『引導を渡す』にはどのような意味があり、どのような場面で用いられるかについて例文を使って解説します。また『引導を渡す』の由来である仏教語としての意味と宗派ごとの儀式の違いや、類語・英語での表現についても紹介します。
「引導を渡す」はどういう意味?どう使う?
『引導を渡す』はもともと葬儀内の儀式をさす仏教語でしたが、現在では異なる意味として使われるのが一般的です。現在使われる『引導を渡す』の意味について例文を交えて解説します。
「相手が諦めるよう宣告をする」という意味
『引導を渡す』は、もともとは「僧が死者に引導を授ける」という意味があり、葬儀の際に行われる儀式を説明する仏教語です。
現在では二つの意味で使われており、一つ目の意味は「相手の命がなくなることをわからせる」というものです。こちらは言葉の由来である仏教語の意味に近いものになります。
二つ目の意味は『相手が諦めるような言動をとる』というものです。この場合、死の場面に限定せずに使われ、一般的に『引導を渡す』を使う際にはこちらの意味となります。
※出典:
引導を渡すとは – コトバンク
ビジネスシーンなどで広く使われる
『引導を渡す』はビジネスシーンやスポーツシーンなど、日常生活のさまざまな場面で使われます。実際にどのような使われ方をするのか、例文を用いて紹介しましょう。
- 目覚ましい成長を遂げた若手社員たちの存在が、現職にしがみついていた先輩に引導を渡した。
- 最終的には経営陣の刷新が、現社長に引導を渡すこととなった。
- 勝負を決定づける追加点により、相手に引導を渡した。
上記の例のように、実際に解雇・戦力外通告のような行動ではなく、相手に現状を正確に理解させ諦めるよう促す意味の言葉として『引導を渡す』は使われます。
仏教語としての「引導を渡す」の意味は?
『引導を渡す』は葬儀の儀式を意味する仏教語を由来としますが、どのような意味を持つ言葉なのかを解説します。さらに、宗派によって異なる『引導を渡す』儀式の内容について紹介しましょう。
亡くなった人を浄土へ導く儀式作法
『引導』は古くからある言葉で、漢の思想家である王充(おうじゅう)の著書『論衡(ろんこう)』では、大気を体内に取り入れる道教の養生術として『引導』が用いられています。また、中国の南朝時代を記した歴史書でも、手引きをする・案内する、の意味で使われています。
一方、仏教語において『引導』は人々を仏道に導くという意味です。葬儀では、自身が亡くなったことに気付かずに、故人がこの世でさまようことを防ぐために、この世から浄土へ導く儀式作法が僧によって行われます。この作法のことを『引導を渡す』といいます。
宗派によって異なる儀式作法の内容
同じ仏教であっても、『引導を渡す』儀式の内容は同じではありません。宗派によって異なることに注意が必要です。
<浄土宗>
浄土宗では、引導のことを『下炬(あこ)』ということがあり、これは火葬の際に火をつける行為を意味する言葉です。この下炬の行為に則り、現在の葬儀では2本の松明を用いた引導を渡す儀式が行われます。
<臨済宗・曹洞宗>
臨済宗・曹洞宗では、古来中国の禅僧の逸話を由来とする儀式が行われます。松明を用いて、禅師が発する『喝』『露』といった引導法語によって引導を渡すところが特徴です。
<浄土真宗>
浄土真宗の教えでは、亡くなった人は必ず浄土に行けるとされています。したがって、僧によって引導を渡される必要がないため、『引導を渡す』儀式はありません。
<その他の宗派>
日蓮宗は、僧が払子(ほっす)を3回振って焼香を3回行った後で、引導文を読み上げる流れになっています。天台宗では松明を使った儀式が行われ、真言宗では、印を結んで光明真言を唱える儀式が行われます。
「引導を渡す」の類語や英語表現
『引導を渡す』は別の言葉や英語でも表現が可能です。『引導を渡す』の類語と英語表現について例文を交えて紹介します。
あわせて覚えたい類語
相手を倒して活動を完全に止める、という意味を持つ『息の根を止める』は『引導を渡す』の類語です。
<例文>
最新兵器を戦場に投入することで、敵軍の息の根を止めた。
ビジネスシーンなどで使われる『お払い箱』も、不要になったもの(人)を捨てる(捨てられる)ことという意味を持っており、『引導を渡す』の類語といえます。
<例文>
会社の成長に貢献できない人物は、年齢を問わずお払い箱になるだろう。
また、もう後がないことを知らせる、という意味の『最終宣告する』も『引導を渡す』の類語です。
<例文>
3カ月以内に成果が出せなければプロジェクトを打ち切る、と最終宣告された。
英語表現もチェック
『引導を渡す』を英語で表現すると『give someone the final word』『give someone the final notice』です。直訳すると前者は『最後の言葉をかける』で、後者は『最後通告を与える』となり、引導を渡すと同じような意味を持つと分かるでしょう。
<例文>
You should really give him the final word on his project.
(訳:彼のプロジェクトについて引導を渡してあげるべきだ。)
『引導を渡す』の別の英語表現としては『put a fork into』があります。普通に訳すと『~にフォークを突き刺す』となり、食材にフォークを突き刺して、調理が完了したかを確かめる行為をさす言葉です。意訳すると『引導を渡す』となります。
<例文>
He put a fork into his senior.
(訳:彼は先輩に引導を渡した。)
他にもある日常的に使われる仏教語
『引導を渡す』以外にも仏教語を由来とする言葉は日常的に使われています。二つの言葉について、仏教語としての意味と、日常的に使われる際の意味を解説しましょう。
有頂天(うちょうてん)
仏教語における『有頂』は最高の場所という意味です。『天』は仏教の六道(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道)の中でも最高とされる天道を意味します。このことから『有頂天』は『さまざまな天の中でも最高の天』という意味を持ちます。
一般的には『我を忘れる』『夢中になり、他をかえりみない様子』の意味で使われます。
仏教語における『有頂天』の状態では、まだ六道の中にいるので、地獄に落ちたり餓鬼界に行ったりする可能性があり、油断できません。同様に一般的な『有頂天』の状態でも、足元が必ずしも安定しているわけではないので、簡単に転落しないよう気を引き締めなければなりません。
大丈夫(だいじょうぶ)
優れた肉体を誇り、さらに知識が豊富で人としての在り方など内面的にも優れた人物を意味する『丈夫(じょうぶ)』という漢語がありました。
三蔵法師によって仏教が伝来すると、さらに優れた人であるさまを表す『大』の文字を加えて『大丈夫』となり、仏様・菩薩様に対する尊称の一つとなりました。
現代では『非常に丈夫である』『とても気強い』という意味で使われることが多いでしょう。また、相手の体調・状態を気遣う言葉として『大丈夫?』と声かけをする際にも非常によく使われますが、これもまた実は仏教語が由来なのです。
構成/編集部