ガーナのスラムをアートの力で撲滅しようと立ち上がった美術家がいる。SDGsが叫ばれる時代の今、知識だけでわかったつもりになっている人も多いかもしれない。が、彼が目指す〝サステナブル・キャピタリズム〟の概念を知れば、自身が何をすべきか、深く考えるきっかけになるはずだ。
長坂真護氏
1984年、福井県生まれ。2017年、ガーナのスラム街・アグボグブロシーを訪れ、先進国が捨てた電子機器を燃やすことで生計を立てる人々と出会い、以降、廃棄物を用いたアートを制作することで、彼らの自立を促す努力を続けている。2018年にはスラム街初の私立学校、翌年には文化施設を設立。2021年7月には、廃棄物処理のリサイクル工場も建設した。
ほかとは一線を画す長坂真護の廃材アート
「僕が稀代の詐欺師かどうか、10年後に結果がわかりますよ」
真っすぐな瞳で、思いもよらない第一声を放ったのは、美術家・長坂真護氏。今、彼のアート活動が注目されている。単に彼の芸術性だけではなく、作品の背景に多くの人が惹かれているのだ。
長坂氏の作品は、廃棄物を材料にしたもの。──というと、現代美術の〝廃材アート〟という1ジャンルにすぎないと思う人いるはずだ。実際、廃棄物を用いて環境問題を訴えるアーティストは山ほどいる。では、ほかと何が違うのか? ひとつは、アフリカ・ガーナのスラムに捨てられた先進国の電子ゴミを用いたアートをつくっていることにある。が、彼はそれをしっかりと〝売る〟ことに尽力しているのだ。年間につくり上げる作品数は600超というハイペース。NFT(非代替性トークン)アートにもいち早く参入し、さらには自身の名を冠したギャラリーを国内外に11店舗(2022年8月現在)構えるなど、マネタイズを意識したアート活動をしているのだ。というと、〝金の亡者〟と勘違いする人がいるかもしれない。が、違う。彼が得る収入は売り上げの5%のみ。残りの多くはガーナのスラム撲滅の支援に投じているのだ。長坂氏は語る。
「僕は、作品を通して環境問題を訴える〝だけ〟のアーティストとは違います。僕がガーナで見てしまった〝資本主義の真実〟を知ってもらうため、作品について語りまくるし、手も口も動かします」と。
「ゴミをアートにするとプラスのエネルギーが加わり、
作品が売れるほどゴミが削減されて、
さらにスラムの環境を改善する事業に
投資できるというサイクルが生まれるのです」
東京・日本橋のアトリエを拠点に活動。ここで年間600以上の作品を制作している。
〝資本主義の真実〟を目の当たりにして開眼
なぜ、長坂氏は遠い異国のスラム撲滅のために立ち上がったのか? 彼が見た資本主義の真実とは何か?
2017年〝売れない〟路上の絵描きだった長坂氏は、たまたま経済誌『Forbes』に掲載されていた記事に目を奪われたという。
「それは1人の子供がゴミの山に佇んでいる報道写真でした。それを機に、世界のゴミ問題に興味を持ったのですが、調べているうちにガーナに〝世界最大級の電子ゴミの墓場〟と呼ばれるアグボグブロシーというスラム街があることを知りました。そこには毎年、先進国から年間25万tもの電子ゴミが搬送され、東京ドーム32個分にも及ぶ広大な土地を覆い尽くしているというのです。しかも、スラムの住人は電子ゴミを燃やすことで得られる金属を売り、1日500円程度の賃金を得てはいるものの、廃棄物に含まれる有害物質に蝕まれ、若くして命を落とす人が多い事実を知りました」
それまで長坂氏はパリやニューヨークの路上で絵描きをしたり、画廊に売り込みをしたりしていた。が、その軍資金は日本未発売のタブレットやスマートフォンを転売して稼いでいたものだった。
「自分が売った電子機器が、回り回って彼らの命を縮めているのかもしれない……と思ったら平常心でいられませんでした。ただ〝事実を知りたい〟それだけの思いで、ガーナへと向かいました」
アグボグブロシーは、ガーナ人でも行くことをためらう危険地域。その地で、目にしたのは、紛れもない資本主義の真実だった。
「日本はきれいな国だといわれていますが、日本を含む先進国が出したゴミの後始末を貧困国に押し付けているだけ。この負のサイクルのおかげで、僕たちの豊かな生活は成り立っていたのです。見てはいけないものを見てしまった……と、正直思いました」
この不条理を見なかったことにするのか、それともガーナのためにアートを捧げるか……彼は、後者を選んだのだ。
そのきっかけとなったエピソードがある。
「初めてガーナを訪れた最終日、スラムで出会った人たちに別れを告げて歩き出した瞬間、肩をグッとつかまれたのです。スラムは犯罪者の巣窟。何をされるのかと思って身構えると、『MAGO、また来てくれるんだよね? 次に来る時はガスマスクを持ってきてほしい。僕はまだ死にたくないんだ』と言われたのです。それを聞いてハッとしました。自分のことばかり考えていたと……。資産家であれば寄付をすればいいのでしょうが、当時の全財産は20万円ほど。彼らにガスマスクを届けるために僕ができるのは、この惨状をアートで伝えることだけだったのです」
帰国すると、長坂氏はすぐにガーナで拾ってきた電子ゴミを使った作品を描き始めた。当時は、まだ〝サステナブル〟という言葉は浸透していない頃。ゴミを貼り付けたアートが「汚い」と言われたらどうしよう……と迷いつつも、筆を動かし続けたという。
そんなアート活動を続ける中、スラムの少年を描いた「Ghana’s son」という作品が1500万円もの高値で売れたという。
「いきなりトップアーティストみたいな価値がついたことに驚いたのですが、うれしさよりも、なぜ? という思いのほうが強かったですね。今まで僕の絵がそんな金額で売れたことはなかったのですから。そこで思い至ったのは、この絵が売れたのは自分の技術ではない、〝スラムで暮らす彼らが、深い闇から放つ希望〟が価値を与えたんだ……という答えでした。だったら、その恩を返すために全額、彼らのために使おう! と思ったんです」
それを機に長坂氏は〝スラム撲滅〟のために動き出す。スラムには教育を受けていない子供が多い。そんな彼らのために、完全無料の私立学校を設立したのだ。
「学校といっても7坪程度ですが、現地で教師を雇い、簡単な屋根のある建物と文房具などを揃えても、かかる費用は月額で数万円。これなら〝僕が死ぬまで学校運営ができる〟と思ったのです」
その翌年にミュージアムをつくり、さらに現地の若者が描いたアートを長坂氏が販売することで彼らにギャランティーを生み出す仕組みを構築するなど、様々な支援策を講じた。その根本にあるのは、現在の資本主義をアップデートした〝サステナブル・キャピタリズム(持続可能な資本主義)〟を確立したいという思いからだ、と長坂氏は語る。
初めて1500万円もの高値がついた作品
「Ghana’s son」(2018)
スラムに暮らす子供の周囲に、ゴミをちりばめた代表作のひとつ。「ガーナ」シリーズで初めて1500万円もの高値がつき、長坂氏がスラム撲滅活動を始めるきっかけとなった。
故安倍元首相らとの共同作
「太陽の子」(2021)
2021年秋、故安倍元首相と昭恵夫人、長坂氏の3人でつくった作品。左手の太陽は安倍氏、右手の月は長坂氏が描き、ボディーを赤紫色に塗ったのは昭恵夫人だ。
有毒ガスにまみれた生活を危惧
「The Muntaka sculpture」(2021)
ものを燃やし続けると性別も機械もすべてが融合してしまうのではないか……。そんな長坂氏の危惧を立像で表現。男性でありながら、子供を宿しているのが確認できる。
スラムのシンボル的存在に
「Moon Tower」(2019)
2019年夏、長坂氏の声がけで、スラムの住人らと制作。ドーム部はスラムで拾ったペットボトルでできている。完成から3年を経た今でも街のシンボルとして光を灯し続けている。
アインシュタインの相対性理論を独自解釈
「相対性理論」(2021)
豊かさをX軸、時間をY軸で示した十字座標で先進国と途上国の関係性を表現した。パイプからコインを投入することができる仕組みで、世界初のお金を稼ぐアートでもある。