家庭は、本来子どもにとって安全基地でなければならないはずの場所だ。しかし一部の子どもにとっては、危険な場所でしかない。
他人の目が届きにくい家庭の中で、子どもが自分の身を親から守る方法は、非常に限られている。
2022年8月9日よりNetflixで独占配信中の『今、父を殺しました -ある虐待少年の叫び-』は、アメリカで製作されたドキュメンタリー。
監督は『白昼の誘拐劇』のスカイ・ボーグマン。
あらすじ
2019年6月3日。アメリカの閑静な住宅街に住んでいた17歳の少年アンソニー・テンプレットは、実父バートを銃で殺害後に自ら警察に通報、逮捕された。
アンソニーには継母がいたが、事件の半年前から別居しており、事件当時はアンソニーと父親の二人暮らしだった。
警察の捜査と裁判によって明らかになったのは、アンソニーの過酷な生い立ち、そして数世代にわたる虐待の連鎖。
なぜアンソニーは、殺人事件を起こすまで追い詰められたのか。
どこにも逃げ場はなかったのか。誰からも救いの手は差し伸べられなかったのか。
本作では、アンソニー本人とその家族、警察、検察、弁護士、その他専門家らへの独占インタビューを中心に事件の背景を掘り下げている。
見どころ
「もの静かで行儀のいい若者」「感情が分かりにくい」
これが、第三者から見たアンソニーの印象だ。
事件当時、現場である家の中にいたのはアンソニーと父親の2人だけ。
密室の中、実際にどのような経緯で父親が殺害されたのかを知るのは、加害者であるアンソニーのみ。
本当に強い殺意がアンソニーにはあったのか、それとも自分の命を父親から守るためにやむを得ず発砲した“正当防衛”だったのか。
限られた証拠から専門家が推測するしかないのだが、アンソニー本人は事件後のインタビューの中でも改めて殺意を否定している。
暴力的で感情をコントロールできない父親から長年にわたって精神的・肉体的に虐待されてきたアンソニーにとって、事件は2019年6月3日だけに起こったものではないのだろう。
そして実はこの事件の背景には、“実子誘拐”という衝撃的な事実があったことも明らかになる。
学校に通わせてもらえず、母親の名前も顔も知らず、父親によって何台もの防犯カメラやGPSで常に監視されていたアンソニー。
息子に対する異常なまでの執着心と独占欲は、“子の幸せを第一に願う”本物の愛情とは明らかに異なる。
アンソニーが「子ども時代を父に盗まれた気がする」と心情を吐露する場面は、淡々とした口調だけに余計に痛々しく感じられた。
Netflixシリーズ『今、父を殺しました -ある虐待少年の叫び-』
独占配信中
文/吉野潤子