして活動をしている遊楽木節子さん。
誰かに話すつもりがなかった自分のセクシャリティを掲げ、心を偽らず自由に活動ができるようになるまでには、なんども葛藤を繰り返してきました。
「学生時代に人間関係がうまくいかなくなった時期があって、アイドルのライブに行くことが励みだったんです。もともとライブにはよく行っていたのですが、歌とダンスで自分自身を表現している姿に憧れて、急に自分もそうなりたいと思ったんです」
息苦しい学校以外の居場所、ライブハウス。そこで精一杯表現をするアイドル。クラスの劇で主役を担当したこともあり、人前に出たい気持ちはもっていましたが、お金をもらって舞台に立つことは別次元のように思えました。自分にはできるはずがない。
「一度芽生えたアイドルになりたい気持ちは、ずっと消えませんでした。ためらっていましたが、”今の年齢でしかできないことがある”と気づいて、オーディションに応募をしたんです。友人にも言わずにこっそり。親は思い出作りに行っておいでと見送ってくれました。まさか受かるとは思っていなかったみたいです」
これでだめなら仕方ない、思い切るような気持ちで受けたオーディションに合格。憧れていた舞台に自分自身が立つことになります。自分以外はアイドル経験者の多いグループ、初心者の自分はついていけるだろうか。それでも、遊楽木さんの心にはその不安を上回る強い気持ちがありました。
「今も昔も、活動には期待しかないんです。自分のやりたいことが誰にも止められずに表現できる、その嬉しさでいっぱいでした。表現自体に対する不安はなかったんです」
解放された表現欲。憧れていた舞台。未来には期待しかありませんでした。しかし、コロナ禍になりライブハウスの多くが休業。ライブの開催自体が難しくなり、せっかく始まったばかりのグループも活動終了が決定してしまいました。
「未消化のまま終わってしまったので、もう一度アイドルをやりたいと思っていたら、innes(イネス)というグループへの加入を打診してもらいました。迷いはなかったです。また人前で表現ができることが嬉しかった」
セクシャルマイノリティであることの公表
遊楽木さんがアイドルにこだわっていたのは、その表現方法が自分に合うと感じていたからです。当時はまだ自分のセクシャリティを公表していなかったので、自らの内面を語るつもりはありませんでした。運営チームが作ったものを自分らしく表現をするアイドルしか自分にはできない、これしかない。その強い思いはいつからかコンプレックスに変化しました。
「自分の中身が空っぽなことに気づいてしまったんです。イネスのメンバーは、グループをやりながら文章を書いたり絵を書いたり曲を作ったりと、自己プロデュースにたけている人たちでした。与えられた作品を表現をするのは好きだし自信はあるけれど、わたしは他になにもできなかった。ステージを降りたときの自分の価値がわからなくなったんです」
“自分だけのもの”がない。もっと自分らしくいるために、遊楽木さんは密かな行動を決心しました。ミスiDというアイドルオーディションを受け、関係者だけが見られる非公開のプロフィールだけに自分がクィアであることを書いたのです。
「親にも友人にも言っていなかった秘密を、初めて誰かに伝えようとしたできごとです。ミスiDって個性的な方が多く受けているので、自分と同じセクシャリティを持った人と出会えるかもしれないって思ったんです。まわりに知られることはこわかったので広く公開するつもりはありませんでした」
恋バナがまわってくるたびに息が詰まる
アイドルになった遊楽木さんは、予想外の安心を知りました。アイドルという立場上、おおっぴらに恋バナをする機会がなくなったのです。
「学生時代、恋バナがまわってくるたびに息が詰まりました。男性を好きにはなれない、かと言って女性が好きだとは言えない。自分がまわりの子と違うと気づいたのは18歳になるころ。それまでも感づいてはいたけれど、いつかなんとかなるだろうって自分の気持ちに気づかないようにしていました」
遊楽木さんはその葛藤に気づかれないようにいつも明るく振る舞ってきました。”せっちゃんにはいつ春がくるんだろうね”とまわりから言われても、好きな人がいない陽キャを演じ続けます。好きなタイプを聞かれても、なにも答えられない。それは自分に嘘をついているようで苦しさが募る日々でした。
ある日、ふとした友だちの発言が遊楽木さんを大きく動揺させます。あまりにも恋バナをしない様子を見て、”レズビアンなの?”と冗談まじりで言われたのです。
「違うよ! って返すしかなかったんです。つらかった。女性として女性が好きという感情はもしかして大変なことなのでは…と気づきました」
自分は恋愛をできない人だと思うようにしていたけれど、自分の恋愛感情に気づかないようにしていたのかもしれない。遊楽木さんはそう振り返ります。異性愛を当然として世界はまわっている。そのなかで、自分で自分の気持ちを認めてあげることはとても困難です。
後編では、非公開にしていた自分のセクシャリティをカミングアウトしようと決めたきっかけ、そして自分と同じセクシャルマイノリティの人たちとの出会いによる心の動きをお聞きしていきます。
遊楽木節子 Profile
2018年よりアイドル活動を開始。2021年12月より足浮梨ナコとともにドラマや音楽などについて自身のセクシャリティの意見を交えながら語り合う「ウチらの放課後トーク!」を定期配信している。ミスiD2022エンジェル賞。
文・成宮アイコ
朗読詩人・ライター。機能不全家庭で育ち、不登校・リストカット・社会不安障害を経験、ADHD当事者。「生きづらさ」「社会問題」「アイドル」をメインテーマにインタビューやコラムを執筆。トークイベントへの出演、アイドルへの作詞提供、ポエトリーリーディングのライブも行なっている。EP「伝説にならないで」発売。表題曲のMV公開中。著書『伝説にならないで』(皓星社)『あなたとわたしのドキュメンタリー』(書肆侃侃房)。好きな詩人はつんくさん、好きな文学は風俗サイト写メ日記。
編集/inox.
「私たちの選択肢」のバックナンバーはこちら