■連載/ヒット商品開発秘話
バケツで水を運ぶと取手が手に食い込んで痛いと思ったことはないだろか? バケツの中の水を捨てるときに捨てにくいと思ったことはないだろうか?
こうしたバケツの不満を解消し売れているのが、コメリの『取手が握りやすいバケツ』である。
2021年7月に発売された『取手が握りやすいバケツ』はコメリのオリジナル商品。バケツに関する不満を解消する対策を盛り込んだ。まず8L/10L/13L/15Lを発売し、その後5L/22L/25L/広口タイプ7L/同9Lを追加。専用のフタも別売りされている。バケツ本体はこれまでに累計35万個以上が売れている。
浮き彫りになった不満の数々
企画から販売までに1年半強を要したという『取手が握りやすいバケツ』。工具・金物・作業用品商品部 リーダーマーチャントの浅野貴行氏は開発の経緯を次のように話す。
「コメリには、各地域に適した商品やサービスをリーズナブルな価格で提供する地域密着型の中小型店〈ハード&グリーン〉、低価格と圧倒的な品揃えが特徴の大型店〈パワー〉、インテリア用品専門店の〈アテーナ〉、資材・建材・工具・金物専門店の〈PRO〉の4業態があります。この中で一番店舗数が多い〈ハード&グリーン〉でバケツがよく売れていました」
コメリはホームセンターの中でも農機具や農作業用品、肥料、農薬などといった農業資材が充実している。利用客、バケツの購入者ともに農家が多い。一番のユーザーといってもいい農家が不満を覚えないバケツをつくることができれば売上を伸ばせると考えた。
浅野氏は早速、バケツを買いに来た人や売場でバケツを手に取った人に声を掛け、不満点をヒアリング。売場の担当従業員からもお客様がバケツに対しどのような不満を持っているかを聞いた。知り合いの農家や休みの日に農作業をする社員からもバケツの不満を集めた。
店舗は週1、2回訪問し、1か月ほどヒアリングを実施。〈ハード&グリーン〉では主に農家、〈パワー〉では主に家庭の主婦や会社の事務員などからバケツの不満を集めることができた。〈ハード&グリーン〉では水やりなどをするときに取手が手に食い込んで痛い、〈パワー〉では水を捨てるときに底に指がかかりにくいため爪が割れる、といった声が聞かれた。
不満点の声は思いのほか多かった。浅野氏はこう振り返る。
「ヒアリングでいろんな不満の声を集めることができましたが、普段からバケツに不満を持っていることがわかったのは驚きでした」
コメリ
工具・金物・作業用品商品部
リーダーマーチャント
浅野貴行氏
サンプルをつくる前に紙模型を自作し検証
不満で多かった「取手が手に食い込み痛い」「爪が割れる」に対処するため、 取手は握りやすくなるよう形状を見直し、底面に指が引っ掛けられる窪みを設けることにした。取手の形状は良く見られるH形ではなく丸形に、底面の窪みは指の第1関節あたりでしっかりかかる深さにすることにした。
これら2つの改良は2020年の春先には決まったが、ここから試作品をつくるまでが長かった。完成度の高いものをつくるため、設計段階からつくり込みにとことんこだわったためである。
浅野氏は設計者とのやり取りを重ねた。設計データを3Dプリンターで出力する前に、設計図を見て自ら紙素材で模型を製作。それを元に持ちやすさや指のかかり具合を検証した。その結果を設計者にフィードバックすることを繰り返したので、開発に時間を要することになった。
なぜ、そこまでしたのか? その理由を浅野氏はこのように明かす。
「図面の寸法だけ見ても、サイズ感がわからないからです。自分で一度、図面の寸法通りにつくってみることでどの程度の大きさになるのかを確かめた上で、取手の握り心地などを確認してみることにしました」
自作模型での検証では、取手だけで5、6種類の太さを確認。太さは最終的にφ21mmに決まった。決まるまで半年程度かかっている。
また、握ったときに手がなじみやすいよう、取手の中央部に窪みをつけたが、これも浅野氏が自作模型で握り心地を確かめたことから得たアイデアだった。浅野氏はこう振り返る。
「世に出る以上は自分が納得できるものをつくりたかったので、かなりこだわりました。会社からはスピードも求められましたが、自分が納得できるまでつくり込みたいという思いがありました」
『取手が握りやすいバケツ』の取手。φ21mmで、握ったときに手がなじみやすいよう中央部に窪みを設けている
底面の指の掛かり具合については、第1関節がかかるぐらいの深さがあればゴム手袋をつけていても指が引っ掛かることが、自作模型から確認できた。
本体の底面。ゴム手袋をつけていても指の第一関節あたりまで引っ掛かる深さの窪みを2か所つくった
設計データを3Dプリンターで出力しサンプルをつくったのは2020年末のこと。社員に従来品の取手と握り具合を比較してもらうなどした。この時点で完成度が9割ほどだったこともあり、修正点はほとんどなかった。
フタに盛り込んだ細かい工夫
別売りのフタは浅野氏が発案した。ゴミや異物の混入が防げたり食品などの保管容器として使えたりすることから、利便性が高まると考えた。
フタも本体並みにこだわった。まず、持ちやすくなるよう中央の窪みを深めにした。また、上に本体を載せたときにずれないよう、ピタリとはまるように溝を設けることにした。
別売りのフタ。中央部に大きく深めの溝を設け、外しやすいようにした
フタをして上に積み重ねるような場合にずれることなく安定して置けるよう、フタの溝と本体底面がピッタリはまるようになっている
さらに22Lと25Lのフタは、本体とフタが噛み合い簡単に外れないようにした。これにより、ペール(バケツ型のゴミ箱)と同じような使い方ができるようになっている。
22Lと25Lの2種は、取手のつなぎ目のところでフタが噛み合うようになっている。これによりバケツとしてだけではなく、ペールのようにゴミの一時保管とかにも活用できる
色については一般的なブルーではなくグレーを採用した。その理由を浅野氏は次のように話す。
「一般家庭で見えるところに置いたとき、ブルーだと生活感が出てしまうからです。私自身も、家の中にブルーのバケツがあると隠したいと思ってしまう方なので、落ち着いた見た目になり生活空間になじみやすい色としてグレーを採用することにしました」
グレーのバケツに対する反応を社内で確かめたところ、違和感はとくに認められなかった。ただ、グレーは薄すぎると見た目が安っぽくなり、濃すぎると生活空間になじみにくい。どの程度のトーンにするかが悩みどころだった。
そこで、トーンの異なるグレーのバケツを3種類つくり、社内でどれがいいかを調査。3種類ある中で薄すぎず濃すぎない中間に位置した現在の色味の支持が圧倒的に高かった。
目に留まるよう売場の先頭に置く
最初に8L/10L/13L/15Lを発売したのは、よく売れる容量であるため。発売から数か月し店舗にもれなく行き渡った頃を見計らって、残り全部が追加される。これにより、以前から販売しているバケツの容量がすべて揃うことになった。
売れ行きは目標以上。店舗に配荷されるとすぐさま売れていった。
配荷に際し、売場の先頭に置いてきちんと見せるよう店舗に依頼。売場の先頭にバケツを持って来ることは、これまで例がなかった。浅野氏はこのように明かす。
「手塩にかけて育てた子どもたちのようなものなので、しっかり売ってもらいたいという思いから、思い切って売場の先頭に置いてもらうことにしました。そのお陰で、お客様の目にしっかり留まりました」
また、2021年にグッドデザイン賞を受賞。これを生かし、年末の大掃除シーズンなどに向け訴求することにした。コメリでしか買えないことを示すトップボード(陳列棚の上部に設置される板状のPOP)のような販促物を用意し売場をつくった。
取材からわかった『取手が握りやすいバケツ』のヒット要因3
1.不満に応えた
バケツは長年、デザインが大きく変わることがなかったが、その裏には多くの不満が隠れていた。その不満を浮き彫りにして解消することができた。
2.細かい気配り
積み上げたときにずれないよう底面とフタの溝がピタリとはまるようにしたり、生活空間になじむよう色をグレーにしたりと、使用者に配慮した細かい気配りもウケた。
3.売場をしっかりつくり訴求
発売と同時に売場の先頭に商品を置き訴求。バケツでは異例のことだが、目につくところに売場をつくったことが功を奏した。
購入者の反応としては、「持ちやすい」といった取手を高く評価する声が圧倒的多数だという。持ちやすく手が痛くならないものをつくるというこだわりは、きちんと伝わっているようである。
製品情報
https://www.komeri.com/disp/CKmSfGoodsPageMain_001.jsp?GOODS_NO=2040079&dispNo=001030002001001
文/大沢裕司