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【深層心理の謎】緑豊かな土地に行くと自然と歩みが遅くなる理由

2022.08.06

 しとしと降る雨ならば夏はむしろ歩くのに好都合だ。予期せず訪れた緑に包まれた坂道に癒されて歩みも遅くなる。慌ただしい“コンクリートジャングル”ばかりの都会だが、緑に囲まれてホッとひと息つける街も探せばあるものだ――。

初めて訪れた上中里駅前の坂道をのぼる

 相変わらず猛暑が続いているが、雨が降れば気温も下がって歩きやすくなる。午前中から外出して早々と用件を済ませ後は帰るだけであったが、朝から降り続く雨で気温も下がっていることであるし、どこかに立ち寄って昼食にしてみてもいいと考えた。

 どうせなら今まで降りたことがない駅に行ってみたいと思い、乗っていた山手線を田端で京浜東北線に乗り換え、1駅目の上中里駅にやってきた。近場ではあるものの、これまでこの駅で降りたことはなかったはずだ。

 1つしかない改札を出る。時刻は昼の12時半だ。傘を広げながら振り返って見る駅舎はこぢんまりとした可愛らしい建物だ。辺りは緑に囲まれていて東京都内の駅とは思えないほどののどかさである。人通りの少ない駅前にはちょっとした広場がある。

 広場を抜けるとカーブを描いた2車線の通りに突き当たる。右側に向かってのぼる坂道だ。右を見ると中華料理店をはじめ数店の飲食店があったが、入る店はまだ決めずにもう少し歩いてみたい。信号を渡り、通りの向こう側の歩道から坂をのぼる。

 雨に濡れた舗道の坂道をのぼると、道の両側がコンクリートの石垣で挟まれていることがわかり、まるで山道のようでもある。石垣の上の方は蔦などで覆われていて、歩道には街路樹が短い間隔で立っていて文字通り緑に包まれる。街路樹に咲いている濃いピンク色の花が愛らしい。


※画像はイメージです(筆者撮影)

 歩みが遅くなる。まさかこんなところで自然を感じ、緑に癒されるとは思ってもみなかった。辺りを見渡しながら、坂道をゆっくりとのぼることにしたい。

 都会の街は“コンクリートジャングル”とも呼ばれるように殺風景で、交通量の多い道路から発せられる騒音や排ガスなど、何かとストレスを受けやすい場所であることは言うまでもないが、それでも東京は広い。23区内の駅前でも、この場所のような癒されるスポットは探せばきっとまだまだあるのだろう。

 振り返って坂を見下ろしてみる。今まで気づかなかったが飲食店の建物の脇に「上中里七福神」と記された赤いのぼりが立っている。石造りの小さな階段をのぼって奥にいけば七福神が奉られている境内があるようだ。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 見るからに老舗の喫茶店の前を通り過ぎる。喫茶店で軽食を食べるというのも悪くはないが残念ながら「本日休業」との札が架かっている。レースのカーテン越しに薄っすら見える店内の様子はソファー席がメインでまさに“昭和レトロ”なインテリアだ。かなりの老舗店なのだろう。

緑に囲まれた環境では歩みが遅くなる

 ゆっくりと坂をのぼる。坂の勾配がだんだんと緩くなってきた。もうすぐ高台の頂のエリアに達するのだろう。道の右側のエリアは神社の敷地が広がっているようだ。すいぶんと広い神社である。

 都心部でも新宿御苑や代々木公園など緑に囲まれるスポットはいくつかあるが、この猛暑の中では用件がないかぎり足が向くはずもない。だとすればこうした偶然に緑に囲まれる体験はなおのこと貴重だといえるだろう。最新の研究でも、都市部の緑は都市生活者の生活の満足度に大きな影響を及ぼしていることが報告されている。それがたとえVR空間でも緑の豊かさは人体に好影響を及ぼすというのである。
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 緑の環境は、自発的な身体活動と幸福にプラスの影響を与えると言われています。しかし自然環境における質の高い心理的測定値を収集することは困難です。

 本研究では、仮想現実が没入型ユーザーテストのための制御された環境をどのように提供するかについての詳細なレポートを提供します。バーチャルリアリティ(VR)が、ここではカラフルな床のマーキングが自発的な歩行速度、視線行動、および感情状態の知覚された変化と生理学的測定値に与える影響をテストするために使用されました。

 36人の成人参加者の反応は、都市の大学キャンパスのグレーとグリーンのVR環境で評価されました。VRでの結果は、自然環境で報告されたものと同様の結果を明らかにしました。

 参加者は灰色の都市環境よりも緑の環境での方がゆっくりと歩き、心拍数が高く、より楽しい経験をしていることを示しています。

※「Frontiers」より引用
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/frvir.2022.819597/full
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 フランスのリール大学の研究チームが2022年6月に「Frontiers in Virtual Reality」で発表した研究では、都市に導入された緑豊かな環境が人々の歩行スピードを遅くし、心拍数を上昇させ、好奇心をかきてることを報告している。この効果はVR(バーチャル・リアリティ)空間においても同様に働くものであるという。

 研究チームはVRテクノロジーを使用して、緑のない殺風景な都市環境(大学キャンパス内)と、緑豊かな都市環境をVR空間に作成した。

 成人の36人の参加者はアイトラッカー付きのVRヘッドセットを装着してこの2つの都市環境の中を歩き、それぞれの視線の動きが追跡されると共に、心拍数などのバイタルデータが計測されたのだ。

 収集したデータを分析した結果、参加者は殺風景な都市環境よりも緑豊かな都市環境の方がゆっくり歩き、心拍数が高く、覚醒の度合いが高まり、より楽しい経験をしていることが示されたのである。これは自然環境で行われた実験と同様の結果であった。

 またアイトラッキングによる視線を動きを分析したところ、緑豊かな都市環境では周囲を見回す行動が増えていて、好奇心が駆り立てられていることも判明した。

 今回の研究で都市の緑は我々の生理学的な反応を引き起こし、都市生活者の生活の満足度にポジティブな影響をもたらすことが示されることになったのである。

 殺風景な“コンクリートジャングル”では何かと移動が足早になりがちではなるが、こうした緑に囲まれた場所では歩くスピードが自然にダウンするようである。もう少しこの緑に囲まれた坂道でそぞろ歩きを楽しむとしようか。

住宅街のど真ん中でにぎり寿司を味わう

 坂の勾配がほとんどなくなった。通りの右側は神社に続いて広い公園になっているが、左側は住宅街になってきている。飲食店などはまったく見当たらない。駅前に引き返すべだろうか。


※画像はイメージです(筆者撮影)

 前方左側の住宅街の路地から傘を差したワイシャツ姿の中年男性の2人組が出てきた。明らかにこの近辺で働いている人々のようだ。歩きながら話している2人の会話に「寿司」の単語が聞こえた。「店やっててよかった」というようなフレーズも聞こえてくる。

 おそらくこの2人は昼休みに外に出て、この近辺で昼食として寿司を食べてきたのだろうと推測できる。ならばこの路地を進んだ先に寿司屋があるのかもしれない。

 左折して男性2人組が出てきた路地に足を踏み入れる。見たところ完全な住宅街で、飲食店どころか店舗やオフィスも見当たらない。少し歩くと左側はフェンスを隔てて霊園が広がっている。

 わずかばかりの不安を覚えながらもさらに進んでみると、霊園の先の2階建ての建物に寿司屋の看板が掲げられていた。まずは一安心だ。店の先も完全に住宅街で、地元の人か周囲で働いている人しか訪れるのは地理的にまず不可能である。

 店の前にやってくるとランチメニューがあることがわかる。入ってみよう。

 店内はL字型のカウンターと、やや広めの座敷席がありテーブル席はなさそうだ。先客の2人組みが奥のカウンター席に着いていたので、入口近くのカウンターに陣取らせていただく。お店の人が湯呑みに入ったお茶とおしぼりを持ってきてくれたタイミングでランチのにぎりをお願いする。ちなみにランチメニューにはちらしもある。

 それにしてもつい30分前までは、緑に囲まれた趣のある坂道をのぼって、このように住宅街のど真ん中にある寿司屋で食事をするとは思ってもみなかったことである。行き当たりばったりではあるが、日常の生活の中でこうした偶然の出会いを楽しむことにしたい。

 カウンターの中で仕事をしていたお店の大将から、皿に盛られたにぎり寿司を差し出された。受け取ってカウンターに置く。寿司に続いてなめこ汁も渡される。美味しそうだ。


※画像はイメージです(筆者撮影)

 さっそくいただこう。見た目からして、いたって普通の寿司だがじゅうぶん満足だ。ちょっとした散策からこうしてカウンターでゆっくりにぎり寿司を楽しめるひと時に文句があるはずがない。

 予報ではもうすぐ雨があがるとのことだが、そうなれば再び気温が上昇して呑気に散策などしていられなくなるだろう。今年は夏の始まりが早く、この調子だとおそらく夏の終わりも遅くなりそうだ。1年の3分の1以上が夏ということになれば、日本はもはや四季のある国だとは言えなくなるのかもしれない。

 まぁ何を言おうが夏は長く、不平を言ったところで現実が変わるはずもない。今日のように少しでも動ける時にささやかではあれ有意義な体験をひとつでも多く味わうべきなのだろう。

文/仲田しんじ

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