ホテル・飲食店・銭湯など、店舗に預けた物や持ち込んだ物が紛失し、または盗難の被害に遭った場合、客は店舗の責任を問うことはできるのでしょうか?
「盗難・紛失等の責任を負いません」と表示している店舗も多いところですが、このような免責規定は有効なのでしょうか。
今回は、客が店舗に預けた物・持ち込んだ物の紛失・盗難に関して、店舗に発生する法的責任の内容をまとめました。
1. 客から預かった物について、店舗が負う責任
店舗が客から物を預かった場合、商法に基づく保管義務を負います。民法に比べると、商法に基づく店舗の保管義務は厳しい内容になっているのがポイントです。
1-1. 保管に関する善管注意義務を負う|無償寄託でも同様
商人(店舗など)が、その営業の範囲内において客から物を預かった(寄託を受けた)場合、善良な管理者の注意をもって寄託物を保管しなければなりません(商法595条)。
(例)
・ホテルがクロークで客の持ち物を預かった場合
・飲食店が客のコートを預かった場合
寄託が有償でも無償でも、商人は同様に寄託物の善管注意義務を負います。
無償寄託の場合は「自己の財産に対するのと同一の注意」をもって保管すればよいとされる民法659条のルールに比べると、商人に適用される保管義務のルールは厳しい内容です。
1-2. 保管物の滅失・損傷時の損害賠償責任|免責は不可抗力の場合のみ
旅館(ホテル)・飲食店・浴場など、客の来集を目的とする場屋を営業する者を「場屋営業者」といいます。
場屋営業者は、客から寄託を受けた物品の滅失・損傷については、不可抗力によるものであったことを証明しない限り、損害賠償責任を免れることができません(商法596条1項)。
不可抗力とは、営業の外部から発生した出来事のうち、通常必要な予防手段を尽くしても発生を防止できない危害を意味します。
たとえば大地震で店舗の建物が倒壊した場合、記録的豪雨で店舗が浸水した場合などが不可抗力に該当しますが、不可抗力免責が認められる場合はきわめて限定的です。
実際には、店舗が客から預かった物を滅失・損傷させた場合、ほぼすべてのケースで損害賠償責任を負うことになります。
1-3. 高価品の特則について
ただし例外的に、貨幣・有価証券その他の高価品については、客が種類・価額を通知したうえで寄託した場合を除き、場屋営業者は滅失・損傷について損害賠償責任を負いません(商法596条2項)。
客から預かっている物が高価品であることを知らなかったのに、滅失・損傷について全額の損害賠償を負うとすれば、場屋営業者にとって不意打ちとなってしまいます。
場屋営業者に酷な事態を避けるため、客に寄託物が高価品であることの明告を求めているのです。
2. 客が持ち込んだ物(預かってはいない)について、店舗が負う責任
旅館(ホテル)・飲食店・浴場などの場屋営業者は、客から預かった物だけでなく、客が店舗内に持ち込んだだけの物についても、滅失・損傷について損害賠償責任を負う場合があります。
2-1. 店舗の過失が認められれば、損害賠償責任を負う
客が店舗内に携帯した物が、場屋営業者が注意を怠ったことにより滅失・損傷した場合、場屋営業者は客に対して損害賠償責任を負います(商法596条1項)。
たとえば、ホテル・ゴルフ場・銭湯などで客が利用する貴重品ロッカーについて、以下のような事情がある場合には、店舗側の注意義務違反が認められ、客の携帯物の滅失・損傷につき損害賠償責任を負う可能性があります。
・店舗従業員による監視が行き届いていない
・盗難の発生が複数報告されているにもかかわらず、予防措置が講じられていない
2-2. 「盗難・紛失等の責任を負いません」と表示していた場合は?
客の店舗における携帯物について、場屋営業者が「盗難・紛失等の責任を負いません」と表示している例をよく見かけます。
しかし、このような表示を行ったとしても、場屋営業者は客の携帯物の滅失・損傷に関する損害賠償責任を免れることはできません(商法596条3項)。場屋営業者が客から預かった物についても同様です。
3. 紛失・盗難の損害額は新品価格? 中古価格?
寄託物・携帯物の滅失・損傷について、客が店舗に損害賠償を請求する場合、精算は金銭により行います(民法417条)。
損害賠償の金額は、滅失・損傷した物の新品価格ではなく、以下の金額を基準に決定される点に注意が必要です。
①修理可能な場合
修理費用額
②修理不可能な場合
中古品の再調達価格
4. 紛失・盗難について、場屋営業者の責任を追及できる期間
旅館(ホテル)・飲食店・浴場などの場屋営業者に対する、寄託物または携帯物の滅失・損傷に係る損害賠償請求権は、以下の期間が経過すると時効により消滅します(商法598条1項)。
①一部滅失または損傷の場合
場屋営業者が寄託を受けた物を返還し、または客が店舗から携帯物を持ち去った時から1年間
②全部滅失の場合
客が店舗を去った時から1年間
ただし、場屋営業者が物の滅失・損傷について悪意であった場合は、上記の時効期間は適用されません。
取材・文/阿部由羅(弁護士)
ゆら総合法律事務所・代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。ベンチャー企業のサポート・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。東京大学法学部卒業・東京大学法科大学院修了。趣味はオセロ(全国大会優勝経験あり)、囲碁、将棋。
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