FIREができた人は収入や運に恵まれた一握りなのか?
一時期「セミリタイア」という言葉がはやったが、それと入れ替わるように流行し始めたのが「FIRE」だ。
FIREは、“Financial Independence, Retire Early”の略称で、「経済的自立を果たして、早期に引退する」という意味。米国発のムーブメントだが、日本でもFIREに成功したという話をしばしば聞くようになった。
日本経済と平均賃金が長期停滞するなか、FIREができた人は、収入や運に恵まれた一握りの人だと思うかもしれない。
が、実はそうでもないらしい。
■世帯年収600万円台からスタート
「ふつうの人でもFIREは達成できます」と語るのは、30代後半にFIREを遂げたグミさんとパンさんご夫婦。
10年ほど前に結婚してまもなく家計の見直しに着手。具体的にFIREを目指し始めたのが2016年で、FIREしたのは2021年の春のことだという。
その時の純資産額は1億2000万円。共働きで、当初は合わせて600万円台だった収入を上げつつ、株式投資も行ってこの額を達成したそうだ。
ちなみに2人の娘さんがいて、何かとお金のかかる時期と重なる。
決して他の人よりも恵まれた経済状況にあったわけではないが、いくつか乗り越えるべきポイントを押さえておけば、FIREの実現性は高まるという。そのあたりの話は、お二方の共著『夫婦でFIRE』(フォレスト出版)に詳しい。
今回は本書をもとに、夫婦でFIREに成功するためのコツを紹介しよう。
■価値観の相違はすり合わせる
夫婦でFIREを目指すのに一番有利なことは、所得を合算できる一方、二人だからといって日々の出費が倍になるわけではないという点だ。つまり、そのぶん可処分所得に余裕ができ、貯蓄や株式投資にあてることができる。
一方で、夫婦であるがゆえの課題が発生することがある―それは価値観の相違だ。
グミさんとパンさんは、ほかでもないお金の貯め方や使い方に対する価値観が、まるで異なっていた。そのせいで、毎日のようにケンカしていたという。
家計簿をつけてお金の使い方を見直したときにわかったのは、妻は「いまの状態をよくするためにお金を使いたい」、私は「将来のことを考えてお金を使いたい」という考え方の違い。
この時点でベクトルが合っていないので、家計として何にお金を使うべきかわからなくなる。だからお金を使う時点で衝突してしまうのです。(本書より)
これではFIREは難しいと、二人は価値観のすり合わせに努めるようになる。試行錯誤を経て、自分の価値観を押し付け合うのではなく、「お互いの資質を知り、その資質をベースにした相互理解や役割分担」が必要だと理解するに至ったという。
これは単にFIREへの道を切り開くだけでなく、夫婦関係の改善にもつながった。
「努力してもできないことを相手に要求してケンカする不毛な時間が減り、ほかの大切なことに時間が使えるようになった」など、価値観のすり合わせは、思いのほか効果があったようだ。
■生涯でどれくらいのお金が必要かを検討する
二人が、FIRE計画の「もっとも重要な要素」だと説くのが、「ライフプラン表」の作成だ。
これは、終生にわたる資産額・年間収支をグラフ化したものと、1年ごとの主要な支出・収入を表にまとめたもの。
くわえて、想定されるライフイベントも書き込んである。二人は、100年生きるという想定のもと、エクセルでライフプラン表の作成・更新している(フォーマットは本書に記載のURLにアクセスして入手できる)。
ライフプラン表の一部(本書より)
ライフプラン表は、最初にFIREを計画した時点で作成するのが望ましいとのこと。もちろん、将来のすべてのことを見越して、完成度の高いものをいきなり作るのは難しい。
そのため、その後も随時見直していく作業が必要となる。
ライフプラン表の作成時に、隠れた課題を見える化し、より精度を高めるポイントとして、次の3つを挙げている。
・人生でどれくらいのお金が必要か。
・想定される生涯の収入・支出と「理想の人生」を突き合わせて考えた時に、お金の面でどれくらい乖離しているか。乖離した部分を投資でどの程度補えそうか。
・家族の幸福を考えたとき、どのタイミングでお金を使うのがよいか、どれくらいの金額まで使う余裕があるのか。
これらを検討し、表に反映させていく。このとき注意したいのは、バッファ(ゆとり)の費用は、必ず確保しておくこと。例えば子どもの教育費は、インターネットの情報をもとに試算しているが、予備費として200万円を計上しているという。
教育費に限らず、生活費や投資のリターンなどで見込む金額は、「少し悲観的な数字で見ておき、実際の結果を見ながら調整」するようアドバイスされている。
■家計簿をつけることが重要なわけ
FIREを目指すには家計簿づけは必須だと、グミさんとパンさんは力説する。
人によっては、これは大きなハードルとなるかもしれない。実際、お二方も「レシートから入力するのが面倒」で続かなかったという。
ここで大事なのが、家計簿づけにかける時間を減らす仕組みづくり。お二方は、家計簿アプリの「マネーフォワード」を重宝しているそうで、このアプリの利点を次のように記している。
アプリとクレジットカードを自動連携させると、日々の支払いの内容がマネーフォワードに反映されます。したがって「つけ漏れ」や「金額のつけ間違い」はなくなりますし、銀行口座や証券会社の口座とも連携できるので、一目で現在の資産を知ることができるという優れものです。(本書より)
また、このアプリには、店舗名・商品名から自動で費目を判断してくれる学習機能もあり、使い慣れれば、家計簿にかかる負担も時間も劇的に減らせる。
では、なぜ家計簿づけが必須なのだろうか?
1つには、「価値観にそったお金を使い方」をしているか、確認するというのがある。およそ半年ごとに、例えば「見栄」のために支出が多くなっていないかなど、食品や交際費といった費目ごとにチェックしているそうだ。
注意したいのは、いたずらに支出を切り詰めてQOLが下がってしまうリスク。節約しすぎてストレスになってはいけないと、釘を刺す。「何にお金を使うと幸福度が上がるのか」をよく考え、FIREのためにすべてを犠牲にしてはいけない。
グミさんとパンさんは、FIREは生きたい人生を歩むための一つの手段であり、達成したからといって、即幸せになるというわけではないと語る。
とはいえ、二人にとってFIREを達成したことは、夫婦関係を良好にし、お金の不安を解消したという点で、非常に意義の高いものであったという。この点に共感できるなら、あなたにもFIREは決して不可能なものではないはずだ。
・グミ&パンさん プロフィール
大学時代に同じサークルで知り合い、付き合い始める。卒業後、約3年間の遠距離恋愛をへて結婚。30代後半の現在、2人の娘と首都圏近郊で4人暮らし。妻に子どもと一緒に地方の実家の近くに住みたいという思いが強くあったため、Uターンして転職するのではなく、セミリタイアを目指すように。FIREという言葉自体を知ったのはその後だったが、結果的に目指していたのがたまたまFIREだった。現在は、1日の労働時間を数時間に抑えたFIRE生活を満喫している。
文/鈴木拓也(フリーライター)