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【深層心理の謎】高すぎる野心的な目標はその後の人生にマイナスの影響を与える?

2022.08.18

 子どもの頃に漠然と抱いていた“なりたい自分”に今、なれているのだろうか。いや、どう考えてもなれてなどいない。まったく残念なことではあるが、もはやこの歳にもなれば何を言ってもはじまらない話でもある。

“なりたい自分”を思い出しながら夜の沼袋を歩く

 ネットのニュースで、あるタレントがレギュラー出演していたテレビの情報番組から“卒業”するというのがあった。その番組はほとんど見たことはないので自分からは遠すぎる話題なのだが、“卒業”という表現がやや気にはなる。

 何らかのグループのメンバーを離脱する場合でも“卒業”が使われたりもするが、個人的には何だか腑に落ちないワーディングだ。だったらそこは学校だったのか? という疑問は当然浮かぶだろう。

 西武新宿線に乗る機会があり、帰路に沼袋駅で降りてみた。ここに来るのはかなり久しぶりで、たぶん3年ぶりくらいだ。

※筆者撮影

 夜8時を過ぎたところで「ちょっと一杯」にはちょうどいい時間だ。よさそうな店があれば入ってみたい。北口を出て正面に伸びる商店街を進む。

“卒業”で思い出すことの1つは小学生時代の卒業文集で、「将来の夢」に自分は確か「F-1レーサー」と書いていたのだった。

 小学生の頃に思っていた将来の“なりたい自分”とは程遠い自分が今ここにいるわけであり、小学生の自分が見れば残念に思うだろうが、当然だが今の自分にとっては何をかいわんやという話ではある。

 通りを進み、いくつかよさそうなお店の前を通るのだが、中から常連さんらしきお客の話し声が聞こえてきたりして、一見の者にはハードルが高いと言わざるを得ない。それは仕方のないことだ。もう少し辺りを歩いてみよう。

 …そもそも子どもの頃はその時々でいろんな“なりたい自分”があった。レーサーのほかにも陸上競技でオリンピックに出ている自分を夢想していた時もあれば、“スポ根”マンガに触発されてプロボクサーになりたいと思ったり、もう少し現実的な職業としては自分で船を持つ漁師になりたいと思っていた時期もあった。

 いずれにしてもそうした夢は人生の早い時点で潰えることになったわけであり、現実の人生の中で浮ついた考えを一度払拭することを余儀なくされたのだが、そうして現実を突き付けられるのは残念というよりも寂しい体験ではあった。

 レーサーにもオリンピック選手にも、プロボクサーにも漁師にもなれないことが決まった人生をその後歩むことになったのだが、仕事の忙しさがその寂しさを紛らわせてくれたのは救いであったのかもしれない。

高すぎる野心的な目標に問題があるのはなぜか

 店を見つけながら歩くも、一見でも入りやすいそうな感じのお店がなく、歩いているうちに界隈をコの字型にぐるっと半周した格好になり、線路の踏切にやってきてしまった。遮断器のバーがちょうど閉じてしまったところだ。線路を渡った先にもそれなりにお店はありそうだ。踏切を待って南口側へ行ってみよう。

※筆者撮影

 F-1レーサーになれないことが100%確定した後も、人は生きていかなくてはならない。最新の研究では、幼い頃に大きな目標を掲げるのは人生を成功に導く動機にはなるのだが、非現実的な大きすぎる願望は、それが達成できないことで成人期以降の生活の満足度にマイナスの影響を与える可能性があることを示唆している。確かにF-1レーサーというのは非現実的な大きすぎる願望であったのだろう。


 若年成人の願望においても世代間の流動性の制約があります。

 親の願望は子どもの願望の重要な決定要因です。

 能力や家族の背景に加えて、願望はその後の業績を予測します。

 50歳までに初期の願望が達成しそれを超えていくことで人生の満足度が向上します。

 男性は33歳までに自分の願望が達成されない場合、人生の満足度が低くなります。

※「ScienceDirect」より引用


 スペインのマドリード・カルロス3世大学とスイスのバーゼル大学の研究チームが2022年7月に「European Economic Review」で発表した研究は、イギリスの大規模なコホート研究データを用いて願望と成果の間のリンクを分析し、満たされていない願望が人生の満足度に及ぼす影響を調査した興味深い研究になっている。

 研究チームは1958年の同じ週に生まれたイギリス人1万7000人以上の人々の生活を追跡し、各個人の子ども時代の環境、両親の職業および経済的背景、各能力、若い頃に希望していた職業、成人後の幸福に関する情報を収集した。そしてそれらのデータから、幼少期と10代に抱いていた将来の願望がその後の人生にどのように影響するかを調査したのである。

 分析の結果、10代の頃に抱いていた教育とキャリアへの願望が、認知スキルの獲得と共に、その後の教育とキャリアにおける成功を予測する最も重要な要因の1つであることが浮き彫りとなった。つまり野心的なキャリア目標が、将来に向けた多くの投資を行う動機となり、結果的に成功に繋がることが示されたのだ。

 研究ではほかにも重要な知見がいくつか得られた。

 親の我が子の将来にかける願望は、子どもの願望と願望達成に大きな影響を及ぼしていることもわかった。弊害があるケースもあるが、親が我が子に期待して教育費をかければ、子どもも高い志を持って将来的にキャリアの成功を収める可能性が高まるのだ。逆に親があまり子どもに期待していなければ、たいていの子どもは高い志を持つことはないという。この現象は社会的流動性に制約を加え、格差を固定する要因になっているということだ。

 そして高すぎる野心的な目標も問題をはらんでいて、若い頃に望んでいた“なりたい自分”になれなかった場合、成人期初期(33歳以降)の人生の満足度にマイナスの影響があることもまた示された。

 しかしこのマイナスの影響は時間の経過と共に薄れ、50歳前後になった今の自分が、若い時に思い描いていた50歳の自分以上の存在であると思えた時、人生の満足度が向上し、健康状態にもプラスの影響を及ぼしているという。

 幼いころの夢が50歳以降の人生にも関わってくるのだとすれば、今からでも漁師の道に進んでみてもいいのだろうか。もちろん冗談ではあるが……。

駅前の大衆居酒屋で焼酎を飲みやきとんを頬張る

 電車が通り過ぎ遮断機のバーが上がる。前方から来る人々とすれ違いながら踏切を渡り駅の南口側に足を踏み入れる。

※筆者撮影

 すぐ先に牛丼チェーン店の看板が見えるが、右の線路沿いの路地にも飲食店がいくつか並んでいる。角のすぐのところにはローカルチェーンのやきとん居酒屋がある。もういい時間だし、これ以上街を歩いてもきりがない。あまり憶えていないのだが、たぶんこの店には6、7年前くらいに1度来たことがあったはずだ。今宵はここで「ちょっと一杯」にすることにしようか。

 店内はなかなかのお客の入りで、そのほとんどが若者だ。そういえば最近、大衆居酒屋でワイシャツ姿の中年ビジネスマンの姿を見かけることが減ってきたように思う。まだまだ予断を許さないコロナ禍の中で、会社からのお達しなどもあって大っぴらに外では飲めないのかもしれない。

 お店の人に奥のカウンターに促されて席に着く。デーブル席は満席に近い感じだが、カウンター席のほうはわりと空いていてこれならゆっくり飲めそうだ。この店に来ると必ず頼むハイボールと焼酎梅割りをお店の人にお願いした。2人の店員さんで切り盛りしているようでとにかく忙しそうだ。

 お酒が届いたタイミングで焼き物をいろいろ計6本と、箸休め的なメニューをいくつか注文する。どれも個人的な定番メニューだ。

 身を乗り出して梅割り焼酎のコップに口を着けて少し啜る。コップを動かそうとすればほぼ確実に焼酎が周囲にこぼれてしまうので、最初はこうしなければならない。ともあれ今宵もこうしてお酒にありつけてなりよりだ。

 この店は入りやすい感じではあるが、沼袋は他所から遊びに来るような街ではないので、特に個人店の飲食店は常連さんで成り立っているお店が多そうなことは容易に想像できる。となれば必然的にこの地域と共に生きていくというライススタイルの人も少なくないのだろう。

※筆者撮影

 やきとん各種がやってきた。焼きたてのうちにどんどん食べていきたい。タン焼きは歯応えがあって脂っぽくないので好きな部位だ。相変わらず美味しい。

 ……たとえばこの場所で生まれたとして、親が飲食店などの自営業をやっていたとすれば、当然ながらその跡を継ぐなり事業拡大の一員になるなどして地元で生きていくという選択肢も大いにあり得ることになる。しかしその時、“なりたい自分”はどこへ行ってしまうのだろうか。

 もちろんそれが“なりたい自分”と一致していれば何も言うことはないのだが、はたしてそううまくいくものなのか。

 幸か不幸か(!?)、家業というものがなかった自分にはなかなか実感できない話ではあるが、たとえば漁師の家に生まれていたならどんな人生を歩むことになったのか想像を巡らせてみても楽しそうではある。とはいえ具体的に漁師の生活がどんなものなのか、身をもって知らない者には一定以上は想像が膨らんでこない。

 残念ながら漁師にもF-1レーサーにもなれなかったわけだが、ひと仕事を終えた夜にこうして酒場で酒を飲みやきとんを頬ばっている自分が、小学生の自分の目にはどう映るのだろうか。何か哀しいことでもあったのかと思われそうでもあるが、当人はけっこう楽しいことを小学生の自分に理解しろといってもまぁ無理な話ではある。

文/仲田しんじ

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