家で洗濯するだけで我々は海洋にプラごみを撒き散らしている!?
プラスチックごみ削減とリサイクルの促進を目的とする『プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律』(略して『プラスチック資源循環法』)が2022年4月1日に施行された。
ストローは必要な人のみに提供するとか、紙製のストロー、生分解するポリマー(※1)を使用したプラスチック製品などが世の主流となりつつあるのは、ご存じの通り。
※1)高分子化合物のこと。単量体(モノマー)が重合して繰り返し結合をすることによってできる。ポリマーの「ポリ」は「多数」を意味する。プラスチック材料および製品は、高分子化合物「ポリマー」であり、例えば、PP(ポリプロピレン)、PC(ポリカーボネート)、POM(ポリアセタール)など、プラスチックの名前には頭に「ポリ」が付く。
しかし、土の中では生分解するプラスチックでも、海水中では生分解されないのが一般的。それ故、海洋生物がビニール袋などをクラゲだと思って食べてしまう痛ましい例は後を絶たない。だからこそ、川や海にプラ製品は捨てないという人がほとんどだろう。
だが、我々の家からもマイクロプラスチック(※2)は排出されているという。食器洗い用のスポンジ、スクラブ洗顔料のビーズ、フリース等を洗濯したときに放出される微細な繊維などのプラだ。
※2)サイズが5mm以下の微細なプラスチック。
環境省が平成30年7月に発表した『海洋プラスチック問題について』の資料では「近年、海洋中のマイクロプラスチックが生態系に及ぼす影響が懸念されている」と表記されている。
そこで注目したいのが、首相官邸HPに掲載されている動画と文書。これは2019年に行われた『科学技術と人類の未来に関する国際フォーラム』(略してSTSフォーラム)での安倍総理(当時)のスピーチである。
【STSフォーラム第16回年次総会における安倍総理(当時)スピーチ】
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2019/1006sts.html
詳細は官邸サイトをご覧いただくとして、その一部分を抜粋して紹介しよう。
「常温で、海の中ででも分解できるというこのプラスチック。溶ける速度は、紙の中の繊維質セルロースと、同じなのだそうです。石油由来ではなく、植物油が基になり、石油で作ったプラスチックと同じ性能を獲得しながら、土の中、水の中でまた微生物に分解されるという生分解性プラスチック。カネカという、日本の会社の功績です」(原文ママ)
植物油を食べて増える微生物が、自らの体内でポリエステルをつくる!?
カネカとは、日本の大手総合化学メーカーである。還元型コエンザイムQ10の原料を製造していることで有名だが、食品やライフサイエンス等々、多くの事業を営んでいる企業だ。
そこで、港区にあるカネカ東京本社にて、海水中でも生分解するプラスチックについて話を聞いた。
お話をうかがったのは、右側のカネカ 取締役上級執行役員 工学博士 角倉護さん。お隣はカネカ Green Planet 推進部Green Planet Global Planning&Marketing Group グループリーダー 三輪元一さん。
-そもそも、一般的な生分解性ポリマーとはどのようなものなのでしょうか?
角倉さん「自然界に存在する微生物により生分解されるポリマーです」
-カネカさんの生分解性ポリマーは、土の中だけでなく、これまで難しかった海水中での生分解が実現できたと聞きます。
角倉さん「正式名は『カネカ生分解性バイオポリマー Green Planet(グリーン プラネット)』といいます。化学名はPHBHです。
下の画像にある左側のイラストがGreen Planetのライフサイクルです。濃紺の虫みたいなものがGreen Planetをつくってくれる微生物だと思ってください。
Green Planetのライフサイクル・電子顕微鏡写真
この微生物は、植物由来の油(アブラヤシから採れるパームオイル等)を栄養源にしてどんどん増えていきます。人間であれば、栄養過多な状態になると脂肪という形で体内に蓄積されますよね。この微生物の場合はGreen Planetという形で体の中に蓄えるのです」
-Green Planetという形とは?
角倉さん「Green Planetはポリエステルの一種です。その微生物からつくられたGreen Planetは、当社が開発した100%植物由来の生分解性バイオポリマーなのです。
幅広い環境下で優れた生分解性を有し、土壌中に加え、海水中でも容易に分解し、CO2と水に戻り、環境を汚染することがありません。海水中で生分解する認証『OK Biodegradable MARINE』(※3)を取得しており、海洋汚染低減に貢献します」
※3)海水中(30℃)で、生分解度が6か月以内に90%以上になること。ベルギーに本部を置く国際的な認証機関『Vincotte』より、2017年9月認証取得。
灯台もと暗し!? 奇跡の微生物は自社工業所の敷地内で発見された!
-つまり、微生物が自らの体内でポリエステルをつくっている、ということですね。前述の安倍元総理スピーチによると、その微生物はカネカさんの工業所敷地内で発見されたとか?
角倉さん「カネカが開発に乗り出したのは1990年代前半。当時、海洋マイクロプラスチック問題はまだ世界的に認識されていませんでした。ですが、石油資源に依存しない、環境にやさしいソリューションを提供したいという思いが原点でした。
カネカの研究者は、ポリマーをつくり出す微生物を見つけ出すため、各地に出向き調査しているとき、なんとカネカの高砂工業所の土の中でPHBH(Green Planetの化学名)をつくり出す微生物を発見したのです。
ただし、発見された微生物ではわずかなPHBHしか作り出せず、PHBHを大量につくり出す微生物ができても、実用化には課題が山積みでした。
しかし、それから長年にわたり培ってきたカネカ独自の高分子技術とバイオ技術を結集・融合しながら試行錯誤を繰り返すことで、世界で初めてPHBHの工業化に成功しました。現在は本格的な量産化に向けて取り組んでいます」
Green Planetの特徴1〜海洋生分解性
土の中だけでなく、海水中でも生分解されるGreen Planet。どのくらいの期間で、どこまで生分解されるのかが知りたいところだ。そこで、実際に生分解されていく推移を見比べてみよう。
下の画像は、Green Planetのストローとナイフが海水中で生分解されていく推移である。
3か月後、ストローはあと少しで完全に生分解されそう。ナイフは刃先が少し生分解されている。やはり製品に厚みがないほど、生分解されていくのが早いとわかる。
Green Planetの特徴2〜土壌分解性
下の画像は、左から一般的なプラスチックのフォーク、木製のフォーク、Green Planetのフォーク。土壌での生分解の早さを比較している。
5か月後にはGreen Planetのフォークはほとんど原形を留めていない。木製よりも生分解が早いというのは驚きだ。
Green Planetはどんな製品に使用されているのか?
『カネカ生分解性バイオポリマー Green Planet』は、さまざまな製品に加工することができるという。ストロー、レジ袋、カトラリー、食品容器包装材など、今後も用途を広げていくそうだ。
環境を考えて、自分も使用したいと思う人も多いだろう。そこで、どんな製品に使用されているのかがわかる一覧を参照してほしい
●資生堂/2019年4月からGreen Planetを用いた化粧品用容器の共同開発に取り組んでいる。
●セブン-イレブン・ジャパン/セブンカフェで用いているストローに使用。
●ファミリーマート/弁当や丼、スープのスプーンに使用。
●スターバックス コーヒー ジャパン/TO GO(持ち帰り)用のフォーク、ナイフ、マドラースプーン、ヨーグルト用スプーンに使用。
●伊藤園/「お~いお茶 緑茶」「お~いお茶 ほうじ茶」「健康ミネラルむぎ茶」各250ml紙パックの伸縮ストローに使用。
●JALUX/JALUXの運営する空港店舗(那覇空港)でショッピングバックに使用。
●ゴールドウイン/THE NORTH FACE直営店に併設のカフェで提供されるストローに使用。
●東急ホテルズ/歯ブラシに使用。
●THE SUN&THE MOON Restaurant(東京都港区 森美術館内)/ストローに使用。
●鉄板焼 神戸六甲道 ぎゅんた 丸の内店(東京都千代田区)/ストローに使用。
●カネカ/「パン好きの牛乳」「パン好きのカフェオレ」「パン好きのミルクティー」各200ml紙パックの伸縮ストローに使用。
パン好きの牛乳
Green Planetが大量生産され、コストダウンすることを期待したい
また、前述した『STSフォーラム第16回年次総会における安倍総理(当時)スピーチ』にて、安倍氏は以下のようにも語っている。
「(Green Planetの)生産能力は、もうじき5,000トン(2019年現在)。まだ僅かな量です。しかし、確かに量産されたのです。私たち皆を、勇気づけてくれます」
あれから3年、カネカはGreen Planetの大型能力増強の決定を2022年2月に発表した。概要は下記のとおりである。
【設備投資の概要】
立地:カネカ高砂工業所内
投資額:約150億円
生産能力:15,000トン/年
(既存設備5,000トン/年と併せ20,000トン/年)
稼働予定:2024年1月
角倉さん「Green Planetで代替可能な使い捨ての汎用プラスチック製品は、世界で約2,500万トン/年と推定しています。すでに実使用が開始されているストロー、カトラリー、コーヒーカプセル、袋、フィルム等だけでも500万トン/年を超える規模です。
環境意識の高いブランドホルダー(※4)からの引き合いが急増しており、供給能力の増強を求められています。
今回の新増設をスタートとして、地産地消の方針の下、需要が広がる欧米での増設を順次進める計画です。Green Planetは数十万トン規模の事業ポテンシャルを有しており、当社の新たな事業ポートフォリオの核となるでしょう。
Green Planetが使われる用途は多岐にわたり、今後もますます拡大していくと考えられます。そのために本設備は技術開発途上の実証プラントと位置づけており、さらなる新製品開発、プロセス革新による生産性の向上やコストダウンを進め、次期増設に活かしていく計画です」
※4)ブランドの所有者(企業や組織、個人)。
【筆者の視点】
筆者も環境を考えた生活をしているつもりだったが、家の洗濯機から排出されるマイクロプラスチックについては考えが及ばなかった……。近い将来、衣類にもGreen Planetが採用されることを願うばかりだ。
また、Green Planetは現在、大量生産されていないので、一般的なプラスチックよりもコスト的には割高になるという。それでも、地球の未来を考えて採用している各企業・各店舗の姿勢を支持したい。
関連情報:https://www.kaneka.co.jp/
取材・文/藤田麻弥(ウェルネス・ジャーナリスト)
雑誌やWebにて美容や健康に関する記事を執筆。美容&医療セミナーの企画・コーディネート、化粧品のマーケティングや開発のアドバイス、広告のコピーも手がける。エビデンス(科学的根拠)のある情報を伝えるべく、医学や美容の学会を頻繁に聴講。著書に『すぐわかる! 今日からできる! 美肌スキンケア』(学研プラス)がある。