『関ヶ原』『燃えよ剣』に続く、原田眞人監督×岡田准一主演コンビによる映画『ヘルドッグス』。正義を捨てた元警官が、ヤクザ組織イチのサイコ野郎とコンビを組んでのし上がっていくという〝潜入捜査モノ”。2時間18分を駆け抜ける、アクション映画を観る喜びがあふれる一本なのだ。
画面をびしっと締めるアクションスター、岡田准一
とにかくしびれた。
それが、映画『ヘルドッグス』を観た直後に浮かんだ言葉だった。それでいて、これ!という映画に出合ってしまった興奮はしばらくの間、冷めることがなかった。いったい、何にどうしびれたのか?
今回岡田准一が演じるのは、元警官の出月梧郎。かつて勤務中に起きた強盗殺人事件で愛する人を失い、何もできなかった悔恨の念からその魂は闇落ち。自ら犯人への復讐を決意する。一人またひとり、ついには首謀者を手にかけるも、警視庁組織犯罪対策部特別捜査隊の阿内に捕らわれ、指令が下される。
関東最大の広域暴力団、東鞘会(とうしょうかい)に潜入せよ――。
兼高昭吾と名乗り、東鞘会七代目会長の十朱が率いる精鋭部隊「ヘル・ドッグス」の一員に。メンバーのなかでもっとも凶暴で残虐なサイコパス、室岡秀喜とのコンビで組織を上り詰めていく…。
つまりこれは、過去に幾多の名作を生み出してきた〝潜入捜査モノ”。警官にとっては敵地のような、そもそも命ぎりぎりで生きるしかないヤクザ組織に身を置き、いつ身元がバレるのか? 極限的な緊張のなかであるミッションを遂行しようとする。スリリングな展開はもはや約束されたようなもの。しかもそのハラハラどきどきの軸となる主人公として岡田准一が存在する。その圧倒的説得力に冒頭から唸る。
カメラに背を向けて、岡田が立つ。その背中は、筋肉で丸く盛り上がっている。「セリフ回しがどう」とか「表情が…」とかいう以前に、観客はその背中の筋肉を凝視する。そのたった1カット、それがこの男のヤバさを語るに充分な画になる。これがいまの岡田准一という俳優の実力なのだろう。フィリピン武術「カリ」、ブルース・リーが開発した「ジークンドー」、初代タイガーマスクの佐山聡が創始した総合格闘技「USA修斗」に精通。真剣に習ってます!とかいうレベルではなく、インストラクターの認定を受けていて、これまでいくつかの映画でそうだったように、この映画でも格闘デザインを手掛けている。
そんな岡田だけに、画面に立つだけでずっしりとした重しのよう。彼がいるだけで、画にあってはならない空々しさが吹き飛ぶ。ときにそれを逆手にとり、大真面目な顔で超シリアスなトーンで、すっとぼけた笑いを生むシーンまであったりしてもはや緩急自在。
それでいてこの人のアクションはマジでスゴイ。まず、ちょっと信じらないくらいに速い。時代劇の殺陣でも、歌舞伎俳優のような型の美しさで見せるとか、ダンスのように流るようなリズムで見せるのとは全然違う。よくあるひとり対大勢みたいな、現実にはないだろう!みたいな無茶な殺陣も、彼がやると、これなら本当に成立するかもしれないと納得させられてしまう。動きは決して華麗というのではなく、むしろ武骨で派手さはないのだけれど、身のこなしの鋭さに目が離せない、みたいな殺陣になる。過去のどんな時代劇のスターとも違う、岡田にしか出来ない殺陣に。
そして今回、現代劇で彼ができることを、これでもか!とぶっこんでくる。素手はもちろん、ナイフや工具を使っても、ガンアクションも。ただ動きが本物であるだけでなく、どう動けば映像が活きるか?を考え抜いた動きになっている。例えば車のなかという狭い空間で、動きが制限されたなかでのアクションもすんごい見応え。そうしてデザインした動きを、実際にその役として動いてみせられる強味。まさにいま、アクションができる俳優として邦画界で圧倒的なトップに君臨している。
桁外れな濃厚キャラ続出
その相棒となる室岡秀喜に坂口健太郎というのは、多くの人にとっては意外な選択に思えるかもしれない。「MEN’S NON-NO」のモデル出身で、くしゃっとした無垢な笑顔は女子の大好物。ちょっと不器用でやさしい男の子とか、純粋過ぎる変わり者とかをやらせるとピタリとハマる。色白で線の細い美しい若者、みたいなイメージだろうか?
でもこの人を侮ってはいけない。学生時代はバレーボールをやっていたそうで、そもそも画面で見る印象より背が高く、肩幅回りはかなりがっしりしている。驚いたのは、連ドラ初主演作の劇場版だった『劇場版シグナル 長期未解決事件捜査班』でのアクション。「えっ、こんなに動けるの!?」という体のキレを見せ、アクション俳優としての可能性を堂々と示していた。
だからこそ、岡田の相棒に坂口という配役は、それ観たい!と思わせた。しかも彼が演じる室岡は「制御不能のサイコボーイ」とある。実は幼いころに虐待を受けて満腹中枢がイカレているという、ちょっと人間離れしたキャラクター。
そんな室岡を坂口は如何にもなサイコパス、ではないやり方で構築していく。ここぞというときのイっちゃった目、意識が不連続みたいなちょっと予測のつかない動き、そして岡田准一との共演でさらに引っ張られたはずのアクション。この人は、もっともっと先に行けるはず!――坂口がこの映画で、俳優として新たな領域へ足を踏み入れたのは確かだろう。
彼らを取り巻くのは、さらなる濃厚キャラたち。
東鞘会の若きトップである十朱に俳優としても周囲から際立つ存在感を示すMIYAVI、東鞘会の最高幹部の土岐に、奇妙な色気を漂わせながらヤバイ男にしか見えない安定感さえある北村一輝、その愛人の吉佐恵美裏に、こんな姉御の役までナチュラルに自分のものにしてしまう松岡茉優。そこに兼高が常連となって通う凄腕マッサージ師にして、潜入者への情報伝達係の衣笠典子に大竹しのぶが扮している。どんな役でも、必ず場をさらう見せ場をつくるベテランならではの味わいを加えつつ。
個人的にツボだったのは、東鞘会の会長秘書で〝クマ”こと熊沢伸雄役の吉原光夫。え、誰?とかいわないでほしい。顔を見ればピンとくる人も多いかもしれないが、2020年の朝ドラ『エール』で、無口な馬具職人を演じていたのがこの人。その後のNHKの特番「エールコンサート」で「イヨマンテの夜」を披露し、元劇団四季のミュージカル俳優という実力を見せつけた。186㎝の身長から繰り出す、マイクいらないよね?みたいな圧倒的な声量。この映画ではその大マジな歌声が活かされる。例えばアクションシーンに荘厳なオペラが流れ、その違和感を狙う演出があるが、この映画では吉原がカラオケで歌うシーン、その歌の圧倒的な歌唱が、その役回りを担っている。
原田眞人監督の演出はいつにも増して日本人離れしているよう。貧乏くささを感じさせず、とにかくゴージャスなエンタメ感が漂う。それでいて映像に死んだ瞬間がない。常にイキイキと動いていて、バチっとキマった画がセリフより何より、物語を語っていく。命ぎりぎりを生きる男たちのキケンな色気、修羅をのうのうと生き抜く女たちの凄味。人間ドラマは見る者の心に深く切り込み、アクションの切れ味は致命的に鋭い。気づけば2時間18分はあっという間。最初から最後まで、この映画にはゆるみというものがない。
果たしてこれは『その男、凶暴につき』『孤狼の血』等のヤクザ映画の進化形か、潜入捜査モノの新たな傑作だろうか?映画館で確かめることを全力でオススメする。
(作品データ)
『ヘルドッグス』
(配給:東映/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント)
●監督・脚本:原田眞人 ●原作:深町秋生「ヘルドッグス 地獄の犬たち」(角川文庫/KADOKAWA 刊) ●出演:岡田准一、坂口健太郎、松岡茉優、MIYAVI、北村一輝、大竹しのぶ ほか ●全国公開中
©2022「ヘルドッグス」製作委員会
文・浅見祥子