「何者かになりたい」
ほとんどの人は思春期から青年期にかけてそんな願望を抱くものだ。
しかし年齢と経験を重ねるにつれて自分の能力の限界を知り、現実を受け止め、大人になっていく。
ところが中には青年期以降も現実から逃げ続け、肥大した自己愛をもてあます人もいる。
2022年9月14日よりNetflixで独占配信中の『母は殺人者になった -終末カルトが生んだ家族の悲劇-』は、アメリカで製作されたドキュメンタリー・シリーズ。
同じくNetflixで独占配信中のドキュメンタリー『白昼の誘拐劇』『ガール・イン・ザ・ピクチャー: 写真はその闇を語る』のスカイ・ボーグマン監督が製作した。
あらすじ
末日聖徒イエス・キリスト教会(LDS、モルモン教)を信仰していた両親のもとで育ったロリー・ヴァローは、とても信心深い少女だったという。
高校卒業後すぐに一度目の結婚をするが長く続かず、22歳で二度目の結婚をして長男コルビー・ライアンさんを出産。
しかし二番目の夫とも関係が悪化、その後3回目、4回目、5回目と離婚・再婚を繰り返す中で合計3人の子ども(養子1人含む)に恵まれた。
2人目の子どもを出産した後は、既婚女性向けのコンテスト“ミセス・テキサス”に出場、テレビ番組に出演することもあった。
結婚生活や子育てに悩み苦しみながらも愛を求め続け、そして信仰に救いを求め続けたロリーの人生の歯車はいつしか噛み合わなくなり、過激な終末思想に傾倒。遂には殺人罪で逮捕されてしまう。
ロリー・ヴァローの長男コルビー・ライアンさんや母親ジャニス・コックスさんらへの独占インタビューなどを中心に、事件を全3話にわたって掘り下げる。
見どころ
殺人事件を起こす犯罪者というと、誰もが同情するような過酷な生い立ちや生活環境を連想する人が多いと思う。
しかし本作のロリー・ヴァローの場合は、両親から愛情を注がれて育ち、心配してくれる兄や妹や息子もいた。
ロリー・ヴァローの父親が「敏感な子どもだった」と振り返っていることから、生まれつきの気質も少なからず影響しているのかもしれない。
長男コルビーさんが結婚した直後には、コルビーさんの妻に対して「神はあなたのことよりも私の方をずっと愛してる」と言い放つなど、とにかく負けず嫌いで支配欲と承認欲求にまみれた強烈な性格であることが伝わってくる。
2人目を出産した後に出場したミスコンならぬミセス・コンテストのスピーチでは「よき母親であることはとても重要ですが、よき妻、よき社会人、その他諸々を両立するのは簡単ではありません」と発言していた。
何か自己実現に悩み、アイデンティティー・クライシスのようなものを経験していたようだ。
しかし正直言ってロリー・ヴァローにはほとんど同情できない。
人生で辛いことがある度に、考えることや現実的で地道な努力をすることを放棄し、スピリチュアルや一発逆転の可能性に逃げてばかりいて、子どもを危険に晒した人間という印象しか持てなかった。
危険な終末思想に傾倒したのも長男の結婚直後のタイミングであり、しかも長男の妻に嫉妬して散々嫌がらせを連発していた、というのがまた……。
一方で、アメリカや日本のような民主主義国では、信教の自由が国民の権利として認められているのも事実。
特定の宗教を政府が弾圧してしまっては、どこぞの独裁国家と同じになってしまう。
そのためテロや大量殺人などの犯罪の疑いがある場合は、証拠を集めながらの慎重な対応が求められる。
(ちなみに日本では、平成8年1月30日の最高裁決定で、重大事件を起こした宗教法人への解散命令は「専ら宗教団体の世俗的側面だけを対象とし、その精神的・宗教的側面を対象外としているのであって、信者が宗教上の行為を行うことなどの信教の自由に介入しようとするものではない」として憲法第20条第1項(信教の自由)に違反しないとされた)
終末思想を信じることを国は禁止できないが、その危険性を周知させて自己防衛することは大切だろう。
参考:https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=55883
Netflix『母は殺人者になった -終末カルトが生んだ家族の悲劇-』
独占配信中
文/吉野潤子