
言葉のイメージが悪いために、『内部留保』が多い企業を投資先から除外している人もいるでしょう。しかし、内部留保は企業にとって重要な役割を果たしているものでもあります。内部留保の正しい意味や問題視される理由を知れば、投資先を選ぶヒントを得られるはずです。
内部留保とは?
『内部留保』は企業の最終的な利益のうち、株主への配当金とせずに保有している積み立て金のようなものです。会計上の用語や利用の目的を押さえておきましょう。
会計用語でいう「利益剰余金」
賃借対照表において内部留保を表す項目に使用されるのは、『利益剰余金』です。内部留保は会計用語ではないため、上場企業の賃借対照表に記載する言葉として使われません。
賃借対照表は、決算日における企業のそれまでの利益・負債・純資産などをまとめた表です。利益剰余金は自己資本を表す『純資産』に区分され、現金や定期預金・普通預金などの他、企業が保有する設備や土地・有価証券の含み益なども該当します。
企業の利益のうち社内に蓄えられる部分
内部留保に該当するのは、会社の『当期純利益』のうち、株主への配当金に回されない部分です。当期純利益は企業収益から費用・税金を差し引いたもので、その企業の最終的な利益を指しています。
ただ、当期純利益として計上される有価証券の含み益・減価償却費・売掛金などは実際に確定していない目安額であり、内部留保と実際の資金とは完全に一致しません。利益が出なかったときに備えて、配当金ではなく内部留保に回す分を確保する側面があります。
資金難に備える役割も
内部留保は企業にとって貯金のような役割を果たしており、資金調達の源でもあります。実際、新型コロナウイルスの感染拡大で業績が悪化しても、内部留保があったために資金繰りに苦しまずに済んだ企業は少なくありませんでした。
また、内部留保は他企業の買収や設備投資にも使われるため、企業を発展させる上でも重要な役割を果たしています。企業が設立されてから現在までに蓄積された利益ともいえるため、投資家にとって長期的に安定した収益が見込めるのかを判断する指標にもなるでしょう。
日本の内部留保における現状と税金
内部留保と聞くと、大企業をイメージする人は多いのではないでしょうか。日本の内部留保をめぐる現状と、内部留保にかかる税金とその対象について解説します。
中小企業の方が内部留保率は高い傾向
当期純利益のうち内部留保の占める割合を表す『内部保有率』は、大企業よりも中小企業の方が高い傾向にあります。
下の表は財務省のデータを基に、2018年の製造業・非製造業における内部留保率を資本金の額ごとに整理したものです。
資本金の額 | 製造業の内部留保率 | 非製造業の内部留保率 |
1,000万円未満 | 98% | 98% |
1,000万円~1億円未満 | 88.3% | 75.4% |
1~10億円 | 32.4% | 51.2% |
10億円以上 | 49.8% | 52.7% |
資本金が1,000万円未満の企業における内部留保率は、製造業・非製造業共に98%です。1,000万円~1億円の企業は1,000万円未満の企業ほどではないものの、製造業が88.3%で非製造業が75.4%と比較的高いことが分かります。
参考:内部留保率|財務省
一部の法人には「内部留保金課税」が適用される
『特定同族会社』に該当する法人が内部留保した利益に対しては『内部留保金課税』が適用されます。課税対象となる留保金額に対して、特別税率(10~20%)が課される仕組みです。
<基本式>
- 課税留保金額={留保所得金額-配当・法人税等の金額}-留保控除額
- 課税留保金額に対する税額=課税留保金額×特別税率(10~20%)
端数の扱いや留保所得金額がマイナスの場合の計算式は、国税庁の案内を確認しましょう。
ただ、資本金が1億円以下であれば、特定同族会社であっても留保金に税金は課されません。中小企業の内部留保率が高い背景には、留保金課税が関係していると考えられます。
参考:
中小企業庁:「上手に使おう中小企業税制 48問48答」問3
特定同族会社の特別税率|国税庁
第2款 留保金額の計算|国税庁
特定同族会社の判定とは
特定同族会社か否かを判断する基準は以下の通りです。
条件(全て当てはまる必要あり) | |
発行済株式の所有割合 | 同族会社全体のうち、株主グループ(株式の大きいものから第1~3順位まで)の持株が総数に対して50%を超える |
被支配会社かどうか | 同族会社全体のうち、発行済株式の50%超を1株主グループが保有している |
当期末の出資金の額 |
当期末の資本金または出資金の額が1億円以上 |
(出資金が1億円以下の場合)当てはまるものがあるかどうか
|
|
株主グループは『3人以下の株主と政令で定める特殊の関係のある個人及び法人の組み合わせ』を一つと数えます。また、被支配者会社の中に『被支配会社でない法人』が含まれる場合には、株主等から除外して判定する仕組みです。
参考:
特定同族会社|国税庁
役員の範囲|国税庁
同族会社|国税庁
内部留保の増加が問題視される理由
企業における内部留保の増加が、問題視されているのも事実です。内部留保を悪いものと捉える背景には、主に二つの考えがあります。
「内部留保が現金である」という誤解
内部留保の増加を悪く捉える人の多くは、内部留保を現金またはすぐに引き出せる預金だと考えています。しかし、内部留保には再投資した金額も含まれるため、現金や預金の残高として会社に残っているわけではありません。
現金や預金として手元に内部留保を残し、投資家の利益を考えていないという批判も見られます。しかし、実際は設備に投資してさらなる利益を追求している企業も多いのです。
内部留保から設備にかける費用を捻出し、さらに売上を伸ばす企業は多くあります。内部留保(利益剰余金)が2億円だとしても、例えば設備投資に1億5,000万円をかけると企業に残るのは5,000万円だけです。
企業が利益を上げられれば、投資している株主が将来的に得られる利益は増えるでしょう。内部留保の多さは投資家の利益と、必ずしも相反しないのです。
日本経済の停滞を心配する声も
内部留保を増やす企業に悪いイメージを持つ背景には、日本経済が停滞することへの不安もあります。
内部留保が多い企業が従業員に還元しないと消費活動につながらず、経済が回らなくなる恐れがあるのも事実です。日本では税金・物価が上昇しているのに対し、民間企業が支払った給与総額は10年以上も伸び悩んでいます。
利益を内部留保に多く回す企業に対して、「会社に利益を蓄積するのなら従業員に還元するべきだ」という声が上がるのは自然でしょう。
内部留保率は長期的な収益力を測る指標になり得ますが、投資に当たっては自身の価値観も投資先を選ぶ重要な基準です。企業の方針に納得できるかどうかも考慮して、投資を検討する必要があります。
文/編集部