親ガチャという言葉が流行している。生まれながらにして定められた運命が、人生の多くを支配するという考え方が、静かに広く浸透している。
こうした風潮を憂う人は多いが、行動遺伝学者の安藤寿康氏は、研究者の間では「なにを今さら」と冷ややかに眺めていたと言う。
「行動遺伝学的には当たり前で、生物学的必然です。ところが、世間のこの言葉の使い方は、遺伝と環境のことがきちんと区別されていない。環境からの説明が多く、遺伝の方には、ぜんぜん注目されていないのには違和感を覚えました」と、新刊書「生まれが9割の世界をどう生きるか 遺伝と環境による不平等な現実を生きていく処方箋」(SBクリエイティブ発刊、定価990円)で語っている。
親ガチャは正しくは遺伝ガチャである
遺伝子の研究は進歩しており、遺伝子の塩基配列を全部読み解くゲノムワイド関連解析(GWAS:Genome Wide Aaaociation Study)から算出されるポリジェニックスコアによって、一人一人の知能の遺伝的要素を描けるようになっているらしい。
安藤先生は研究者としての立場から、「遺伝学だけでなく脳科学の進歩もめざましいものがあります。人の精神活動の仕組みや、脳そのものの働きに関する解析も、驚くべき進歩を遂げています。
たとえば脳は外界の刺激にただ受動的に反応して学習しているのではなく、能動的に外界を予測するモデルをつくって、世界のリアルとのズレを最小限にしようと認識や情動を内的に作り上げていると考えることで、脳活動のすべてを説明できそうだという画期的な理論が登場しました。
こうしたことを前提に考えると親ガチャは遺伝ガチャなのであって、親が子に提供できる環境ガチャの影響は限定的だということが明らかになってきました。
親ガチャは遺伝ガチャと環境ガチャでほとんどが説明できてしまう不平等なものですが、世界の誰もがガチャの元で不平等であるという意味で平等であり、遺伝子が生み出した脳が、ガチャな環境に対して能動的に未来を描いていくことのできる臓器なのだとすれば、前向きに生きることができるのではないでしょうか」と呼びかけている。
人は不平等さを平等に与えられている
安藤先生によると親ガチャは残念ながら事実で、正しく、遺伝と環境による不平等な現実からは逃れられない。だからといって、遺伝がもたらす不平等な社会を幸せに生きることは可能であると主張する。
そのカギになるのが、「なんとなく居心地がいい」などの「内的感覚」にあると言う。その内的感覚こそがその人の才能であり、その才能を伸ばすことで大きな成長が期待できると主張している。つまり、オタクや推し活動をしている人こそ、人生の幸せを掴んだ人だという解説は、私達に救いをもたらしてくれた。
内的感覚がもたらす幸せな人生
「自分の中にあるこれが好き、これは得意、これならできそう、といったポジティブな内的な感覚は、自分の能力に関する重要な手がかりです。多くの人はこの感覚に気づかないか、気づいてもたいしたことがないと過少評価しがちです。
しかし、その内的感覚に従って、それを種として素質をさらに能力として高めていく。好きなことをやっているうちにどんどん得意になっていくというのは、生物学的から見ても自然なプロセスだと思われます」と安藤先生は説いている。
自分にしか感じられない、心の奥から小声でささやいてくれる「好きなこと」を大切に生きれば、ガチャの呪いから逃れられる……そう説く安藤先生の渾身の新刊書「生まれが9割の世界をどう生きるか」は、遺伝学から導いた、幸せへの道しるべを指示してくれた。これから私も正々堂々、内的感覚を活かした「推し活動」に邁進できそう。
著者 安藤寿康氏
1958年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、同大学大学院社会学研究科博士課程修了。現在、慶應義塾大学文学部教授。教育学博士。専門は行動遺伝学、教育心理学。主に双生児法による研究により、遺伝と環境が認知能力やパーソナリティに及ぼす研究を行っている。著書に『遺伝子の不都合な真実』(ちくま新書)、『遺伝マインド』(共著、有斐閣)、『心はどのように遺伝するか』(講談社ブルーバックス)など。
文/柿川鮎子