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【深層心理の謎】何もせずボーッとする時間を過小評価している人が多い理由

2022.08.11

 おやっ、と思い視線を戻して確認してしまった。しかしあまり見つめるのは失礼だ。ともあれ何もしないで椅子に座っている人を見るのは本当に久しぶりのことだ。

街歩きの最中に“ぼーっと”している人を見かける

 さっき知り合いから連絡があり、これから2泊3日で京都へ旅に行くことを伝えられた。つまり彼が言いたいことは、その期間中には急な要件には応じられない可能性が高いということだ。一応の報告ということになるが、その心配はまずないだろう。せいぜい旅を楽しんできてほしいものだ。

 西武池袋線・東長崎駅界隈に来ていた。夜8時になろうとしている。今日は時折小雨が降る傘が手放せない1日だったが、今は傘をささなくて済む。ならばどこかで「ちょっと一杯」もいいだろう。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 今連絡をくれた彼は公私共に何かにつけて忙しい人物で、傍から見ているときっと日々のスケジュールはほぼ埋まっていそうである。仕事も忙しそうでつき合いの酒席が多いのはもちろん、時間が空いた時にはジムに行って汗を流し、贔屓のプロ野球チームを応援するために球場へ頻繁に足を運び、休日は早朝からゴルフと、いったいいつ休んでいるのかと思うほどだ。コロナ禍で最近は海外には行っていないようだが、今回のように旅行に行くことも多い。

 自然にそんなスケジュールになるはずもなく、意図的にスケジュールを詰め込んでいるのは明らかで、要するに忙しくしているのが好きな人なのである。時折羨ましく思うこともあったりするが、とてもじゃないが自分にはそんな生活はできない。まぁ残念なことにお金も面からもそんな生活は難しそうではあるが…。

 駅前を歩く。南口の真ん前には某ハンバーガーチェーン店があるのだが、その店の前のテラス席に1人の女性の姿があった。何のことはない街の風景の1コマではあるのだが、少しばかりおやっ、と思わされた。テラス席に座っているその女性はスマホを見ているわけでもなければ、読書をしているわけでもなく“ぼーっと”していたのだ。思わず二度見してしまったのだが、あまり見るのも失礼であるしすぐに視線を外し前を向いて歩いた。

 電車やバスの中などでは仮眠を決め込む人も一定数いるが、1人でいる人の大多数は手元のスマホに視線を落としているのはご存知の通りだ。今や文庫本や新聞を読んでいる人のほうが珍しい存在ともいえる。

 ましてや視線を宙に漂わせて“ぼーっと”している人を見かけるのは川で砂金を見つけるようなものかもしれない。だが今まさにそんな人を見かけてしまったことになる。そういう人を見かけるのは本当に久しぶりのことだ。

我々は“ぼーっと”する時間を過小評価していた

 駅前から続く「長崎銀座」の商店街を進む。そういえば半年ほど前にこの先にある店で飲んだことが思い出されてくる。その店でもいいのだが、よさそうな店があれば新規開拓してみたい。そしてグラスを傾けながら、自分もさっきの女性のように少しばかりの時間“ぼーっと”してみたいものだ。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 電車やバスだけでなく、今や飲食店でも1人客の“スマホ食い”や“スマホ飲み”が普通のことになってしまっている。そのせわしなさは、常にスケジュールを埋めている人に通じるものがあるようにも思えてくる。人々はどうしてそれほどまでに“素”に戻ることを嫌っているのか。

 外で食べたり飲んだりする時、自分としては特に何もせずにとりとめのない考えを巡らせることも楽しみの1つだと思っている。部屋を出て別の場所に身を置いているからこそ、むしろ“ぼーっと”しやすいともいえる。

 さっきの女性のように“ぼーっと”することの楽しさをぜひ共有したいものだが、最新の研究でも気を散らすことなく自分の考えを巡らせて過ごす時間の楽しさを、多くの人々が過小評価していることが指摘されていて興味深い。


 外部からの刺激なしに内部の思考に従事する能力は、人間のユニークな特徴です。現在の研究では人々がこの「ただ考える」プロセスを楽しむ能力をメタ認知的に過小評価しているという仮説を検証しました。

 6つの実験を通じて、待機中のタスクに対する参加者の予測される楽しみと関与は、実際に経験したものよりも大幅に少ないことが一貫してわかりました。

 この思考の過小評価により、参加者は統計的に異ならない経験にもかかわらず、代替タスク(インターネット上のニュースのチェック)を優先して待機タスクを積極的に回避するようになりました。

 これらの結果は、思考だけがどれほど魅力的であるかを正確に理解することの本質的な難しさを示唆しており、人々が日常生活の中で熟考や想像力を発揮するのではなく、忙しくしていることを好む理由を説明できます。

※「APA PsycNet」より引用


 京都大学の研究チームが2022年7月に「Journal of Experimental Psychology」で発表した研究では、実験を通じて人々は何もせずに考えを巡らせる時間を過小評価していることを報告している。実際に何もない部屋の中で“ぼーっと”してみれば、思っていたよりも楽しい体験であることを実感できるというのである。

 合計259人の大学生が参加した6つの実験の1つでは、何もない部屋の中で20分間、1人で黙って座って何かを考えてみることが課され、その後にこの体験がどれほど楽しいものであったのかを報告した。

 収集したデータを分析した結果、1人で考えながら過ごす時間を予想よりもはるかに楽しんでいることが浮き彫りになったのだ。これは視覚的刺激のない小さな暗いテントの中で過ごした場合でも、時間を3分から20分の間で変えた場合や、タスクの途中での報告においても同様であった。

 このように1人で“ぼーっと”することは、実際にやってみると思ったよりも楽しい体験に感じられることがわかったのだが、問題なのはそれが過小評価されていることで、“ぼーっと”するか、あるいはスマホでニュースをチェックするのかを選ぶことができた場合、多くはニュースをチェックするほうを選ぶのだ。やはり手元にスマホがあった場合、ついつい見てしまうということになる。

 したがって決して過小評価することなく、日常生活の中で訪れる何もしない時間をぜひ楽しみたいものである。

ホッピーとやきとんで“ぼーっと”してみたい

 商店街を進む。左側は信用金庫に続いてパチスロ店が並んでいる。右側には中華料理店に続き洋食店、弁当店があり、その先にやきとん居酒屋がある。この店の存在は知っていたが、そういえばこれまで入ったことがなかった。この機会に入ってみてもいいだろう。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 店内はけっこう広い。先客は2、3人のグループ客が4組ほどだろうか。お店の人にカウンターに案内されて席に着く。ひとまずホッピー(白)のセットをお願いした。

 すぐに届けられたホッピーを自分で割り、マドラーで少しかき混ぜてからひと口飲む。ほっとひと息つける瞬間だ。さっそく無為な時間を楽しみたいところだが、何を注文するか早く決めなければならない。

 店内の貼り紙にあったおすすめメニューの「トマトとガリのマリネ」に、やきとんをいろいろ計5本注文した。後でもう1、2品頼むことにしたい。カップル客が入ってきて、自分の背後のテーブル席に案内されたようだった。

 先にマリネがやってきた。見た目通りさっぱりしていて美味しい。この時期には相応しいメニューだ。それはそうと、もはや“ぼーっと”してもいい頃合いだ。気分を一段階、リラックスさせてみたい。

 背後から聞こえてくる会話は、意外なことにサウナの話題だった。2人ともサウナ好きなのだろうか。カップルの話題としては珍しいようにも思える。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 やきとんがやってきた。どれも美味しそうである。1本あたりの価格はかなり安いのだが、見た目は価格以上のボリュームでお得だ。最初にカシラを食べてみるが文句なしに美味しい。ジョッキのホッピーが少なくなってきたのでお店の人に追加の焼酎、いわゆる「中身」をお願いした。

 相変わらず背後の席にいるカップルはなかなかマニアックともいえるサウナについての会話をしているのだが、なんとなく気になって店内の壁の貼り紙やポスターを一瞥する流れで何気なく背後を振り返ってみた。

 席にいるカップルは会話をしているどころか、お互いに無言のままそれぞれのスマホを見ていたのだ。その席の頭上の天井近くに架かっている液晶テレビが流しているバラエティ番組が、どうやらサウナの話題を特集しているようだった。

 てっきりカップルが話していたと思っていたサウナについての会話は、バラエティ番組から聞こえてくる音声だったのだ。そしてカップルは黙って“スマホ飲み”をしていたのである。

 自分の認識の誤りを確認すると同時に、カップルで来ていて“スマホ飲み”をしているとはいったいどういうことなのかとは思う。お互いのことは気にせずに自由な時間を過ごしているということなのかもしれないが…。そもそも安易に“カップル”と認識してしまっているが、考えてみればそうではない可能性も大いにあり得る。まぁあまり人のことは気にせず少しばかりの間“ぼーっと”してみることにしたい。

文/仲田しんじ

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