少し前を歩いていた若いビジネスマンが突然立ち止まった。路上で立ちすくむ彼は手にしたスマホの画面を食い入るように見つめていたのだった――。
街中でもスマホから目が離せない人々
日本人メジャーリーガーのホームランがすぐにネットニュースに表示される時代を迎えているのは単純にすごいことだ。世界中で行われている注目度の高い競技種目の試合の展開は、今やほぼリアルタイムで知ることができるのだ。
所用を終えて飯田橋界隈にいた。夜9時になろうとしている。あとは地下鉄に乗って帰るだけだが、もう今日は何の作業もしないつもりなので、久しぶりに「ちょっと一杯」にしてみてもいいのだろう。駅前を九段下方面に進む。
そういえば今日の昼、街で歩きスマホをしている人が前方にいたのだが、急に立ち止まってそれまで以上にスマホの画面に目が釘付けになっていたのだ。そこまでして注目する情報があるのかとも思ったのだが、今思えばスポーツの試合の実況をチェックしていたのかもしれない。
スポーツの試合が気になって仕方がないという気持ちはじゅうぶん理解できるが、仕事中や移動中でもまめにチェックしてしまうようなら少し考えものだろう。できてしまうからしてしまうのだという言い訳はなんだか幼稚でお粗末なもののようにも思えてくる。
それにしても考えてみればすごい時代になったもので、少し前までは海外のスポーツの試合はオリンピックやサッカーW杯などを除けば録画したものを地上波で放送することが多く、そうなると逆に試合結果を知らないでいたほうが録画中継を面白く見られるという、屈折した(!?)視聴スタイルがあったりもした。
かつて某民放の深夜帯で放映していたF-1のレースなどはその最たるもので、ネットで迂闊に結果を知ることがないように留意して観戦していたことが思い出されてくる。
それで思い出したのだが、かつてF-1の放送を行っていた某テレビ局のお台場に移ったばかりの本社では試写室でF-1の生中継を(確か当時は日本で唯一)流していて、関係者の中にはこの生中継を見ながらレースの模様をテキストによる実況でネットにアップしている人もいた。今にして思えばなかなか牧歌的な時代であった。
“ニュース中毒”は健康問題にまで発展する
高架線路の下を抜けて信号を待つ。信号を渡って右に行ったところに立ち飲みの店があったはずだ。信号が青になったら向かってみることにしよう。
一緒に信号待ちをしている人の半数以上は手にしたスマホの画面に目を落としている。やはりニュースが気になるのだろうか。
いつでもニュースがチェックできるからといって、四六時中スマホを眺めているというのはどう考えてもやり過ぎに思えるがどうなのだろうか。スマホでそれができてしまうから、ついついしてしまうという面もあるのだろうが、目や脳などにあまりよくないことのようにも思えてくる。
最新の研究でも常にニュースをチェックしたいという強迫的な衝動は、メンタルヘルスの低下だけでなく、身体的健康にも悪影響を及ぼしていることが報告されている。ニュース漬けの生活は、メンタルだけでなくフィジカルの健康も損なうというのだ。
この研究は、問題のあるニュース消費の概念を導入および説明することにより、問題のあるメディアの行動に関する文献に追加されます。
米国の成人の全国サンプルからの調査データを使用して、問題のあるニュース消費指標の要因構造、予想される要因から派生した潜在クラスの存在、および新興クラス全体の精神的および身体的健康の違いを調べます。
結果は提案された因子構造と、問題のあるニュース消費の深刻度に応じて階層化されているように見える4つの潜在クラスの存在をサポートしていることを示しています。
結果はまた、人口統計、性格特性、および全体的なニュースの利用を制御した後でも、問題のあるニュース消費のレベルが高い人々は、レベルが低い人々と比較して、精神的および身体的な不調が大きいことを示しています。
※「Taylor & Francis Online」より引用
米・テキサス工科大学の研究チームが2022年8月に「Health Communication」で発表した研究では、常にニュースをチェックしていたいと考えて実際にそのように行動している人は、ストレスや不安といったメンタル面での不調に加えて、身体的不健康にも悩まされていることを報告している。
研究チームは成人のアメリカ人を対象としたオンライン調査のデータを参照し、どのくらいニュースをチェックしたくなる衝動を抱えているかに加え、ストレスや不安を感じる頻度や、疲労、肉体的苦痛、集中力の低下、胃腸の問題などの身体的な症状を経験した頻度についての質問への回答データを収集した。
データを分析した結果、調査対象者の16.5%が深刻な「ニュース中毒」であることが明らかになったのだ。そのような人は頻繁にニュース記事に没頭し、ニュース記事が起床時の思考を支配し、家族や友人と共有する時間を台無しにし、学業や仕事に集中することを困難にし、落ち着きのなさと不眠の原因となっていたのである。そして精神的な不調に加えて身体面でも健康を害していたのだ。
アメリカ人の16.5%がニュース中毒であったというこのショッキングな結果を受けて研究チームは、適切で効果的なメディアリテラシーの向上キャンペーンを通じて、ニュース中毒の危険性についての意識を高めると共に、介入戦略の開発に繋げることを提唱している。ニュース中毒は今や健康問題にまで発展しているのだ。
立ち飲み屋で数年ぶりにミズダコの刺身を賞味
信号が青に変わる。横断頬道を渡り切ってから歩道を右折する。ブリテッシュパブに続く某中華チェーンの先にある雑居ビルの1階に立ち飲み屋がある。入ることにしよう。
店内はなかなかの賑わいだ。それでも一人客はやや少なくカウンター席はわりと空いている。店の奥の方の席に着き、酎ハイを注文した。
各席に用意してあるメモ書きに本日のおすすめメニューの「ミスダコ刺身」と「なすしょうが」を記入して酎ハイが届けられたタイミングでお店の人に渡した。
この店に入ったのは今日で3回目くらいだと思うが、各地にあるこの立ち飲みチェーンにはわりとよく訪れている。最近では大塚にある店や、新宿の思い出横丁にある店などを訪れた。
一番最初にこの店に来たのは板橋区・大山にある店で、創業者の会社が運営していた時代だった。赤羽の有名な老舗立ち飲み店をリスペクトした内装とオペレーションで、財布に優しくしかもフラっと入りやすいお店で近くに来た時はついつい寄ってしまう店となった。
残念ながらコロナ禍で休業していた時期もあったが、行動制限がなくなった今、ようやくいろんなお店に行けるというものである。
肴がやってきた。ミズダコを食べるなんて何年ぶりだろうか。さっそくいただこう。その名の通り見た目は水っぽいがそれなりに歯応えがあって美味しい。
今日は一人客よりも二人連れのお客のほうが多いようだが、自分以外の一人客は例外なくスマホを眺めながら飲んでいる。いわゆる“スマホ飲み”だ。
もちろん自由な時間をどのように過ごしてもいいのだが、個人的にはお酒を飲むときくらいはスクリーン画面はあまり見たくないものである。店の奥の壁に架かっている液晶テレビを時々眺めるくらいでじゅうぶんだ。
携帯電話やスマホがない時代にどうやって人と落ち合っていたのかふと思うこともあるが、その時代のことを思い返してみれば特に問題はなかったように思える。ニュースにしたってテレビやラジオ、新聞で耳目にするもので特に情報不足を感じることもなかった。
もちろん速報系のニュースはすぐには知ることができなかったりもした。地下鉄サリン事件の日は何も知らずに朝に電車に乗って直行の用事を済ませてから午後に会社に着いて初めて知ったし、阪神・淡路大震災も知ったのは昼がだいぶ過ぎてからのことであった。
しかし911の事件は夜に部屋のテレビでニュースを見ていた時だったので、ニュース速報に続く緊急特番に釘付けになり、その日はかなり遅くまでテレビを見ていたことを思い出す。しかしもしその夜は早めに就寝してしまっていて翌日に知ったとしても、当然だが個人的に何ら不都合はなかっただろう。
なすしょうがも質素で美味しい。決して政府関係者や報道関係者ではない一般人ならある程度“情弱”でいたほうが、心身のためにもいいといえるのかもしれない。世の中の最新情報はいったん脇に置いておいて、ここでもう少しばかり過ごすことにしたい。2杯目は最近よく目にするウイスキーハイボールを頂くとしようか…。
文/仲田しんじ