「国民皆歯科健診」の具体的な内容はまだ見えてこない
実は筆者は、虫歯になりやすい体質である。それゆえ、小さい頃から歯科医院に通うことが多かったが、口の中に器具を入れられたりするのが苦手な上、治療の痛みに敏感な体質のため歯医者は極力避けたい存在であった。
もちろん、できるだけ歯科医院に通わなくてもいいようにと、小学生の頃から朝昼晩の食後には徹底した歯磨きやデンタルケアを行なってきたのだが、どうしても虫歯になってしまう。
ちなみに、筆者のここ10年くらいのルーティンのデンタルケア法は、食後15〜30分経ってから電動歯ブラシを使って5分ほどブラッシング。その後、歯間ブラシとデンタルフロスで歯の間などの汚れを除去して、さらに部分清掃用のタフトブラシで仕上げのケアを行ない、最後にマウスウォッシュ(洗口液)でうがいをするというもの。
毎日の食後に、そんな姿を目にする家族からは、「磨き過ぎで虫歯になるのでは?」とよく苦笑されるのだが、歯科医師からは「磨き方が悪い」と何度も指導や指摘を受けて改善してきた(つもり)。だが、それでもどうしても虫歯になってしまうというお粗末さなのである。
だから、もう歯に関しては何をやってもムダなんだとうんざりしていたのだが、今年の6月7日に政府が発表した「経済財政運営と改革の基本方針2022 」いわゆる「骨太の方針」に、「国民皆歯科健診」に関する以下のような文面が明記されたとの情報が飛び込んできた。
「全身の健康と口腔の健康に関する科学的根拠の集積と国民への適切な情報提供、生涯を通じた歯科健診(いわゆる国民皆歯科健診)の具体的な検討、オーラルフレイル対策・疾病の重症化予防につながる歯科専門職による口腔健康管理の充実、歯科医療職間・医科歯科連携を始めとする関係職種間・関係機関間の連携、歯科衛生士・歯科技工士の人材確保、歯科技工を含む歯科領域におけるICTの活用を推進し、歯科保健医療提供体制の構築と強化に取り組む。また、市場価格に左右されない歯科用材料の導入を推進する。」
するとSNSなどを中心に、「歯科健診が義務化される!」「予算はどうするのか?」などとネットでも大きな話題となった。
確かに、健診が義務化(強制)されるのは、なんだか面倒な気がするのだが、それを無料で受けられるのならいいかも知れない…。いや、待てよ、もしかしたらコンビニの店舗より多いとされる歯科医院やその関係者を潤すためのものではないだろうか?などと疑念が入り交じった複雑な心境になり、いろいろと調べたくなったのだ。
ところが、いくら調べても、それ以上の情報は出てこない。中でも、朝日新聞が報じた「『国民皆歯科健診』って何? 売り込んだ議員『義務化』は真っ向否定」の記事が目立ち、その他は歯科医師などを含む関係者たちによる憶測や意見などといった情報ばかりだ。そこで、筆者がいろいろな記事を読みあさった中から、これはという意見などをまとめ、独自に解釈した内容を紹介しよう。
「義務化」ではなく予防を啓蒙するのが目的か
さて、「国民皆歯科健診」については、前出の朝日新聞の記事のとおり「義務化」されるのではなく、全国民が年1回、費用は国の負担(税金)で歯科健診を受けられるようにするのが狙いらしい。
ただ、無料の歯科健診なら現在でも行なわれている。中でも、1歳6ヶ月児と3歳児に対して乳幼児⻭科健診が義務化されており、小学校、中学校、高校では、全学年の新学期に学校歯科健診が実施されているので記憶している方も多いのではないだろうか。
また、健康増進法に基づいた歯周病の予防と早期発見をめざし、40歳、50歳、60歳、70歳を対象とした歯周病検診を市区町村が実施。さらに自治体によっては、数年ごとによる無料の歯科健診を行なっており、例えば筆者の住む渋谷区では、渋谷区国民健康保険加入者の20歳〜65歳の5年ごとに成人歯科健康診査を実施している。
その他にも、企業や健康保険組合などでは、1年に1回程度の歯科健診を行なっている場合も多く、実は、すでに無料の歯科健診というのは充実しているのである。
「国民皆歯科健診」啓発ポスター(出展:日本歯科医師連盟 公式サイトより)
それでもなお、今回「国民皆歯科健診」を「骨太の方針」に盛り込んだ理由を考えたときに、どうも成人してからの健診に対する受診率の低さが関係しているのではないかという。特に、前出の歯周病検診では、受診率が1割未満という低い水準になっているのだとか。
歯周病といえば、心臓疾患や脳梗塞、認知症、慢性腎臓病、呼吸器疾患、骨粗鬆症、がんなど、さまざまな全身疾患と関連していることが報告されており、検診での早期の発見がリスクの低減につながるといわれているので、重要だと考えられているのだろう。
そして、もう1点の「歯科関係者が儲かるからではないか」ということについて。多くの歯科関係者の意見としては、確かに、そういった側面があることは否定しないとした上で、予防的処置は治療よりもかかる費用は安価になるはずなので「国民皆歯科健診」を歓迎したいという方が多かった印象だ。
つまり、虫歯や歯周病を放っておくと、治療費が高くつくでしょということ。確かに、全身疾患と関連づけて、さらにトータルで費用を考えるとなおさらだと妙に納得させられてしまった。
さて、今回の騒動となった「国民皆歯科健診」について、いろいろと調べていくと「義務化」するには法律などを含めた制度の点で、実現するにはハードルが高く可能性が極めて低いことがわかった。そうなると、予防としての歯科健診の機会をもっと増やし、その受診率をアップさせるための啓蒙が目的だと推察ができるのではないだろうか。
ただし、その健診にかかる費用は、結局、我々の税金が使われるだろうことを忘れてはいけない。今後、この「国民皆歯科健診」がどのようになっていくのか、しっかりと見届ける必要があるだろう。
取材・文/土屋嘉久(ADVOX株式会社 代表)