GI=ジェンダード・イノベーションという言葉をご存知だろうか。性差の研究・分析を基にる新しい商品や市場を創出していくことだ。マーケティング界では、GI視点を持った商品開発こそが新たな市場創出につながるファクターだと注目されている。GIとは何か。また、近年よく聞かれるようになったフェムテックとは何が違うのだろうか。
性差をよくよく研究分析した上で新しい商品開発
GIとは何か。9月13日に開かれた「矢野経済研究所のフェムテック研究員と語るヘルスケア業界の新スタンダード『ジェンダード・イノベーション現状と国内事情』」講演で、聞いてきた。
講演を企画したのは、女性ヘルスケア動向を研究・発信する「ウーマンズ」。そこによると、ジェンダード・イノベーションとは、「科学・技術・政策などの領域において性差分析(生物学的性別、社会学的性別)や、年齢、人種、ライフステージといった他要因との交差分析を取り込むことで、新しい視点を見出しイノベーションを創出すること」だ。
これまで生物学的、社会学的に明らかに存在する男女差が考慮されずに開発され、世に出てものが少なからずある。わかりやすい例として、車のシートベルト。男性の体型を前提に開発されており、妊婦が事故に遭った時に胎児が犠牲になるケースが多々あるという事実。GI視点を取り込んでシートベルトを開発すれば、妊婦向け、子ども向けと、さまざまな体型に合ったシートベルトが開発されるはずだ。
近年は、「フェムテック」という言葉もよく聞かれるようになった。こちらはfemale+technologyからなる造語。女性特有の健康課題を解決するもの、中でもテクノロジーを駆使した商品・サービスのことで、ヘルスケア業界を中心にフェムテック市場が広がっている。この市場は海外で先行しているが、日本においては2020年、多くのフェムテック商品が市場に並び、メディアも注目したことから、「フェムテック元年」と呼ばれている。
フェムテックは女性特有の健康課題の解決策としての商品・サービスであるのに対し、GIは性差を研究・分析した上で市場創出をめざすもの。両者に重なる部分もあるだろうが、基本的に視点が異なる。
上述のウーマンズは、「ジェンダード・イノベーションは、もっと根本的な男女の生物学的・社会学的違いを、多種多様なプロダクト・ソリューションに活かすこと」であり、「ヘルスケア領域以外にも、政治学、ロボット工学、薬学、AI学等、さまざまな領域に広がり、産学官、業種を横断して拡大している視点」だと説明している。
ヘルスケア業界に限らない市場開拓のキーワードがGI
GI(ジェンダード・イノベーション)という考え方が生まれたのは、2005年、欧米だそうだ。それから時が経ること15年以上が経つ。日本において「ジェンダー」というワードでもっとも気になるのは、世界経済フォーラムが毎年発表するジェンダーギャップ指数ではないだろうか。昨年、日本は156か国中120位。お隣の韓国102位、中国107位と、先を越されている。
そんな中、今年、お茶の水女子大学にお茶の水女子大学にジェンダード・イノベーション研究所が設立されたり、政府の「女性活躍・男女共同参画の重点方針」(女性版骨太の方針2022)では「科学技術・学術分野において男女共同参画を進め、研究・技術開発に多様な視点を取り入れていくことは、ジェンダード・イノベーションの創出にもつながり、重要である」と記述されている。いささか遅きに逸してはいるが、GIは政府も注目するファクターになっている。
それにしても、なぜ今、GIなのか。特にきっかけとなる出来事があったわけではない。先述のウーマンズは、GI潮流の要因を3つ挙げている。ひとつは「近年の女性や社会が性差による課題を問題視する動きが強まってきたこと」。働く女性が増えつづけ、ダイバーシティ&インクルージョン、SDGs、少子高齢化の加速、me too運動といった新しい動きが背景にある。
2つめに「ビジネス戦略の打開策としての期待」を挙げる。「どの業界も飽和状態。GI視点をもつことで新しい事業・商品の開発ができる」とし、わかりやすい例に、メンズコスメ市場の誕生がある。3つめに、2020年に起きた日本のフェムテックブーム自体が「GIの火付け薬になった」。
GIが新商品の開発、ひいては経済成長につながるきっかけにしたい、そうした強い期待が感じられる。¬¬¬¬
フェムテック市場には伸びしろだらけ。潜在的なGI市場は10兆円?
では、先行するフェムテック市場を見てみよう。フェムテック市場のリサーチを行っている矢野経済研究所の首席研究員、清水由紀さんによると、2019 〜21年のフェムテックの市場規模の推移は以下のようになる。
フェムテック(消費財・サービス)市場規模推移(矢野経済研究所調べ)
フェムテック元年と呼ばれる2020年は前年比103.9%増。2021年は同じく前年比で106.5%増(見込)ということで、それほど高い数字は上がっていない。「これを堅調な市場と見るか、参入すべきかどうか、まだまだ様子見の企業が多い状況」(清水さん)のようだ。
矢野経済研究所は「フェムテック」というワードの認知度についても調査。20代〜60代の女性1万人に対して行い、2021年の13%から、22年は20%に上がる見込だという。といっても、まだ5人にひとりである。
とはいえ、清水さんは、「SDGsの観点からもジェンダー投資は注目されています。ジェンダー平等や女性のエンパワーメントを表現するためにもフェムテック、フェムケアへの関心は確実に高まっていくでしょう。認知が5人に1人ということは、伸びしろだらけということ。市場拡大は間違いありません」と展望を語った。
さらに、「男性特有の健康課題を解決するメイルテック市場が生まれる可能性は高い。昨年のフェムテック市場が635億円で、このうち生理関係を除くとおよそ520億円と見積もれます。同じボリュームがメイルテックで創出されるとすると、フェムテックとメイルテックを合わせて1200億円市場が目の前に存在しているといってもおかしくありません。小売業界、サービス業界の1%でもGI発想で切り替えると、潜在市場は10兆円。それくらいの市場性を感じています」と語る。
最後に、矢野経済研究所の上級研究員、矢野初美さんから、すでにGI視点で開発され世に出た商品が紹介された。
たとえば、最近増えている女性のトラックドライバー“トラガール”が運転しやすいトラック。重量物運送時でも軽い力で扱えるステアリング仕様になっている。同じく、これまで男性ばかりの工事現場などで使用されるプレハブの仮眠室やトイレにも、女性が使いやすいシャワー付きロッカールムやドレッサー付きトイレなどが開発された。
一方、これまで女性向けだったシミ予防薬や尿ケア製品に男性の肌や体型に合わせた商品が登場している。また、家庭用ロボットで人気の「LOVOT」もGI視点が活きていると指摘。性別によるバイアスをなくしたいとい思いから、LOVOTには性別がない。一見して男の子っぽいペッパーくんとの大きな違いである。
既存の商品領域でもGI視点が加わることで、新しいコンセプトの商品が生まれる可能性が示されている。GIは新しい商品だけでなく、人々の多様性の深化にも寄与するだろう。手詰まり感いっぱいの領域にGI視点を期待したい。
取材・文/佐藤恵菜