2022年6月末、アメリカでパイプカット手術を依頼する男性が急増したとワシントン・ポスト紙が報じた。連邦法の下に人工妊娠中絶を行える権利を保障していた「ロー対ウェイド判決」を覆す判決が下されたことがきっかけで、この判決の深刻さが男性にも共有され、パイプカットへの関心が急速に伸びているのだという。
パイプカット手術とはいったいどういうものなのか、そしてパイプカット手術のメリット・デメリットについて東京国際大堀病院泌尿器科医長の村山慎一郎さんに話を聞いた。
パイプカット手術をすれば、ほぼ100%避妊ができる
日本では避妊法としてコンドームを選択する人が多いといわれる。コンドームの避妊成功率は約98%とされているが、実際はコンドームをつけているのに妊娠してしまうケースが約14%存在するという。その理由は品質が経年劣化していたり、穴が開いていたりすることや、性行為中に破れるなどが挙げられる。
一方、パイプカットは手術をしてしまえば、ほぼ100%避妊ができるという。
「パイプカット手術とは、精管結紮術や精管切断術ともいい、男性が行う避妊手術です。陰嚢を1cm程度切開し、精管を縛ったり、切断したりして睾丸で作られた精子の通り道を塞ぎます。手術自体は30分ほどで終わり、日帰りで完了する体の負担が小さい手術です。手術後に精液検査を行い、出てきた液体に精子が入っていないか確認ができたら、パイプカット手術の完了です」
大前提として、夫婦やパートナーとの間に子どもがいて、今後の家族計画のためにこれ以上子どもは作らないと希望した人に、予期せぬ妊娠を防ぐために推奨されている手術だという。
「メリットとしては、コンドームなどを使わなくとも避妊ができるということ。また、避妊効果も他の方法に比べて高く、ほぼ100%避妊ができるという安心感もあるでしょう。妊娠してしまうという心配や不安を取り除けるということは、性行為に集中ができるというメリットもあるのではないでしょうか」
パイプカット手術をすると、「性欲が減退してしまうのではないか」「勃起できないのでは」という心配の声もあるが、実際はどうなのだろうか。
「男性ホルモンが減少してしまうのでは? 性欲が減ってしまうのでは? など、パイプカット手術に関しては、いろいろな噂やデマがあり勘違いしている方がいらっしゃいます。ずばり精子が出ないだけで、手術前と比べ、大きな変化はない。誤解される方が多いのですが、『精液=精子』ではありません。精液のほとんどは前立腺から分泌される液で、睾丸から運ばれ精液の中に含まれる精子は、全体からいえば微量です。そのため、射精時の様子は全く変わりませんし、勃起力が変わるとか、活力が落ちるといったこともありません」
あくまでもパートナーとよりよい性行為をするための方法として検討すべき手術法
身体に大きな負担や変化が起きにくく、現状もっとも確実な避妊方法の一つとして挙げられる男性のパイプカット手術だが、注意点やデメリットはあるのだろうか。
「いちばんの懸念事項は、コンドームで防げていた性感染症を防ぐことはできないということです。妊娠しないからということで、不特定多数の相手とコンドームを使わずに性行為をしてしまい、性感染症を助長してしまう可能性があるということは懸念事項のひとつです。あくまでもパイプカット手術は、決まった相手がいる方が、今後もよりよい性生活を営むために検討する手術だと思ってほしいです。
あとは、まとまったお金も必要です。自費診療で行われる手術であるため、保険適用はされません。費用は医療機関ごとにまちまちですが、約10万~20万ほどだと思います。
もし再び子どもを望みたいと思った場合は、縛った糸を切ったり、切ってしまった精管を繋ぎ合わせたりして、再び精管から精子が通るようにできます。しかし、経過に関しては個人差があるので、機能が100%元通りに再生するとは限りません」
教えてくれた人/村山慎一郎さん
東京国際大堀病院泌尿器科医長。日本泌尿器科学会所属。日本赤十字社医療センターや東京大学医学部附属病院などを経て現職。泌尿器悪性腫瘍(前立腺がん、膀胱がん、腎がん)や尿路結石手術、ロボット手術や腹腔鏡手術などを専門とする。
取材・文/田村菜津季