世界遺産を構成する建造物などには、歴史的・芸術的に高い価値が認められています。
そのため、世界遺産に含まれる物を壊す行為は、通常の物に比べて厳しく罰せられそうですが、法律上はどうなっているのでしょうか? また、国宝や重要文化財を壊した場合はどうなのでしょうか?
今回は、世界遺産・国宝・重要文化財を損壊した場合に、成立する犯罪や法定刑などをまとめました。
1. 通常の物・建造物を損壊する行為に成立し得る犯罪
世界遺産・国宝・重要文化財であるか否かにかかわらず、物や建造物を損壊する行為について、一般に成立し得る主な犯罪は以下のとおりです。
1-1. 器物損壊罪
他人の物を損壊した者は「器物損壊罪」により罰せられます(刑法261条)。
器物損壊罪の法定刑は「3年以下の懲役または30万円以下の罰金もしくは科料」です。
1-2. 建造物損壊罪
他人の建造物を損壊した者は、「建造物損壊罪」により罰せられます(刑法260条)。
建造物損壊罪の法定刑は「5年以下の懲役」です。
また、建造物損壊に伴って他人を傷害した場合は「15年以下の懲役」、死亡させた場合は「3年以上の有期懲役」に処されます。
1-3. 放火及び失火の罪
放火または失火によって建造物などを焼損させた者は、以下の罪により罰せられます。
①現住建造物等放火罪(刑法108条)
放火して、現に人が住居に使用し、または現に人がいる建造物・汽車・電車・艦船・炭坑(以下「建造物等」)を焼損した者には「現住建造物等放火罪」が成立し、「死刑または無期もしくは5年以上の懲役」が科されます。
②非現住建造物等放火罪(刑法109条)
放火して、現に人が住居に使用せず、かつ現に人がいない建造物等を焼損した者には「非現住建造物等放火罪」が成立し、「2年以上の有期懲役」が科されます。
ただし、当該建造物等が自己所有の場合は「6か月以上7年以下の懲役」が科されます。
また、公共の危険を生じなかった場合には不可罰となります。
③建造物等以外放火罪(刑法110条)
放火して、建造物等以外の物を焼損し、公共の危険を生じさせた者には「建造物等以外放火罪」が成立し、「1年以上10年以下の懲役」が科されます。
ただし、当該建造物等が自己所有の場合は「1年以下の懲役または10万円以下の罰金」が科されます。
④延焼罪(刑法111条)
自己所有の非現住建造物等または建造物等以外に放火して公共の危険を生じさせ、以下の物に延焼させた者には「延焼罪」が成立し、対応する刑罰が科されます。
(a)現住建造物等・他人所有の非現住建造物等
3か月以上10年以下の懲役
(b)他人所有の建造物等以外の物
3年以下の懲役
⑤失火罪・業務上失火罪(刑法116条、117条の2)
失火により、現住建造物等または他人所有の非現住建造物等を焼損した者には「失火罪」が成立し、「50万円以下」の罰金が科されます。
失火によって自己所有の非現住建造物等、または他人所有・自己所有の建造物等以外を焼損して公共の危険を生じさせた者も、同様に失火罪によって罰せられます。
また、失火が業務上必要な注意を怠ったこと、または重大な過失による場合には「業務上失火等罪」が成立し、「3年以下の禁錮または150万円以下の罰金」が科されます。
⑥激発物破裂罪(刑法117条)
火薬・ボイラーその他の激発物を破裂させる行為については、放火・失火の例によって処罰されます。
2. 世界遺産・国宝・重要文化財を損壊した場合、特別の罰則規定はあるのか?
国宝・重要文化財の損壊については、上記の各犯罪のほか、文化財保護法に特別の罰則規定が設けられています。
これに対して、世界遺産の損壊については、特別の罰則規定は設けられていません。ただし、世界遺産の構成物の中には、国宝または重要文化財の指定も受けているものがあることに注意が必要です。
2-1. 国宝・重要文化財の損壊は文化財保護法違反に当たる
文化財保護法195条により、重要文化財を損壊・毀棄・隠匿する行為は犯罪に当たり、以下の刑に処されます。
①重要文化財が他人所有の場合
5年以下の懲役もしくは禁錮または100万円以下の罰金
②重要文化財が自己所有の場合
2年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金
国宝の損壊・毀棄・隠匿についても、文化財保護法違反として上記の刑が科されます(同法2条2項)。
2-2. 世界遺産の損壊に特別の罰則規定はない
世界遺産の損壊については、日本の法律上、特別の罰則規定は設けられていません。
ただし、世界遺産を構成する物の中には、文部科学大臣により国宝または重要文化財の指定を受けているものがあります。その場合は、物の損壊に関する刑法上の罰則規定に加えて、文化財保護法に基づく罰則規定が併せて適用されます。
これに対して、国宝または重要文化財に指定されていない世界遺産の構成物を損壊した者に対しては、通常の物と同じく、刑法上の罰則規定のみが適用されることになります。
取材・文/阿部由羅(弁護士)
ゆら総合法律事務所・代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。ベンチャー企業のサポート・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。東京大学法学部卒業・東京大学法科大学院修了。趣味はオセロ(全国大会優勝経験あり)、囲碁、将棋。
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