見習いたいその低姿勢・そしてプルースト光臨
店内の壁に卓上メニューには書いてなかった料理を発見!
『おつまみ 三種盛(チャーシュー3枚・味玉子一ケ・メンマ少々)/400円』
お~、廉価中華チェーンの定番ツマミの三種盛!きっとこれはチョイ呑み客を意識して最近開発したメニューなんでしょうね、ラーメンのトッピングだけで構成できるんで、やろうと思えばすぐに提供できる皿だし。
それにしても、律儀にチャーシューの枚数とか記載するところが泣けてくるよね。メンマにいたっては『少々』ですよ『少々』!!この一歩下がって謙遜する表記!もう見習ったほしいヤツだらけですよ。
当然、これも追加注文。するとワンカップがお通しの漬物と一緒に到着。漬物は沢庵壺漬けと、キューリの通称『青カッパ』とか呼ばれてるヤツの2種盛。
三種盛りもすぐやってきた。ワンカップ呑みつつ、『少々』と謙遜するにはちゃんと凌駕あるメンマをかじれば、これ最高じゃん!シャッキッとした歯ごたえありつつ、サクッと歯で切れ、そして煮含められた芳醇な味わい。
昔行った記憶があるとかないとか、そんなのもはや関係なく、ただただ喰えば喰うほどドキドキしてくる超高水準中華屋ですよ、この『JT』!
で、そんな記憶はどうでもいいと思っていたところに、例の焼きソバがやてきた。あ~こんな感じだったかなぁ~とその全体像を見ると、その香りがフワ~ッと鼻に入ってきた。
刹那!あ~この香りは50年以上前に嗅いだことがあるぞォォォォ! と嗅覚の記憶が鮮明に蘇ってきたのだ。
中華鍋の鉄と油が混じったような中華独特のあの香り!!もちろん、ほぼ同じような香りは何度となくいろんな中華屋で嗅いでますよ。
でもね、この香りは50年前に嗅いだ香りなの! 他の中華屋の香りとは微妙に違う、武蔵小山の『JT』で嗅いだ香りなの!
そうだそうそう。この香りのする焼きそばを、親が小皿に取り分けてくれて、それにお酢をちょっとかけて喰ってたんだオレ!その記憶も蘇ってきた。
香りからの記憶の復活。これって二十世紀文学の最高峰、プルーストの『失われた時を求めて』の冒頭の、マドレーヌの香りで過去を思い出すのと一緒じゃないですか。
まさかオレが、失われた過去を香りで思い出すなんていう文学的世界を実際に体験するとは!
いや~、こういうことってあんだね~。自分でもビックリした。まぁ正確にはおれが食べた店とは別の店なんだけど、親類が同じ屋号で営業してるだけに、完全に同じ調理法で作ってるんだろうね。それは間違いないですよ、じゃなきゃ『失われた時を求めて』的なことになるわけないもん。
その後、シューマイもやってきて、それではなんの記憶の復活もなかったんだけど、それとは関係なくストレートに美味しいシューマイでして、ワンカップをもう一個お代わりし、プルースト気分で店を後にしたのでした。
もう一回書くけど、本当にこういうことってあるんだなぁ…。
文・イラスト/カーツさとう
コラムニスト。グルメ、旅、エアライン、サブカル、サウナ、ネコ、釣りなど幅広いジャンルに精通しており、新聞、雑誌、ラジオなどで活躍中。独特の文体でファンも多い。