■連載/法林岳之・石川 温・石野純也・房野麻子のスマホ会議
スマートフォン業界の最前線で取材する4人による、業界の裏側までわかる「スマホトーク」。今回は、10月13日に発売された「Google Pixel 7」「Google Pixel 7 Pro」について話し合っていきます。
とにかくすごいPixel 7 Proのズーム機能!
石野氏:前モデル「Pixel 6」シリーズから自社開発の「Google Tensor」チップセットを採用して、今回のPixel 7、Pixel 7 Proにはその次世代版の「Google Tensor G2」を搭載。コンセプト自体は同じなので、純粋な進化版が登場した、そんな印象を持ちました。
AIの力か、カメラレンズやカメラセンサーの力かはわかりませんが、30倍ズームの画質は非常に良い。あと、ひそかにボイスレコーダーの精度も上がっている気がしていて、日本語をかなり正確に認識している。マイナーアップデートのように見えつつ、未来を期待させてくれるような端末です。あと、価格が安い(GoogleストアでPixel 7が8万2500円~、Pixel 7 Proが12万4300円~)。
石川氏:先日、大きめのホールで取材する機会があり、Pixel 7 Proを撮影機材として持って行きました。その時は10倍ズームがちょうどいい撮影距離だったので、登壇者への寄りの写真も、全体が写る引きの画も普通に撮影できた。万が一ぶれてしまった場合でも、あとからボケ補正がかけられるし、イベントの取材は余裕でこなせる。ブリーフィングやグループインタビューの時には、レコーダーとしても使えるから取材がかなり楽になったし、メディア関係者受けはいいと思います。
あとは、どれだけ一般ユーザーに、その良さが伝わるかですね。他メーカーのAndroidスマートフォンユーザーが、Pixel 7シリーズと同時に発売された「Pixel Watch」を買って、そのあとにPixelスマートフォンを選ぶ、そんな流れもできそうな予感がします。iPhoneだけじゃなく、Androidスマートフォンからの乗り換えモデルになるかもしれません。
石野氏:カメラのズーム機能を使っていると、「GoogleのAIはすごいな」と思うかもしれませんが、意外と10倍ズーム程度だと、AI機能はほぼ使っていません。Pixel 7、Pixel 7 Proは広角50MP、望遠レンズ48MPまで、光学5倍ズームに対応している。遠所撮影はリモザイクがかけられるので、10倍ズームでは、カメラレンズの力できれいに撮影できるからです。
逆に、2倍~5倍までの間は、切り出しだと画像サイズが足りなくなるのでAIを使って補正している。標準カメラと望遠カメラ双方の、足りない部分を補っている感じですね。30倍ズームのインパクトが強いので目立ちますが、実は2倍~5倍の撮影領域でも、AIが活躍しています。
法林氏:遠くを撮影するには、カメラアプリ上に表示されている「2倍」「5倍」といったアイコンをタップするか、ピンチインの動作で寄るんだけど、その時に選ばれた倍率によって写り方が変わってしまう。それをAIで補正するので、補正レベルは被写体や撮影シーンによって、かなり変わる。
石川氏:撮影時には複数のカメラが動いていて、それを合成しているという話ですね。
法林氏:画像処理エンジンとかいわれますが、そこに書かれているコード、プログラムは開示されない。機械学習によって画像の処理能力を上げるといっているけど、どう画像を読み込ませて、どう学習させているのかという話になると、グーグルやアップルは世界中の人の写真を持っているのが強み。ここは日本メーカーの厳しい部分ですね。
AIに強い「Tensor G2」チップはスマートフォン市場の指針を示す?
房野氏:ズーム機能なども含め、AI処理はPixel固有の強みなのでしょうか。それとも、Android 12やAndroid 13になって、ソフトウエアが洗練された、一般的な話なのでしょうか。
石野氏:Pixelの固有の性能といっていいと思います。グーグルはPixelシリーズで、「AIとソフトウエア、ハードウエアの融合」とうたっています。それがいい形で表現できたのが望遠カメラ。どこからがハードウエアの力で、どこからがソフトウエアの力かわからないけど、ユーザーからすれば30倍ズームでもきれいな写真が撮影できるというわけです。
石川氏:Tensor G2がブラックボックスになっているのでわかりにくい部分もある。「もしかしたらSnapdragonシリーズのチップセットでも動作する機能なのでは」とも思ってしまうので、悩ましい部分ですね。
法林氏:気を付けるべきは、数字上の性能だけで見比べてはいけないという点です。「Snapdragonの8シリーズだから優秀」「Snapdragonの600番台だからだめ」といった、実際に使う上でどこまで効果があるのかわからない、スペック上の会話が飛び交っている中で、グーグルは昨年のPixel 6シリーズの時に、消しゴムマジック(撮影した写真から映り込みを取り除く機能)や、翻訳機能など、わかりやすい使い道をしっかりと提示した。今回のPixel 7シリーズでも、「ボケ補正」とか、「シネマティックモード」みたいに、便利な使い方をアピールできています。
ただ、ボケ補正機能を試すためにぶれた写真を探したけど、意外と見つからない(笑)
石野氏:わざとぶれた写真を撮ろうと思っても、意外とぶれないんですよね〜(笑)
法林氏:そう。今のスマートフォンだと極端にぶれることがあまりないし、ぶれた写真は消してしまうことがほとんどなので、残っていない。僕の場合は、カートで走っている写真があったので、試しにボケ補正をかけてみたら、確かにヘルメット周辺のぶれが、ピタッと止まった写真に仕上がった。ただ、スピード感はなくなるので、これが良いのかはわかりません。
Snapdragonシリーズとか、アップルのAシリーズといったチップセットは、「前モデルより○○%早くなった」といった打ち出し方をしているけど、実はTensor G2では、こういった数字を出していなくて、「何ができるか」にフォーカスしているのが特徴です。
石野氏:CPU、GPUの処理速度みたいな話はないですね。「AI処理能力が60%向上」って説明しています。
法林氏:しかも、グーグルは「TPU(Tensor Processing Unit)」という表現をしているよね。この表現方法は、個人的には歓迎している。数字上の「これくらい速い」ではなく、実用的な部分をアピールしていて、グーグルとしてはその土俵に持っていきたいんだろうなと感じています。
石川氏:ただ、実用的なネタがある間は盛り上がるけど、ネタがなくなってきた時にどうなるかですね。Tensorチップの世代が積み重なっていくと、どれくらい進化してきたのかのグラフが書けるようになってくるので、いずれ「どれくらい速くなった」という話もすると思います。
法林氏:Tensorチップ搭載のPixel 6/6 ProとPixel 6a、Tensor G2チップ搭載のPixel 7/7 Proで、実際に差があるかというと、普通に使うレベルではわからないので、Pixel 6やPixel 6 Proを買った人は、そのまま使い続けて良い。これが2世代、3世代進んだら、考えないといけないかもしれないけどね。
石野氏:ボケ補正も、シネマティックモードも、恐らくPixel 6/6 ProのTensorでも動かせる。それをあえてやっていないのは、CPUの数字ではない差別化を図るためだと思います。Pixelスマートフォンは、グーグルのAIを買ってもらうための箱のようなものになってきているかな。
房野氏:Pixel 6、Pixel 6 Proだとボケ補正といった機能は非対応なんですね。
石野氏:そうなんですよ。動かそうと思えば動かせると思うんですけどね。
石川氏:後からアップデートで対応する可能性はあるけどね。
法林氏:そうだね。Googleフォトのバージョンが上がれば、使えるようになると思います。
房野氏:ボケ補正やシネマティックモードは、Tensor G2でこその機能なのか、Pixel 7、Pixel 7 Proのカメラレンズがあっての機能なのか、もしくはGoogleフォトとしての機能なのか、ということですね。
石野氏:そうですね。一応、Tensor G2の処理性能が高いからこそ、この速度で動くという話ではありますが、逆にいうと、多少時間をかければ、ほかのチップセットでも動く可能性は十分あります。一応ベンチマークスコアを見たんですが、2021年のハイエンドチップセット「Snapdragon 888」程度になっています。石川さんもおっしゃっていましたが、型落ち感が出ないようにTensorという名前を付けて、うまくアピールしています。
法林氏:グーグルは、そこを指摘されたくないから、別軸でアピールしている。スマートフォンの性能の進化は飽和点に近づいているので、目指すのはスペック性能のみではないよねという話です。ユーザー視点でいうと、「新型が出たら即買う」という図式ではなくなってきている。
石野氏:そうですね。アップルのAシリーズを見ても、性能進化の伸び率は緩やかになってきていますし。チップで性能を訴求するのが難しくなってきているし、訴求したところで、スマートフォンで何ができるのかという話になる。グーグルのアプローチは正しいかなと思います。
法林氏:極端な話をすれば、速度をどうしても上げたければ、エアコンを背負って歩くような形状のスマートフォンを作ってしまえばいい。自作パソコンが盛り上がった時代に行きついたのは、どれだけオーバークロックできるのか、その際に熱対策をどうするのかというところで、パソコンの冷却のためにエアコンを1台買いました……なんて猛者もいた。そんなことしてもまったく実用的ではないと思ったけど(笑)
だからこそ、できることのほうが大事。例えば、アップルがMacシリーズで取り組んでいるような、4K動画の編集作業で、同時に数本走らせるといった、パワーを要する作業であれば、「M2」チップが必要というのもわかるけど、その作業をスマートフォンでやることはあまり考えられない。iPadだったら、出先で編集したいという用途もわかるけど、一般ユーザーが4Kの映像を複数、スマートフォン上で編集して、出来たコンテンツをアップロードするといった使い方は考えにくい。なので、Tensorのやり方はすごく正しいと思っているし、逆に「Snapdragonの○○番だから高性能です」といった売り方は、もうだめなんだなと感じました。
石野氏:それでいうと、ファーウェイの「Kirin」チップセットも似たようなところがありましたね。CPUの発表では、「こんなことができるようになる」というAIの機能を強調して紹介していて、その1か月くらい後に出るスマートフォンに搭載していた。見せ方としてうまいし、一般消費者からしてもわかりやすいです。
Pixel7、Pixel 7 Proのネックは?
石野氏:Pixel 7 Proの話で盛り上がっていますが、スタンダードモデルのPixel 7についてはあまり触れられていませんね(笑) 望遠もないし、ちょっと物足りなさがあるのは否めません。
法林氏:望遠がないのはしょうがないけど、そんなに写真のクオリティに影響あるかな?
石野氏:やっぱり、2倍~5倍の仕上がりに違いを感じます。特に人物を撮影すると、Pixel 7 Proはかなり自然に撮れるけど、Pixel 7だと肌がガビガビになる。ひとまとめに語られているけれど、Pixel 7とPixel 7 Proの性能差は大きいと思ってます。
石川氏:iPhone 14とiPhone 14 Proでもそうだけど、メディアとして語りやすいのは、機能満載のプロモデル。ただ、一般ユーザーはそこまで関心がないと思うので、安く買えるスタンダードなモデルが選ばれる。マーケティング的にはプロ優位だけど、売り上げ的にはスタンダードモデルなんだろうなと思います。
房野氏:価格を見比べた時に、iPhone 14を買わずに、Pixel 7 Proを買う人も出てきますかね。
法林氏:いると思いますよ。実際に使っていても、個人的にはPixelのほうが楽しいと思います。
石川氏:単純に価格と性能でいうと、Pixelのほうがいいと思います。あとはApple IDやiCloud、Apple Musicなど、IDやクラウド、コンテンツなどで、ユーザーはAppleに囲われているので、その壁をどう乗り越えるかですね。
法林氏:結局、ユーザーが何をしたいかによる。どうしても今まで通りの環境で使いたいという人は、価格は高いけど我慢してね、という話です。
石野氏:あと、Pixelはドコモで販売されていないのがネックですね。SIMフリーモデルは使えますが、n79(周波数帯)には非対応です。
房野氏:ドコモのSIMを差していると、5Gになかなか繋がらないですよね。
石野氏:そうなんですよ。n79はドコモの周波数帯の中でも一番5G用として利用しているので、非対応端末でドコモSIMを使うと、全然5Gにならない。
法林氏:ただ、ネットワークはそれだけで構成されているわけではないし、周波数の転用も始まっているので、そこまで気にする必要はない。もちろん、スピードテストなどをすれば差は出るけれど、SNSを見る程度であれば、決定的な違いはないので、あまり意味がない競争だと思います。
房野氏:とはいえ、5Gっていう表記が出ないと寂しいんですよね(笑)
法林氏:そもそも、ドコモの5Gエリアが狭いという話もあるよね。
石野氏:そうなんですよ。n79に対応しているスマートフォンであっても、そこまで5Gに繋がらないという問題はありますが、非対応端末だと、輪をかけて繋がりにくくなる。最近は、ソフトバンクならほとんどの場所で5Gに繋がるので、極端なことをいえば、みんなドコモから乗り換えちゃえばいい(笑)
ドコモは、5Gはもちろん、4Gも繋がりにくい場所が多くなってる気がしていて、使いにくくなっているんですよね。
法林氏:最近ドコモはネットワークのチューニングがおかしいという説はあるよね。
石川氏:4Gからの転用がうまくいっていない可能性もあります。もともとドコモは、4Gがパンパンだから転用しにくいという話があったので、エリアを広げるために転用を始めた結果、5Gも4Gも繋がりにくいという状況がうまれてしまっているのかもしれません。
KDDIやソフトバンクはDSS(4G LTEと5Gで同じ周波数帯を共有して通信する仕組み)を使ってうまくやっている可能性があるけど、ドコモはそれがないので、うまく回っていないのかもしれません。
Googleストアの手厚い下取りサービスも話題
房野氏:Pixel 7、Pixel 7 Proの発売に伴って、Googleストアでの手厚い下取りサービスも話題ですね。
石川氏:ただ、いろいろと問題にはなっているみたいですね。
石野氏:そうですね。まず、Pixel 4を6万円程度で買い取るという大盤振る舞いを始めて、中古のPixel 4が市場から消えた。すると、グーグルで下取りしたら、ちょっとした傷で査定額を0円にされたという投稿がいくつか上がり、想定していた下取り額で買い取ってもらえるのかという疑問が浮上。中古のPixel 4を買った人は戦々恐々とし始める。そのあと、査定基準を出して、小さい傷は大丈夫という話になった。現在は、下取りの申し込みが殺到しているという状況。
石川氏:下取り前提の価格設定なら、Googleは相当自己資金で都合しているはず。端末の売り上げ以外から、下取り資金を捻出していると考えられます。
石野氏:世界的大企業ならではのパワープレイですね。
石川氏:そうですね。それをやられちゃうと、ほかのAndroidメーカーは戦えなくなっちゃう。
法林氏:個人的には、中古を下取りして新品の価格を割り引くのはありだと思っている。なんなら、iPhoneだけ高く買い取ってしまえばって話。中古市場からiPhoneを吸収して、今度はPixelをばら撒く、そんなことくらい、グーグルの企業体力ならできうる。
石野氏:Pixelの役割を考えると、グーグルのAIを普及させるというのは表向きで、iOSのシェアを奪いたいんじゃないかな。Pixelを購入してAndroidスマートフォンに親しみ、その後にGalaxyやXperiaへユーザーが買い替えたとしても、グーグル的にはOKなんですよね。
iOSのシェアを減らせば、検索エンジンに乗せてもらうためのライセンスフィーも減るので、Androidユーザーを増やしていきたいというグーグルの狙いは、よくわかります。Googleストアの下取り価格を見ると、iPhoneとPixelだけが高くなっていたので、Android陣営に対する配慮はあるのかなと思います。
法林氏:下取り方法がよいかどうかは別として、グーグルが、通信キャリアの商売とは別の枠組みで、日本のモバイル市場に対してどう商売をしていくのか、その布石が見えたよね。
……続く!
次回は、新型iPadについて会議する予定です。ご期待ください。
法林岳之(ほうりん・ たかゆき)
Web媒体や雑誌などを中心に、スマートフォンや携帯電話、パソコンなど、デジタル関連製品のレビュー記事、ビギナー向けの解説記事などを執筆。解説書などの著書も多数。携帯業界のご意見番。
石川 温(いしかわ・つつむ)
日経ホーム出版社(現日経BP社)に入社後、2003年に独立。国内キャリアやメーカーだけでなく、グーグルやアップルなども取材。NHK Eテレ「趣味どきっ! はじめてのスマホ」で講師役で出演。メルマガ「スマホで業界新聞(月額540円)」を発行中。
石野純也(いしの・じゅんや)
慶應義塾大学卒業後、宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で活躍。『ケータイチルドレン』(ソフトバンク新書)、『1時間でわかるらくらくホン』(毎日新聞社)など著書多数。
房野麻子(ふさの・あさこ)
出版社にて携帯電話雑誌の編集に携わった後、2002年からフリーランスライターとして独立。携帯業界で数少ない女性ライターとして、女性目線のモバイル端末紹介を中心に、雑誌やWeb媒体で執筆活動を行う。
構成/中馬幹弘
文/佐藤文彦