空前の筋トレブームが巻き起こっている昨今。
筋肉を鍛えることへの強い興味関心を持つ人が増えており、鍛え抜かれた筋肉を持つボディビルダーへの注目度も必然的に高まっている。
2022年11月2日からNetflixで独占配信中の『キラー・サリー: ボディビルダー殺人の深層』は、アメリカの有名ボディビルダーが、同じくボディビルダーの妻によって殺害された衝撃的な事件の真相に迫るドキュメンタリー番組。
監督は、『On The Ropes(原題)』『Hillary(原題)』などを手がけエミー賞・アカデミー賞ノミネートの実績を持つナネット・バースタイン。
<あらすじ>
1995年バレンタイン・デー。元北米ボディビルチャンピオンで元海兵隊員のレイ・マクニールが、自宅で妻サリーに銃で撃たれて死亡した。
サリーもまた、米海兵隊に軍曹として11年間勤務した経験をもつ、心身ともにタフな女性だった。
ふたりは、共通の趣味であったボディビルが縁で出会い、交際2か月でスピード婚。
事件後の取り調べで、サリーは「日頃からDVに苦しめられており、事件当時も夫から首を絞められたため、正当防衛だった」と主張。
一方の検察は、サリーによる計画的殺人を疑っていた。
――北米チャンピオンになるほど屈強な男性ボディビルダーをあっさり殺害できる元軍人の女性など、きっと普段から暴力的で恐ろしい性格をしているに違いない――。
ボディビルダーの夢を追いかける夫を経済的に支えるため、“キラー・サリー(殺し屋サリー)”として男性マニア向けレスリング・ビデオに出演していたサリーは、既に一部界隈で有名人となっていた。
メディアや検察はサリーに「屈強な妻」「たくましい姫」「乱暴者」「ガキ大将」などの烙印を押し、暴力的な人柄を強調した。
本作では、事件関係者への独占インタビューや当時の映像記録などを中心に、DV(家庭内暴力)やジェンダーの問題、そしてボディビルの歴史について掘り下げている。
全3話。
<見どころ>
サリーが若い頃の写真の数々を見ていると、まるでハリウッドのアクション大作映画に出てくる“最強のヒロイン”のようだ。
一見、この世に怖いものなど何もなさそうに見えたサリーだったが、実は傷ついた繊細な心を守るため必死に“筋肉の鎧”を身にまとっていたのかもしれない。
インタビューの中で「愛する人には自分の全てを捧げる」と語っていることからも、純粋で愛情深く、献身的な性格が伺える。
“繊細でロマンチストで傷つきやすい乙女”こそが、本来の姿なのだろうか?
夫の夢を叶えてあげるために自分の夢を諦め、夫を支えてとことん尽くす。
“内助の功”という言葉がぴったりで、冒頭で見せた“自立した強いアメリカ人女性”のイメージとのギャップがあまりに大きく、驚かされた。
“キラー・サリー(殺し屋サリー)”という恐ろしげな異名を与えられたサリーだったが、ふとした瞬間に見せる表情は、愛されることを切望し愛されるために痛々しいほどの努力をする健気な少女のようでもあった。
DV問題について掘り下げていくと、高確率で“幼少期に受けた暴力の連鎖”というキーワードに突き当たる。
幼少期に受けた心の傷は大人になっても簡単に癒えることはなく、本人たちの意思や努力とは無関係に、トラウマを再現してしまうことも少なくない。
本作でもまた、非常に根深い問題であることを痛感させられた。
DVにまつわる事件を取材した良質なドキュメンタリー番組は、他にも多数配信されている。
たとえば『今、父を殺しました-ある虐待少年の叫び-』(Netflixで独占配信中)も、親子間の肉体的・精神的虐待、そして実子誘拐について取り上げた作品として、本作と同様に深く考えさせられる作品。
そして『ロレーナ事件~世界が注目した裁判の行方~』(Prime Videoで独占配信中)は、夫から性的DVの被害に遭っていた女性が夫の局部を切断した事件のドキュメンタリー番組。
本作と同じくセンセーショナルに報じられたことで、加害者と被害者は共に好奇の目にさらされることになった。
密室かつ家族間で発生するDVは、立証が難しいことが多く、また気づいた第三者もどこまで踏み込むべきか葛藤することも少なくない。
簡単に明確な答えがでない複雑な問題だが、もし第三者のDV被害に気づいた際には、“自分が後悔しない選択”をするよう心がけたいと思った。
Netflixシリーズ『キラー・サリー: ボディビルダー殺人の深層』
独占配信中
文/吉野潤子