中部イタリア、トスカーナ州のボルゴ、ピティリアーノ (Pitigliano)
「ボルゴ」というイタリア語をご存知だろうか。日本語ではよく「村」と訳されるのだが、イタリア在住の筆者からすると、そんな一言で表せられるほど単純な言葉ではない。ボルゴにはもっと魅力的な響きがあるのだ。今回はその背景を現地からお伝えしたい。
中世の美しい町並みが残る小さな村、ボルゴ
世界一の世界遺産数を誇るイタリアには、言わずもがな魅力的な観光地が山ほどある。ローマをはじめ、ミラノ、ヴェネツィア、フィレンツェ、ナポリ、と歴史と芸術の詰まった都市は挙げればキリがないのだが、その陰で実は注目され、イタリア国内外から人気を集めているのが小さなボルゴだ。(複数形で“ボルギ”と呼ばれることもある。)
たとえば、日本でも有名になったのが、あの「天空の城ラピュタ」のような佇まいが大人気のチヴィタ・ディ・バーニョレージョ。もとは2500年前にエトルリア人によって造られた歴史深いボルゴだが、凝灰岩の台地が侵食し続け、崩壊の危機にさらされていることから「死にゆく町」と言われている。
チヴィタ・ディ・バーニョレージョ(Civita di Bagnoregio)へは300mの橋がつながっているのみ
また、中部のアブルッツォ州に行けば、標高の高い丘に家々が重なるように建ち並んでいるのが圧巻。町の中も情緒たっぷりで、普通の路地や広場ですら画になるものだ。
古くから存在するボルゴは道幅が狭く一般車両の進入が禁止されていることが多いため、徒歩での散策にピッタリ。1時間もあればゆったりと一周できるほど、規模の小さな村ばかりである。
これらはほんの一例だが、たいていのボルゴは美しい景観だけでなく中世の町並みが残っていて歴史的価値が高い。言わば、観光客をひきつけるのに十分な要素がある。にもかかわらず、都市から離れた立地がネックとなり、忘れ去られたかのように閑散としていることも多かった。
暮らすともなると、なおいっそう不便なのも事実。病院も高校もなく、ましてや仕事もない田舎の村々が過疎化に悩んでいるのはイタリアも同じだ。若者は外へと出て行って人口減少が進み、古い家々は廃墟と化し、保全や維持の費用もままならずに村人の生活水準がどんどん下がっていく一方であった。
このような寂れた状況から人々を魅了する存在にまで至ったのは、2001年に立ち上げられたI Borghi più belli d’Italia「イタリアの最も美しい村」という組織の功績が大きい。加盟するボルゴのプロモーションに力を入れ活性化を図るための民間団体で、月刊誌に加え、毎年のようにボルゴに特化したガイドブックを出版。さらに、各ボルゴでのお祭り等のサポート、体験型やテーマ性のあるツアー企画なども行い、ボルゴの集客に力を入れているのだ。
今年発売された第15弾には329ものボルゴが紹介されている。全816ページ。
出版:SER Società Editrice Romana
ボルゴにはっきりとした定義はないが、「イタリアの最も美しい村」加盟条件の一つとしては「村の規模は人口1万5000人以下であり、その中の歴史地区(いわゆる旧市街)の人口が2000人以下であること」が大前提。設立当初は50村だったのが、今日では330村にまで増え、未だ約900もの村々が査定を待っている状態と、メンバーになるのもなかなか難しいものである。
「ツーリズムよりもコミュニティー」
さて、この団体の一員となるには、下記の4つの分野に分かれた全72項目もの基準をクリアしなければならない。
1. 町並みの美しさ
2. 住民への社会サービス
3. おもてなしの質
4. 地域全体の環境保護
団体代表のフィオレッロ・プリミ氏によると、中でも「住民への社会サービス」が一番大切なポイント。設立時に観光地としての価値向上を目指して進められてきたプロジェクトも、今では意図が変わりつつあるそうだ。
というのも、観光客を呼び寄せることが最終目標ではない。観光の力を借りて賑わいを取り戻すこと、そして村内での仕事の機会が増えることで、若者が戻ってくる、移住してくるような町づくりが求められているのだ。
つまり、不便な場所にありながらも住み心地の良い町にすべく、教育や医療、福祉を充実させ、観光客を受け入れる側が幸せになること。それが人口減少を食い止めるための重要な課題であり、次のステップなのである。
なお、ボルゴとして脚光を浴びるようになると、その周辺地域の活性化も担うべきだという。すなわち、観光ルートやアクセス環境などを整備して、周りの村々の観光まで視野に入れることが「最も美しい村」に認定されるために必要なマインドでもあるわけだ。
毎年、投票で選ばれるボルゴのトップ3
もう一つ、ボルゴ普及の大きな立役者として、イタリア国営放送のプログラムがある。世界各地の風景や文化、人々を紹介する日曜夕方のドキュメンタリー番組の中で、2014年から始まったIl Borgo dei Borghi(ボルゴ・デイ・ボルギ)という企画には毎年、必ず話題となる仕掛けがあるのだ。
イタリア全土から選ばれた20のボルゴの中から、トップ3を視聴者の投票で決めるというもので、10月から3月にかけて毎週1村ずつ紹介され、3月~4月に投票期間が設けられる。最終的には3人の専門家によるポイントも加算されて、優勝ボルゴが決まると大盛り上がり。大々的に国内外のメディアにも取り上げられるため、ボルゴにとって多大な宣伝効果を得られるチャンスとなるのは言うまでもない。
2022年の優勝ボルゴ、ソアヴェ(Soave)の旧市街へと続く中世の城門
いずれにせよ、組織への加盟やテレビ番組での優勝を目指す中で、各ボルゴが努力を始めた、というのが注目すべき点だろう。特産品のPRやイベントなども、官民一丸となって行われていて、ボルゴに足を踏み入れれば歩き回って写真を撮りまくり、食べて飲んで胃袋まで満たされてしまうのだ。
存続の危機から一転、「隠れた宝石」とまで人々に言わしめるボルゴ。イタリアを訪れる方は、大都市で薄れゆく中世イタリアのような風情を、ぜひボルゴで味わってみてほしい。
文・写真/新宅裕子
イタリア・ヴェローナ在住。東京のテレビ局で報道記者を務めた経験を活かし、イタリア移住後も食やワイン、伝統文化、西洋美術等を取材及びコーディネート。ガイドブックにはないイタリアのあれこれや現地の暮らし、マンマ直伝レシピを紹介している。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員
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